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15 帝都の休日 2

「じゃあ次は武器ね。今度こそ、私おすすめの所に行くわよ。私の鑑識眼は、そりゃあ見事なものよ。母国では国宝の鑑定依頼も届いたんだから」

「そりゃあ凄いですね」

「……本当に信じてる? まあ、いいわ」


 そう言って向かったのは、いかにも高級な冒険者向けといった華美な佇まいの店である。揉み手をしながら迎えてきた店主に、アリアさんは慣れたように二、三と言付けると、直ぐさま奥から品物が運ばれてきた。


 俺はしげしげと机上に並べられた剣やら杖やらを見比べた。どれも美しく、また機能的であるように見える。何が良いのかまるで分からない。


「こちらは玉鋼に龍血を溶かし込み、強度と魔法伝達性を高次元に両立した物で……」

「こちらは深緑の黄金と呼ばれる希少な素材を使った物であり、魔力を流すだけで上級の風魔法が発動できる杖で……」

「こちらは何と言っても単純明快に強度、切れ味を突き詰めた剣でありまして、かの著名なドワーフの職人が一世一代の威信をかけて……」


 様々な売り文句が飛び交って俺の頭を激しく揺さぶる。結局の所、どれが良いのか。店主はこう言っている。「どれも一番だ」と。それでは選びようがないじゃ無いか。後に付けられた説明は全部、その一番を用立てる文句に過ぎない。


「メリイさん。どれにすれば良いんですかね?」


 アリアさんに聞かなかったのは、当のアリアさんが俺と同じように「どれが良いのかしら! どれも良いわね! 悩む……」とまるで頼りにならなさそうだったためである。


「えっ、と。私としては、あの壁に掛けられている剣が、良いかと……」

「ほう。その理由は?」

「理由ですか……? ええと、だって、見た目も良いし、一番目立つところにあるなら、一番に良い剣なのでは……?」

「メリイ、あれは飾りよ」


 それまで机上に目移りしていたアリアさんが言った。


「鋼鉄の剣をあんな晒しものにしておく筈がないじゃない。重いのに掛けているというのもあり得ないわ。でもまあ、装飾は確かに見事。赤色の鞘に黄金の鍔! 腰に揃えるだけで私を美しく飾り立てるでしょうね」

「あれは飾りですよ。アリア様」


 エイン君がにこにことしながら言った。


「? そう言ってるじゃないの」

「いいえ。あれは真に飾りなのです。鍔の黄金は黄金ではなく、デイランドで採れる偽黄金でしょう。鞘を覆う赤もまた、描いたのではなく貼り付けただけですね」

「そう言われてみれば」


 と俺はしげしげと壁の剣を詳しく見つめた。鍔の色は金貨のそれに比べ、何処かくすんでいるようにも見える。しかし鞘の方は分からない。傍目には芸術品そのもののようにしか見えない。

 しかし、エイン君に言い当てられた店主の顔はさあっと青ざめて、狼狽えた。あっ、これは図星だな。


「どういうことよおー店主」


 アリアさんが怖い顔をして店主に詰め寄った。


「貴方以前、これを私に売りつけようとしていたわね? 刀身だけは入れ替えれば良いって。騙そうとしたのね? なら、この場にあるのも全て偽物かしら」

「め、滅相もございません! あ、あれは確かに……偽物ですが、この場にある物は全て本物です!」

「本当かしらあー? 疑いは晴れないわよ。これは評判に関わるんじゃないの? ちょっと価格の勉強が必要なんじゃなくって? ほら、まずは仕入れ値を教えなさい。そこから値引きを始めるわよ」

「そんな殺生な……」


 俺は二人が言い合っている間に、密かにエイン君の方を見た。彼は何も言わぬまま、しかし俺に向けて一つ目配せをした。どうやら、あの剣以外は全て本物らしい。


「原価の半分ぐらいじゃないとねえ……私言っちゃおうかしら。この店は偽物を売りさばく悪徳商法をしているって」

「ほんの、ほんの出来心だったんです! あれ以外に詐欺を働こうとしたことなど、一度も……! その、余りにお客様が熱心に聞く物でして、つい魔が差してしまい……。原価の半分は無理ですが、原価の八割、いや、七割なら……!」

