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17 推理しない探偵 2

「自己紹介をしようか。僕の名は、レイチェル・マインクラウス。ここマインクラウス家の、まあ、不肖の当主さ」


 レイチェルさんは、いかにも貴族の子息と言った、優男風の風貌であった。しかし、その服装は貴族と言うには装飾も少なく、所々糸が解れているような気さえする。鑑識に疎い俺がそう感じる程なのだから、本物の貴族の人が見れば、酷く見窄らしく見えることだろう。


 家中に働く使用人達も、容貌精気に欠けて痩せ細っている。これは主人が死体で発見されたことに起因するのかも知れないが、その表情には焦燥と困惑とが溢れんばかりに満ちており、数十歩を歩く度に小さく溜息を吐く有様だ。この家の経済状況は、想像よりも悪いのかも知れない。


 と、まあ、そんな他人の家庭事情に意識を巡らしている暇も権利も無いのだ。今はもっと重要な物が目の前で、文字通り横たわっている。


「で、こちらもレイチェルさんですか? それとも双子?」

「いや、僕に兄弟は居ない。親も居ないし、子供もまだ居ない。結婚もまださ。この死体の顔は、間違いなく僕の物だ。所か、全身の微細な点に至るまで、僕の身体と全く同じなんだよ、これは」


 これ、とレイチェルさんはそう言った。不気味そうに困惑を露わにして、瞳を逸らしつつ死体を指した。


「ふうむ」


 俺はなんとはなしに呟いた。どうにも奇妙な事件である。いや、事件なのか? これは。確かに死体はあるが、本人は生きているわけで、そう言うことであれば誰も死んではいないんじゃないだろうか。


「どう思います? ギルベットさん」

「息はありません。体温も無く、酷く冷たい。死後の硬直も無いことから、死んでから、かなりの時間が経っていますね」


 ギルベットさんは死体の腕を掴み取り、だらんと力なく曲がるのを確認して言った。


「いや、そうじゃ無くて。これは事件になるのかって事ですよ。だって被害者は死んでいないじゃないですか。死体があるだけです」

「……さて、どうにも。今まで死体が動き出したことはありましたが、生きた人間と死んだ人間が同時に存在すると言う現象は、体験したことがありません」

「それってネクロマンサー? それともゾンビ? スケルトンとか、リッチとか?」

「その何れも」


 そういった会話を館の人々は異様な物を見る目で見つめていた。まあ、憲兵を呼んだはずだったのだから、聞き慣れぬ魔物の名前が出てくれば驚きもするだろう。


「まあ、とにかく状況が知りたいですね。これを発見したときは、どんな状況だったんですか? 先のメイドさんはご主人が死んだと勘違いしていましたが、勘違いできるような状況だったと?」

「え、ええ。その……私がこの死体を発見したのは、つい先程のことです」


 メイドさんは自信なさげに発見したときの状況を語った。


「ベッドのシーツを取り替えようとした時、ベッドの下から、人の手が伸びているのに気が付いたんです。私、驚いてしまって、こう、動転して思いっきり引っ張ったんですよ。そしたら御主人様が出てきて、初めは悪戯かと怒ったんですけれど、何の反応も無くて、それで叫んで、飛び出して、皆様方に出会ったと、いうことです……」

「はあ、引っ張った。確かに身体のあちこちに引っ掻き傷が残っていますね。随分乱暴な……」

「ええ、ええ。本当に乱暴で。私にもあの時どうしてそうしてしまったのか、分からないほどでして……」


 メイドさんは困ったように眉根を寄せた。突然の行動だったのだろう。責めるのは良くない。それに、それで死体が見つかったのだから事件発見に協力したとも言えるだろう。


「で、メイドさんが飛び出た後、レイチェルさんは……」

「僕は執務室に居た。貧乏なりに忙しい身でね。その時悲鳴が聞こえたと思ったら、彼女が外に飛び出していったのさ。それで悲鳴が聞こえた最初の場所に行けば、これが転がっていた」

