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16 推理しない探偵 1

「っ! 危ない!」

「うわあああ!」


 俺は慌てふためく男を押し倒し、今まさに帰来してきた魔法から守った。頬の横を暗黒の光線が掠めていく。僅かではあるが、触れた部分は焼け爛れ、じくじくと肉の削がれた痛みが肌に響いた。


「大丈夫ですか」


 ギルベットさんが振り向かずにそう言った。「大丈夫です」間髪入れず俺は答え、そのまま繁華街を足早に駆けていく。今まさに男を狙った下手人が居る方向へと、一直線に駆けていく。


「ハウルトンさん。頼みました」

「ああ」


 俺は今し方守った男性をハウルトンさんに任せ、集団を追いかけていった。奴等は繁華街から乱暴に人波を掻き分け、細まった路地裏へと逃げようとしている。それを既にギルベットさんが追いかけている。俺もその背を追った。


 黒尽くめの集団は焦燥を露わにして乱暴にあちこちへと光線を放っている。それでは的には、ましてや動く的である俺達に当たるはずも無い。


 狭い路地裏に、家々の壁が砕け落ちる音が響く。それを踏みしめる音。地面を殴打するように連続して響く足音。様々な音を響かせながら、俺達は走り、距離を詰め、遂に捉えた。


「ホーリーレーザー!」

「ホーリーストーム」


 俺とギルベットさんの光魔法が、相手へと直撃する。通常ならば身を焦がし打ち倒すはずの光の魔法は、相手の身体に触れた途端、その身を粉にした。


「やはり魔族。それも、悪魔を身に宿していますか。……帝都の防衛は、一体どうなっているのやら」


 そう言いながらギルベットさんは、半身を粉にした黒尽くめへ向け剣を振るった。光輝を宿した剣が、その黒色のフードごと身体を切り裂き、塵となって消えていった。




「いや、本当に、ありがとうございました! 貴方達がいなければ、私はどうなっていたことやら……」

「いえいえ。寧ろこちらこそ、不甲斐ない城門管理を恥じる所です。帝国の防衛を預かる者の一員として、謝罪しなければなりません。後々、正式な謝罪が届けられることでしょう」


 ギルベットさんが、ペコペコと頭を下げる男へ向けて、丁寧に頭を下げた。それを受けて、男は更に困ったように汗を掻きながら、何故かまた頭を下げた。俺は、その過剰な礼節と、男の地位、そして周囲の光景との差異に、内心で苦笑した。


 ここ、帝国迎賓館の景観は、素晴らしいの一言だ。帝都中央に聳える皇城に勝るとも劣らぬ豪壮な建築は、その前方に開かれる華やかな庭園によって、皇城には無い、一つの完成した世界を見せている。


 敷地内を覆う高い壁と、士官らの実務として使用されず出入りさえ少ない状況が、この館を浮世離れした物とさせている。庭園中央に滾々と湧き出る泉には、色鮮やかな鳥や虫が軽やかに集い、その羽根を瞬かせては花々へと身を潜らせる。魔術の作用か、敷地内の温度は一定に保たれ、時折優しい風が吹く。理想郷とは、まさにここの事であろう。


 その中に、場違いながら、俺とギルベットさん、そしてハウルトンさんは居た。ギルベットさんが先程から応対している男性は、迎賓館に招かれ、そして不幸にも魔族の襲撃に遭った、聖国からの客人、大司教カミュエル・ノードさんである。


「それにしても、帝国の保持する戦力には驚嘆するばかりです! これ程優秀な騎士の方々を揃えているとは、羨ましくなりますな。勿論、私が連れてきた護衛を悪く言うつもりはありませんが、しかし、初動の速さが違った。流石、緊急の治安維持を専門になされているだけはありますな!」

「いやいや……」


 ギルベットさんは何度目かのお辞儀をし、それに合わせてカミュエルさんもお辞儀をした。先程から、ずっとこの調子だ。おかげでギルベットさんは話を切り上げることも出来ず、困ったように眉根を下げながらも延々と会話を続けている。そのために、俺は庭園の風景を優雅に楽しむことが出来ていた。


