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14 帝都の休日 1

「キサラギ君。これこの前の焼き肉のお礼ね」

「キサラギ君。俺からも」

「あ、これ私も」


 どかどかと机上に置かれたのは無数の菓子である。日持ちがする物が大半を占めるのは有り難いが、しかしとても量が多い。


「皆さん、ありがとうございます!」

「いいって、いいって」

「いっつも世話になってるし」

「キサラギ君だけはまともでいてくれよな」


 口々にそう言って、彼らは手を振りながら去って行った。今日も実に忙しそうである。


 騎士団特局には騎士が六人しかいない。しかしそれは、仕事が少ないと言うことにはならないのである。寧ろ、一般の局員に課せられる仕事量は非常に多い。何せ、当の騎士達が戦闘以外全く仕事をしないためだ。


 本来ならば戦闘の記録、現地で取った情報の書き取り、その精査等々、しなければいけないことは多岐にわたるのだが、彼らの多くはそれを放り投げ、或いは中途半端に書いて止める。なまじ強いために誰も文句を言えないのである。


 俺が度々彼らと同行を迫られる理由もここにある。彼らに同行して情報をつぶさに報告できる人員は希少なのだ。それは実力というよりかは、精神的な問題だ。


「ギルベットさんは、いい人だけど怖いんだよなあ。笑って殺すし、拷問は厳しいし、もう二度とあの人と一緒に行きたくない」

「アリアさんは、確かに気は良いけれど気ままなのよね。ふらふら何処へ行っているのか分からなくなるときがあるのよ」

「ハウルトンさんは、確かに仕事はするが、こっちを顧みずに魔法を打つからなあ。局員を何度か巻き込んだことがあるって噂が……」

「メロスの野郎は、論外だ」


 そんな風に、騎士達は誰もが評判が悪い。おかげで局内での俺の人気は上がるばかりだ。まともに仕事をするだけでこうも評価されるとは、以前はどれだけ酷い有様だったのだろう。ちょっと怖くなる。


 局員の皆様方の苦労は察するに余りある。今俺がやっている書類も、彼らの量に比べれば微々たる物だ。しかも慣れない仕事で遅く、日々残業を繰り返している。ああ、自由だった日々が懐かしい。何もしなくても生きていけるという意味では、地球での日々に戻るしかないのだが。


 しかし、と俺は休憩に菓子に手を伸ばしながら笑みを浮かべた。実は、明日は休暇なのである。本当に久しぶりの休暇で、何をしようか。何をしようか?


「何をしましょうかね。メリイさん」

「えっ、私ですか? 別に、好きなことをしたら良いのでは……」


 メリイさんは菓子を食べながら困惑してそう言った。一人では食べきれないので、近くにいたメリイさんにも菓子を分けたのである。本当にこの人はよく食べる。菓子の箱山が見る見るうちに減っていく。それでも遠慮しているのか、伸ばす手に若干の躊躇が見られるが。


「そうよキサラギ。貴方、何かしたいことはないの? それこそ菓子屋巡りとかあるじゃない」

「ここにある菓子だけで胸焼けするほどですよ。ギルベットさんが紅茶を入れてくれますし。あ、ありがとうございます」

「いえいえ」


 ことんと置かれた紅茶は実によく葉の味が出されている。フルールのそれにも劣らない、所か勝っているような味わいである。いつの間にかアリアさんも寄って来たのでカップの数が増えたが、それも見越していたのか、人数分を事も無げに置いてくれた。


「私も、キサラギ君の好きなようにすれば良いと思いますよ。風呂屋巡りなどはいかがですか? この帝都は水源が豊かで各地に湯屋を営む者が……」

「ジジ臭い趣味ねー」

「ジジっ……」


 ギルベットさんはショックを受けたように固まった。いやまあ、歳はそのくらいなんだけどさ。


「うーん……。どうにも、これといったものが無いんですよねえ。金は貯まっているのに、使い所がハウルトンさんに教授を頼むしか無いって言うのは、悲しいことです。もっと有用に使いたいですね」