「成る程、成る程……」


 死体、死体、である。この死体が、事件なのだ。存在するはずの無い死体が、何故存在しているのか、その理由とは……。


「さっぱり分かりませんね。迷宮入りです」


 そう、全く分からない。何も分からん。誰か探偵を呼んできてくれ。俺は推理なんて出来ないのだ。トリックとか、密室とか、頭がこんがらがって訳が分からなくなる。


「……焼けば良いのではないか?」


 それまで部屋の隅でじっとしていたハウルトンさんが、面倒臭そうにそう言った。


「死体が存在するはずが無いのなら、存在しないようにすれば良いだろう。火葬場へ持って行って、焼け。それで終わりだ」

「成る程、流石ハウルトンさん! 見事な解決策ですね。じゃあ、それで」

「ま、待って下さい!」


 俺が死体を抱え、外に運びだそうとしたとき、メイドさんが叫んだ。


「何ですか?」

「あ、あの、そもそも、どっちが御主人様なのかなって、思ったんですけれど……」

「どっちが? どっちがって、こっちがレイチェルさんでしょう」


 俺は死体とレイチェルさんを見比べて、びしりと生身の方を指差した。生きているし、喋っているし、間違っても死体では無いはずだ。


「そうじゃなくて……そちらの死体の御主人様の方が、本物なのでは無いか、と言うことです」

「……成り代わりの可能性があると?」


 ギルベットさんが神妙に呟いた。


「成り代わり?」

「その……どちらも全く同じ人の形をしているのですから、どちらが本物なのか、比較が出来ないじゃ無いですか。だから、もしかしたらこちらが本物の可能性が……」

「君、僕を疑うのか? 主人であるこの僕を、言うに事欠いて偽物と?」


 レイチェルさんが怒気を滲ませて冷たく言った。俺も意外に思ってメイドさんを見た。立場的に随分不味いだろう。無礼ってもんじゃないと思うが。


「しかし、それにしても、成り代わりですか。ううん。考えつかなかった。だって死体は死体ですからね。死体は片付ける物と、そういう観念に縛られていました。職業病ですかね」

「私も同じく思っておりました。死体は掃除し、跡形も無く綺麗に片付ける物と……」

「いいから、焼きたまえ」


 そう語る俺達を、館の人々はドン引きした顔で見つめていた。まあ、ニッチな業界だからなあ。他の人から見れば随分奇妙なことが常識となっているところがある。この間も、場末の酒場でザッドさんとドレッドさんと酒を飲んでいる時、「最近一つの犯罪組織を殲滅した」と言ったら、「頭がおかしい」と言われてしまった。重々気を付けなければな。


「ですが、良い考えだと思います。確かに疑って掛かることは大事でしょう。皇帝に仇成す他国の間者が、貴族としての地位に目を付け、乗っ取りを企てることは珍しくありません。多くは経済面からの搦め手が主であり、こうも直接的に成り代わろうとするのは稀、と言うより前代未聞ですが」


 ギルベットさんは、メイドさんの発言をそう取り成した。レイチェルさんも文句を言うこともなく、瞳を伏せて口を噤んだ。


「なら、火葬場行きは取りやめと言うことで」


 そう言って俺は死体を再び床に置こうとした。だが、どうにも手が滑ってしまい、丁度背負い投げの形で死体をしたたかに床に打ち付けてしまった。


「あっやべっ」

「ああっ! 何をしているんですか大事な身体を!」

「……大事な身体?」


 俺は気になって、今し方そう口にしたメイドさんを見た。メイドさんは俺の視線にあからさまにたじろいで、一歩、下がった。


「別に、貴方の身体ではないのでは? そんなに大事なんですか?」

「そ、そりゃあ……そうですよ! 御主人様の身体をそんなに雑に扱うなんて、どうかしていますよ! もっと丁重に扱って下さい」

「それ以前に、仮にも僕と同じ身体だって事を意識して欲しいね……」


 二人から同時に言われ、俺は反省した。確かにそうだ。一瞬でも、何か怪しいな、と思った自分を恥じるべきだろう。申し訳なく、俺は杖を取り出した。


「では、傷付けた身体を治すために、簡単な治癒の魔法でも……」

「ならば、私も手伝いましょう。死体に通じるかは分かりませんが、これも弔いです」


 俺は杖先に光の魔力を溜めた。治癒の魔法は、雷と同じく光の属性から派生しているのである。あんまり治すという場面に遭遇してこなかったので未熟な腕だが、死体を弔うには十分だろう。