 一方で、ハウルトンさんは実に詰まらなそうに空を見上げている。何かを思案しているようでも無く、単純に飽き飽きしているようにぼうっと空を見上げている。と言うか、空に顔を上げながら目を閉じている。


「ハウルトンさんハウルトンさん」

「……あ? 何だ」


 俺が話しかけると、ハウルトンさんは数秒かけて返事をした。

 俺は庭園の方を指差して言った。


「ハウルトンさん。見て下さいよあの蝶を。緑色にきらきらと輝いて、綺麗ですね」

「……はあ。それで?」

「綺麗ですねえ」

「…………はあ」


 ハウルトンさんは溜息を吐くと、また目を閉じて押し黙ってしまった。おかしいな。目の前にある芸術を分かち合おうと声を掛けたのだが、無視されてしまった。関心が無いのだろうか。こんなに綺麗だというのに。


「それに……そう、貴方! キサラギさんと言いましたかな」

「え? ああ、はい。キサラギです」


 俺は突然名前を呼ばれ、姿勢を正した。カミュエルさんは、地位に見合った威厳など気にした様子も無く、嬉しそうに顔をほころばせて笑った。


「そう、キサラギさん! 貴方が咄嗟に私を守って下さったおかげで、傷一つ無く、私はこの場に立っていられるのですよ。全く、その年の若さで、素晴らしい勇気、判断だ。聖国に招待して、勲章を授与したくらいですよ!」

「ははは。ありがとうございます」

「いや、いや。社交辞令ではないのです。私は本心から、貴方に感謝している。勲章など関係なく、私の家に招き、共に酒を酌み交わしたい物ですよ!」

「いやあ。それは嬉しいですね」


 俺は照れくさく頭を掻きながら、ちらと隣に立つギルベットさんを見た。彼はどことなくほっとした表情を浮かべ、一歩下がった。まるでなるべく会話を避けるように、自分の存在感を消している。これは、俺を身代わりにしたな。


 それからかなりの時間、俺とカミュエルさんは話し込んだ。趣味やら食事やら文化やらまで話は渡り、遂には、いつかカミュエルさんの自宅を訪れる、という約束まで交わしてしまった。


「全く、ああいう手合いは話を盛り上げず、社交辞令だけで終わらせるものですよ」


 ようやく解放された帰り道、貴族の邸宅が建ち並ぶ道を行きながら、ギルベットさんが訓戒を垂れるように言った。


「いやあ、どうにも話が合ってしまいまして。大司教と聞いて、もっと陰険なお偉いさんを想像していたんですが、どうにもカミュエルさんは話しやすく、人懐っこい方でしたから」

「ああいった立場の方には、中々友人も得られないでしょうからね。ここぞとばかりに気安い友人を望む方は多いのです。貴族でも、冒険者のパトロンとして支援をする方も居るでしょう? あれは投資という側面もありますが、それ以上に冒険譚を、そして冒険譚を語る冒険者と接したく支援する方が多いのですよ」

「へえー」


 確かに、娯楽も少ないこの世界では、冒険者の話は一級の娯楽として楽しまれるだろう。俺もまた、吟遊詩人が酒場で、或いは路上で人を集めている光景を何度も目にしたことがある。実際に聞いてみれば、軽妙な語り口も相まって、実に楽しめたものだ。


「なら、うちではアリアさんとかが得意そうですね。技量も語り口も申し分ない」

「アリア君は騎士ですから。それに、彼女もそれを望まないでしょう」


 ギルベットさんはそう言ったが、俺の頭の中では貴族に向けて生き生きと冒険譚を語る彼女の姿がありありと想像できる。本当に、何故局で騎士などをやっているのだろうか。彼女の自尊心を満たすような仕事とは到底思えないのだが。


「ロイスさんとかは、どうなんでしょうかね。あの人も貴族ですが、冒険者を呼んで話を聞いたりするんでしょうか」


 アリアさんから空想を繋いで、俺は局長のロイスさんを思い浮かべた。先日もまた仕事を終え局に帰還した際、アリアさんはロイスさんを目に留めると、報告書も放り投げて自慢げに今日の武勇伝を語ったのだ。