「……それは、私が騙しやすそうだと思った、という事?」

「……げ、原価の、六割で」


 一方的な言い合いをする二人の間に割って入り、俺は言った。


「じゃあその値段で、この場にある剣を全部買わせて頂きますね!」




「本当にごめんなさい。まさか、あんな店だったなんて。気が付かなかった私の落ち度だわ」


 アリアさんが深々と頭を下げて言った。どうにも本気で落ち込んでいるらしい。この人もこの人で、調子の上下が変わりやすい人である。


「良いんですよ。おかげで俺は安く大量に剣を手に入れる事が出来ましたから。それは、アリアさんの交渉と、エイン君の鑑識眼あっての事です。ありがとうね」

「いえ。僕はただ指摘しただけですよ」

「私は、何も気付けませんでした……姉なのに……」

「メリイさんが言ってくれたから減額に繋がったんじゃないですか!」


 あれやこれやと励まそうとする俺をエイン君は嬉しそうに見つめていた。不思議な場面で不思議な表情をする子である。そんなに友達がいないのだろうか。


「……そんなこと言われたって。ああ、本当に私は、至らない……」


 アリアさんはぶつぶつと言っていたが、俺としては手札が増えることには損は無いのである。一度にそんなには持てないが、それでもこれだけの品質の武器を安価に大量に手に入れる事が出来たのは幸運だった。


 そんなこんなで、暫く雰囲気を和ませるために買い食いなんかをしていた。


 高級な店構えが立ち並ぶ道から少し離れれば、そこは一般向けの店が並ぶ雑多な市場である。そこで俺達は、あれこれ目に付くものへと寄り付き離れては寄り付いた。


 メリイさんとエイン君はこういった場に慣れていないのか、物珍しそうに辺りを眺めては目を白黒させている。


「これは……何の肉なのでしょうか。僕の知らないものです」

「ああ、それは大ネズミの肉だよ。都市の地下に住み着いている奴。殺す時に内臓に触れてなければ十分美味いよ。ただ……」

「ネズミっ……!? え、エイン。それはちょっと……」


 と、メリイさんが言い切る前にエイン君は肉串を口に含んだ。


「……中々、美味ですね」

「ほ、本当に? 嘘だったらこっそりべーってしなさい。べーって」

「姉様、子供じゃないのですから……」


 仲睦まじく和気藹々とする姉弟を見ながら、俺は残念に思った。実の所、内臓に触れているかいないかは五分五分といった所なのだ。折角外れを引いて野趣な味覚を楽しんで貰おうと思ったのだが。


「ほら、俺の買った方は内臓に触れているようで物凄く苦く臭い。しかしこの苦味がまた酒に合うんだ。どうだい? エイン君。野性的な味わいを楽しんでみては」

「では失礼して……」

「止めなさい! 私が食べます……!」

「あ」


 俺が伸ばした手から引ったくってメリイさんが肉串を口に含んだ。途端に顔を顰め、口端から「ぐむむううう……」という呻き声が聞こえてくる。


「どうやら舌が合わなかったようですね。店主さん! 包む用の布を」

「あいよ! 銅貨三枚ね!」

「お金を取るのですか……。そして吐き出すことを前提に商売をしているのですか……」

「商魂逞しい、ですね?」


 二人は何処か感心したように店主さんを見つめていた。


 そうやって俺達はふらふらと街を歩いていたのだが、やがてアリアさんが気を取り直すと、


「じゃあ! 気を取り直して次に行きましょうか。魔道具だっけ?」

「ええ。ハウルトンさんが薦めてくれた所があるんですよ」


 と言うわけで俺達は教えられたとおりに大通りの裏の裏の更に裏の街を進んだ。スラム街ほどでは無いとはいえ、この道もまた全体的に暗く、重い雰囲気に満ちている。寧ろ、こちらの方は商業的に活発な怪しい雰囲気がある分、薄汚く寂れた力の無いスラム街より危険度が高いかも知れない。