 それにしても、ギルベットさんも治癒の魔法が使えるとは意外だった。それも、杖無しで、掌を広げただけで魔法を発動しようとしている。流石、魔法の腕も一流だと言うことだろうか。


「や、や、止めろっ!」

「はい?」


 また、メイドさんが叫んだ。何だ。今度は何だろうか。


「ええと、その……そう! 死んでいる人間に、生者に使われる祝福の技を使うなんて、侮辱ですよ! 戒律として!」

「そうなんですか?」

「聞いたことがありませんね」


 ギルベットさんは治癒の手を止め、無表情に呟いた。その視線は強くメイドさんへと向かっている。他の人々も一様に、怪しい物を見る目をメイドさんに向けている。


「なあ君、本当に、ここで働いていたメイドかい」

「な、何を言うんですか! 私は確かにここで働いているメイドですよ!」


 レイチェルさんが、疑念を露わにしてそう問いかけたが、俺も怪しいと思う。先程から、どうにも挙動不審だ。


 しかし、状況証拠だけで犯人を決めてはいけないだろう。元より何もかも奇妙な事件だ。今更奇妙なことが一つ増えたからって不思議では無い。


 そこで俺は一つ、思いついた。俺は死体の上に跨がり、冷たくなった腰に乗り、その胸へと両掌を置いた。


「な、何をしているんですか……」

「死体に治癒魔法を使うのが駄目なら、生き返せば良いんじゃないかと思いましてね。俺は雷の魔法が使えるんですよ。知ってました? 人間って、電気を流せば生き返ることがあるらしいですよ」

「……何ですって?」


 ギルベットさんが、目を見開きながら呟いた。そりゃあ知らないだろう。これは所謂、心臓マッサージである。現代科学の知識だ。


「キサラギ君。貴方は、雷の魔法が使えるのですか? それは、その、余りにも特異な属性ですが。……本当に、貴方は、まさか」

「使えますよ? メリイさんに教えて貰ったら、出来ました」

「……メリイ君が。そう、ですか……」


 何やら顎に手を当てて考えにふけるギルベットさんを尻目に、俺は掌に雷の魔力を込め、一定の調子で心臓を押した。


「とん、とん、とん、とん、とん……」

「あ、あの……」


 おかしいな。全然反応が無い。あっ、そう言えば心臓マッサージって、心肺停止から時間が経っていたら無意味なんじゃ無いだろうか。じゃあ今の状況って、端から見たら死体を弄くる狂人じゃん。ヤバいな。魔法でどうにか動かないだろうか。電気で復活せよ!


「とん、とん、とん、とん、とん……!」

「あの、本当に……!」


 反応がないので、更に雷の魔力を込めて心臓を激しく押しまくる。結構強く押しているが、何というか、人の肉を押していると言うには、どうにも奇妙な感触だ。実際に何度も触れてみたことで分かるが、何というか、人というよりかは、それこそ心臓マッサージ用の人形みたいだ。


「と、と、と、と、と……!」

「あの……おい……!」


 更に魔力を込めたところ、死体の腕がびくりと動いた。更に力と魔力を込めれば、電撃が伝わってびくびくと腕も足も震える。これは、やったか!


「見て下さい! 生き返り始めましたよ。このまま続けて……」

「もう本当に止めろって壊れる!」


 その声と共にメイドさんの足が飛んできて、俺は頭を下げて避けた。そのまま死体を抱えつつ、後方に下がった。


「やっと正体を見せましたね! 貴方がこの死体を置いた犯人ですか!」


 咄嗟に俺は言った。何か蹴ってきたので避けたが、その蹴りこそがこのメイドさんが事件の犯人だと言うことを指し示している。推測では無く、確固たる証拠が目の前にある。


「この場に居る全員が証人ですよ。さあ、首か両手を差し出して貰いましょうか!」


 俺はびしりと指を突き付けていった。しかし、周囲の反応は乏しかった。悔しそうな顔をしているメイドさんは別として、他の人はどうしてそんな、悍ましい物を見るような目をしているのだろう。


「皆、キサラギ君が突然死体に向けて蘇生の技を試し始めたことに、その……驚いてしまったんですな」

「あ、常識だったんですね。心臓マッサージ」

「……雷は別ですがね」


 なんだ。じゃあ本当に俺が狂ったようにしか見えなかったじゃ無いか。


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