「それなら剣でも買いに行きましょうよ!」


 アリアさんが急に立ち上がってそう言った。


「ずっと思っていたのよ。貴方、何時まで支給品の剣を使い続けてるつもりなのよ。もっと良い物を使いなさい。私が選んであげるわ!」

「アリアさん……貴方は明日、別に休日ではないのでは……」

「そんなの朝早くに済ませちゃえば良いでしょ! そうよ、メリイも付いてきなさい。貴方も明日、珍しく休みじゃない。終わったらキサラギと一緒に遊びに行くわよー!」

「わ、私もですか……? いや、しかし、キサラギさんは……」


 メリイさんは不安そうにこちらを見た。


「いや、大歓迎ですよ! 目利きが効く人に選んで欲しかった所なんです」


 俺はそう笑って答えた。事実、そろそろ専用の装備が欲しかったところなのである。剣もそうだが、より必要としているのは杖の方だ。いい加減、かっぱらった杖では威力が不安だ。それに色々と魔道具も用意しておきたい。魔力を回復する指輪なんかがあれば幸いだ。


 そうして俺達は、明日を一緒に過ごすことを約束した。




 翌日、俺は街角に立っていた。久しぶりに昼の街を見たような気がするが、見渡す景色は以前の薄汚いスラム街とは雲泥の差がある。高級な店構えが立ち並ぶ大通りは、この帝都随一の観光名所でもあるのだ。


「お待たせー!」

「すみません……お待たせてしまって……」


 と、そうこうしている間に二人がやって来た。二人とも、普段の鎧姿と帯刀を無くし、いかにも高貴な婦女子姿である。立ち振る舞いも衣服に似合い、優雅なことこの上ない。


「って、貴方何よその格好。きったないわねえ……」


 そうなのである。今日の俺の姿はどこからどう見ても犯罪組織の使い走りか、底辺冒険者にしか見えない。俺が持っている服は、以前犯罪結社に身をやつしていたときの物しか無かったのだ。


「これじゃ武器屋に行く前に服屋に行かなくちゃならないわね。私のコーディネートを振る舞わせてあげるわ!」

「ありがたい。お供します!」

「わ、私は別に汚いとは思いませんよ……」


 そうメリイさんが言ってくれるが、いや、どう見ても汚いでしょ。糸が解れまくっているし、所々穴も空いてるぞこれ。目を逸らして言われても、こっちが困るのである。


 そんなこんなでまずは服屋、ということになったのだが、ふと、俺達を呼び止める声があった。と言うよりは、メリイさんを呼ぶ声である。


 その声は、街角の更に奥まった路地裏から発せられた。当初俺は、その声が俺達を呼んでいる物とは気付かなかった。何故ならその声は、「姉様」と呼んだからである。


「エイン……!?」


 と、俺とアリアさんが当惑している内に、メリイさんは慌ただしく駆け寄った。見れば、同じ金髪、よく似た見目をしている子である。歳は俺より少し下という程度だろうか。顎の辺りで切り揃えられた金髪が、影の内にも輝いている。


「ど、どうしたのエイン。こ、こんな所で、何をしているの」

「何って、今日は前から会う約束だったでしょう。姉様こそどうしたのですか」


 そちらの方々は、と目を向けられ、俺はにこやかに手を振った。「如月恭司です。よろしく」その子は礼儀正しくお辞儀をしてくれた。実に恭しく、堂に入ったお辞儀である。礼節を学べる立場にあるのかも知れない。


「ええと、こちらは、私の弟です……」

「エインと言います。どうぞ、お見知りおきを」


 そう言って影から進み出た姿は、清潔感に溢れたいかにも高貴な子息といった物で、俺は思わず背筋を伸ばした。翻って自分の格好が恥ずかしくなってきたのだ。すぐに服を買いに行かなければ。