 しかし、俺達は特に絡まれはしなかった。こういう場では俺とアリアさんの顔が利くというのもあるが、何より背に大量に抱える武器の存在が威圧感を与えたのだろう。幾分か分けて持って貰っているにせよ、重い。


 そうして俺達が行き着いた店は、これまた怪しい店構えで、店先には何やら分からぬ巨大な動物の皮や干物や目玉などがつり下がっていた。いかにも魔道具店といった見た目である。


「お邪魔します-」

「帰れ」


 開口一番に失礼なことを言われた。店奥で大量の書籍とよく分からぬ道具に囲まれた店主らしき人物は、漆黒のフードを被っていて風貌を窺えない。意外にもよく通る声もまた、高音と低音の丁度中間にあって、性別を判別させないでいる。


「あの、ハウルトンさんから紹介状を預かってきたんですけれど」

「……ん? ……なんだ、お前だったのか」


 そう呟くと、店主はフードを捲りあげた。途端声色も、顔も見慣れたものになった。


「ハウルトンさんじゃないですか! こんなところで何をやっているんですか」

「ここは私の拠点であり、片手間の商売の場所なのだ。私の店が一番信頼できるに決まっているだろう」


 ああ、そうだ。この人はそういう人だった。思えばハウルトンさんが誰かを「信頼できる」なんて言うなんて、おかしいとは思っていたのだ。


「お前が欲しがるであろう商品は用意してある。少し待て」


 そう言われ、俺達は異様な雰囲気の店内で静かに待つことになった。俺達は全てが物珍しく、全員が辺りをきょろきょろと見渡していた。


「あれは、何なのかしら。大きい目玉のようだけれど」

「虫っ……! む、虫が大量に瓶の中に……うぞうぞ……!」

「これは牛の角ですね。一般的な牛も魔道具に加工できるのでしょうか」


 あれこれと言い合うが、どうやっても答えは出ず、結局俺達としては「分からないから、大人しく待っていよう」ということになった。それから暫くしてハウルトンさんが姿を現した。


「それにしても、意外だったわ。まさかハウルトンがキサラギと親しいなんてね。こんな場所、私知らなかったわよ」

「お前は魔道具など使わんだろう。必要に思ったがために教えただけだ」

「そんなこと言ってえ。いつも優しく教えてくれるじゃないですか!」

「……さて、どれが良い?」


 ハウルトンさんは誤魔化すように話題を変え、抱えた魔道具を机の上に置いた。


 机上に並べられたのは、これまた絢爛豪華で怪しい輝きを放つ道具達である。鉱石や金銀の装飾に彩られた異様な瓶や壺やランプに巻物。おどろおどろしい箱や人形に薬束、人の腕らしき物まである。


「えー、取りあえずは、魔力が回復する指輪なんて物が欲しいんですけれど」

「これがいい。だが、これは傑作の品だ。容易く売るわけにはいかん」

「ええー……じゃあなんでここに来させたんですか」

「抱き合わせに在庫を買い取ってもらおうと思ってな。私にとっては不要であるが、お前にとっては有用だろう。例えば、この人形は人に呪いを送れるという物で、一ヶ月間寝ずに相手のことを考え続け、その血と髪の毛を大量に詰め込めば殺す事も出来るという……」

「要りませんよ!」


 そう言いながら、俺は頻りに訳の分からぬ道具を勧めてくるハウルトンさんの言葉を躱し切れず、多くの商品を買わされた。


 当初の目的であった魔力回復の指輪に加え、魔力無しにも魔法を発動できるスクロール、毒や麻痺に石化魅了などを防いでくれる護符など、有用な物が様々である。今度は割引もされるわけではないので、かなりの金は掛かったが……。