 それを無言に聞きながらロイスさんは紙に何かを書き記し、聞き終えた後俺に渡した。受け取って、俺は驚いた。すっかりアリアさん分の報告書が完成していたのである。


「どうにも、そう言うのに興味がなさそうな人ですけどねえ。話し終えたアリアさんも報告書を見て『全部正確に書かれている』と喜んでいましたから、何時ものことなんでしょうが。だからこそ、そういう話には飽き飽きしていそうです」

「ははは。ロイスはそういった話には興味がありませんよ」


 ギルベットさんは笑ってそう言った。珍しく、いや、初めて俺は、この人が誰かを呼び捨てにするのを聞いた。


「んん? 何ですかその呼び方」

「さっ、早く帰りましょうか。関係各署にも報告しなければなりません。忙しくなりますよ」

「ねえギルベットさん……」


 俺は興味のままに先を行こうとするギルベットさんを追いかけた。思えば、ギルベットさんが入局した経緯とは、どういった物なのだろうか。それがロイスさんにも関係しているのだろうか。実に聞いてみたい。


 そう思っていた時、更に足早に先を行っていたハウルトンさんが、不意に足を止めた。その前方には、今し方貴族の館から飛び出てきたメイドと思しき女性が、慌てふためいた様子で立っていた。


 ハウルトンさんは面倒臭そうにメイドさんの顔を一瞥した後、直ぐさま歩を進めようとしたが、その前にギルベットさんが「どうしました?」と言った。確かにそう聞きたくなるほど、彼女の顔は青ざめて震えていた。


「け、憲兵さんを、呼んでこいと。呼ばなければならないんです」

「それはまた、どうして」

「そ、それは……」


 そこまで言って、メイドさんは慌てて口を噤んだ。どうにも口外してはならないと言い含められていたらしい。


「安心して下さい。俺達も憲兵みたいな物ですよ。ねえ?」


 俺は安心させるためにそう言った。何か事件でも起こったのだろうか。仮にも帝都の防衛を預かる物として、解決しなければな。


「おい……これは職務じゃ……」


 ハウルトンさんが異議を唱えるように呟いた。しかし先んじてギルベットさんが言った。


「確かに。最近の治安の乱れは甚だしい。私達もその手伝いをしなければなりませんな。業務外ですが、これも皇帝のためです。……お嬢さん。私達は騎士です。どうか通して下さいませんかな?」

「き、騎士の方々でしたか! それは、それは、とても有り難いです!」


 メイドさんは表情を綻ばせて安心したように胸をなで下ろした。一方で、意見の寄る辺を失ったハウルトンさんは、ふて腐れたように呟いた。


「……私は、帰って寝たいのだが」

「まあまあそう言わずに」


 眠気による物か、反抗の力も少ないハウルトンさんをずるずると引きずって、俺達は館へと入っていった。

 メイドさんは、俺達を案内しながら、神妙な顔で重々しく呟いた。


「じ、実は……御主人様が、死体となって発見されたのです……!」




 その貴族の館は、随分見窄らしい物だった。立地も貴族街の外れも外れ、殆ど商業区画に没しているところで、周囲の喧噪も荒れ果てた庭は掻き消してくれない。


 より悲惨なのは館本体だ。碌に手入れもされていないようで、所々壁面が剥がれ落ちている。流石に窓まで割れては居ないようだが、それでも全体として荒廃しているとしか言えないだろう。


 しかし、俺を驚かせたのは、その貴族にあるまじき雑然とした外観では無かった。俺達がメイドさんに案内されて、死体発見現場にまで行き着いたとき、俺は思わず言った。


「生きているじゃないですか! いや、死んでるじゃないですか!」

「生きているよ。いや、こっちは確かに死んでいるんだけどさ」


 そう困ったように苦笑する若い男性と、床に生気を無くして倒れ伏す男性の姿形、その顔に目の色顔の色は、全くの瓜二つだったのだ。


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