「ええと、それで、あの、どうしましょう……。私は、確かに弟と約束をしていて、すっかり忘れてて、しかしキサラギさんとの約束もあって、それで……」

「落ち着いて、落ち着いて」


 どうどうと、俺はメリイさんが慌てふためくのを押し留めた。それを意外そうにエイン君は眺めていた。


「姉様にも、ご友人が出来たのですね」

「ああ、いや、それは……うん……。ごめんね。忘れちゃってて……」


 メリイさんは赤面して頷いた。エイン君は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「良いのですよ。姉様にご友人が出来たことが、僕には嬉しいのです。交遊に出かけるところだったのでしょう? それでは、僕はこれで」

「ちょっと待った!」


 そう言って去ろうとするエイン君を、俺は呼び止めた。その横顔が、何処か寂しそうに見えたためである。


「何帰ろうとしているのさ。メリイさんの弟くん? だったら一緒に行こうよ! お姉ちゃんと一緒に遊ぶ予定だったんでしょ? だったら構わないじゃないか。ねえ? メリイさん」

「私は構いませんが、しかし……」


 ちらとメリイさんはエイン君の方を見た。エイン君は、本当に意外そうに目を見開いていて、ぽかんと口を開けている。どうしたのだろう。友達に誘われたことがなかったのかな。いかにも貴族のご子息って感じだからなあ。


「貴方は……」エイン君はそう呟いて、しかし顔を再び綻ばせると、


「では、迷惑でなければご一緒してもよろしいですか」


 と言った。


「勿論だよ。ねえアリアさん」

「ええ。私も誘おうと思ってた所なのよ。それを先に言っちゃって!」


 この、このと、肘で脇腹を突いてくるアリアさんをよそに、姉弟は何処か感慨深い目で互いを見やっている。


「本当に、良いご友人で」

「うん……本当に。だからこそ、私は……」


 何かぼそぼそと話し込んでいるが、そんなに誘われたことが嬉しかったのだろうか。姉弟揃って口下手なのかもしれんと、失礼なことを考えてしまう。しかし、一方で、二人の体格の方はまるで似ていない。メリイさんはすらりと背が高く健康体そのものであるが、エイン君の方は背が低く、男子にしては随分な小柄である。


 ともあれ、そうして奇妙な四人組が街を歩くことになった。いや、奇妙なのは俺だけか。綺麗な街並みに似合わぬ様相をした俺は、周囲からの視線を一挙に集めている。それが高貴な雰囲気を漂わせた美男美女と歩いている物だから、その目は自然と厳しい物になる。


「早く服を買わないとだめね。私おすすめの服屋はもうちょっと先にあるのだけれど、もうそこにしちゃいましょうか。視線が煩わしいことこの上ないわ」


 と、手を引っ張られて入った先で、俺は何とかまともな服装に着替えることが出来た。同じような物をあと何着か買い込んで、取りあえずは俺も顔を伏せずに街を歩くことが出来るようになった。


「やっぱりあの服屋に行った方が良かったわね……。地味よ、キサラギ。まるで地味すぎるわ」

「そうですか? 僕は寧ろ派手だと思うんですけどね」


 自分の身体を見返しながら俺は言った。高級な生地で作られ装飾も彩られた服は、余りにきちんとし過ぎてどうにも居心地が悪い。先程までのぼろ切れと比して感覚の差が果てしなく、服を着ているというというよりかは、美術品を纏っているようである。


「やっぱりもうちょっと安い方が良いんじゃないですか? これじゃ動くのにも気を遣ってしまいますよ」

「そのぐらい慣れておきなさい。貴方はそういうのを買わなきゃいけないのよ。仮にもこの私の同僚であるのだから。貴方が安い服を纏っていると、私まで安く見られるわ」

「そうですよ、キサラギさん。大変お似合いです」

「私も、似合っていると、思います……」


 メリイさんもエイン君もそう言ってくれたが、どうにも腑に落ちない。俺はもう一人の特徴的な同僚を思い浮かべていた。


「メロスさんは良いんですか? あの人こそ毎日同じ服を着ているじゃないですか」

「あの男の、名前は、出すな! 嫌な気分になるのよ!」


 ばしばしと強く肩を叩かれ、俺はつんのめった。それをエイン君がくすくすとおかしそうに笑っていた。


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