「おかげで随分儲かった。お前は金を溜め込んでいるのだから、使いどころを見極め、積極的に使っていけ。今回の購入はその使いどころだ」

「いや、絶対役立たないものまで勧められたんですが……」

「いつかは役に立つだろうよ。いつなのかは知らんがな。……所でその首に下げている宝石、見事な魔法防御の品と見た。売らないか?」

「売りません」


 結局、手持ちの金の殆どを使い果たして俺たちは店を後にした。両手に抱えるには多すぎる品々を前に、どうしたものかと思案していたが、ハウルトンさんは「これもサービスだ」と言って、実に有用な魔法を教えてくれた。


「空間魔法の応用だ。自身の魂、或いは内部の情報に空間を紐づけ、自由に空間を物置として利用できるのだ」

「これは……アイテムボックス! アイテムボックスじゃないですか!」

「なんだそのダサい名前は。これは最下級空間魔法、空間拡張及び転移式……」


 長々とした名前を、俺は覚えきれなかった。まあ、アイテムボックスで良いだろう。実際に荷物を収納することも出来たから、名前はどうでもいいのだ。


「で、どうするの、それ」


 俺は暗い道を歩きながら、アリアさんにそう言われた。その視線の先は、俺がハウルトンさんに買わされた、腕に抱える異様な人形に向けられている。


「一ヶ月間眠らずにって、無理じゃないですか……? 何故そんな物を売りつけたのでしょう……」

「これを買わないと売らないって言われたから、仕方なく……。俺だってこんな気味の悪い人形は嫌ですよ! 使うつもりもありません」

「おや」


 ふと、エイン君が声を漏らした。とても驚いたように目を丸くしている。


「どうしたんだい?」

「今、その人形が、キサラギさんを物凄い目付きで睨んでいたような……」

「えっ」


 俺は思わず腕の内の人形を確かめた。白色の肌と閉じられた瞳は、依然変わらず静かで不気味な印象を与えてくる。


「何も、変わっていないようだけれど」

「おかしいですね。確かに僕の目には……」

「こ、怖いことを言わないで……!」


 メリイさんが耐え難く耳を塞いだ。俺は人形を目の前に見せつけて脅かそうかと思ったが、本気で怒られそうなので止めた。




「今日は、とても楽しかったです。ありがとうございました」


 夕焼けに照らされる街の中で、エイン君がお辞儀をした。


「良いって良いって。君のおかげで安く買えもしたし、こっちも楽しかった」

「そうよ。あなたが居なきゃ私ずっとあの店を使っていたのよ。お礼を言いたいのはこっちだわ」

「そんな……僕はただ、本当に……」


そこで口を切って、エイン君は感慨深く呟いた。


「楽しかったです。僕は、これまでこんなに楽しんだことはなかったです」


 俺は密かにううむと唸った。やはりこの子は……友達がいないに違いない。俺は彼の肩に手を置いて言った。


「だったらまた一緒に遊びに行こう! 俺達は友達だよ!」

「友達、ですか。そう、ですね。僕とキサラギさんは、友達です」


 エイン君はにっこりと笑って、そのまま橙色の街に去って行った。送ろうかと提案したが、断られた。家の人が近くにまで迎えに来てくれるらしい。


 メリイさんは一緒に帰らないんですか? と、俺は言わなかった。その横顔に、何処か物寂しい、耐え難いような苦渋を見つけたためである。


 何やら複雑な関係がありそうだ。姉と弟と、離れて暮らさねばならない事情があるのだろうか。

それをアリアさんも察したのか、俺達の肩をばんと叩いて言った。


「さあ、夜になったことだし、飲みに行きましょうか!」

「良いですね! 今日は魚にしましょうか」

「わ、私はまだ16なんですが……キサラギさんも、同い年じゃないですか」

「細かいことは気にしない! 何歳になるまでお酒を飲んじゃいけないなんて法律、ないじゃないの!」

「それでも常識という物が……」


 やいやいと言いながら、俺達は街の中へと歩んでいった。


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