表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/46

13 丸呑みハウルトン

「今忙しいですか? ハウルトンさん」

「忙しい」


 そんな風に切って捨て、憮然としたまま紙に何かを書き込んでいるのは、騎士団特局の六騎士が一人、ハウルトンさんである。緑やら青やら黒やら色の入り交じった髪を垂れ流し、様々な装飾が取り入れられたローブを着込むその姿は、騎士というよりかは魔法使いのようにしか見えない。


「そんなこと言わないで下さいよ! 弟子の頼みですよ? 今日もお金を払いますから」

「……仕方ないな。……それと、お前は弟子では無い。単なる同僚だ。私は弟子を取らん主義だ」

「そんなこと言ってえ」


 金貨を掌に溢れさせ訴えれば、彼は物憂げに振り向いた。皺の少ない壮年の口をへの字に曲げている。


 何も会話のためだけに金を出したのでは無い。俺はこの人から魔法を習っているのである。当初はロイスさんから与えられた書籍を弄くっていたのだが、どうにも俺は実地で習った方が理解しやすく、そのため魔法に長けたこの人に教授を受けているのであった。


「ええー……昨日は何処までやったかな。キサラギ」

「俺の名前は恭司ですって。姓名が逆なんですよ。ここでは俺の名前はキョウジ・キサラギなんです。……新しく編み出した狙い撃つ魔法に関しての相談ですよ」

「ああ、そうだったか。……間違えてはいない。キョウジ・キサラギ。覚えている。だが、キサラギの方が呼びやすいだけだ」


 ハウルトンさんはどうでも良さそうに頷いた。折角金を払っているのだから、もう少し真面目に取り組んでほしいものである。


 しかし実際、彼の魔法の技量は凄い。流石騎士として取り立てられるだけはある。魔力量も底は見えず、その手練手管はまさしく魔法という概念を象徴するように様々だ。閃光が、爆発が空に弾け、逆光を受け暗く立つその姿を感動の目で見つめた覚えがある。


「で、お前のその、狙い撃ちだったか? 名前が酷いな。余りに率直すぎる。しかし有用ではある。事前に位置を相手に付けておいて繋げるのか。便利だな」

「でしょう?」


 そう言うと、ハウルトンさんは容易く俺の発明を真似して見せた。所か、魔法三発を当てなければ捕えられない繋がりを、ほんの一手で繋げることも出来た。

視界を変えれば、それを如実に感じることが出来る。魔力の糸のような物が俺より格段に太く強い。これが技量の差だろうか。


「三発は手間だ。一つで繋げるようにしておけ。ここを、こうすると……」

「成る程!」


 やはりハウルトンさんの教え方は上手く、俺も数回の施行により一発で繋ぐことが出来るようになった。これでまた使える手札が増えた。


 その様に、俺はハウルトンさんから魔法を習っていた。しかし彼は実につまらなそうだ。それもそのはず。彼には専門の研究対象があるのである。それが彼の二つ名、丸呑みハウルトンにも繋がってくるのだが。


 数時間の教練を終えた後、俺達に仕事の話が入った。丁度局内に駐留していたのが俺達だけだったというので、騎士を出すにしては実に簡単な話だったが、彼は珍しく自分から率先して頷いた。


「なに、この方法を試してみようと思ったのだ」


 ハウルトンさんはそう言ってローブを着込んだ。




 本日の対象はテロリストである。と言っても、そう仰々しい相手ではない。反政府組織とは名ばかりのみみっちい犯罪組織でしかない。それをお題目に掲げ細々とした犯罪を繰り返す彼らは、しかしその題目が故に最優先で討伐の対象となる。


「最近ではそういった手合いも増えているみたいですね。犯罪組織としての連帯が崩れたが故でしょうか」

「局がザブザって奴の結社を崩したのがここでも影響しているな。奴等にとって、付く先は何でも良いのだろう。それで庇護を受けることが出来れば」


 言いながら、ハウルトンさんは迫り来る下っ端の犯罪者達へ向け魔法を放った。相手の数は多いが、彼の放った魔法はたった一つだ。路地の奥に屯する男達の中央に、暗黒の球体が出現する。


「回転、吸引」


 ひゅるりと長い杖を振るい、ハウルトンさんは魔法を発動させた。途端球体は蠢き始め、轟音と突風を撒き散らしながら周囲のあらゆるものを吸い込んでいく。道端に散らばるゴミも瓦礫も、そして人さえもその深く重い暗黒へと無秩序に飲み込まれていく。


 これこそ、ハウルトンさんが丸呑みと呼ばれる由縁である。彼の卓越した魔術の腕は既存の体系を越え新規の道を進むに至ったのだ。それがこの、空間を穿ち虚無へと道を空ける闇の魔法である。


 彼はこれを、既存の属性を越えた、空間魔法と呼んだ。周囲を巻き込み消滅するのは、その真なる答えへと至るまでの寄り道に過ぎない。


 ハウルトンさんによれば、これこそ究極の魔法であるという。世界を構成する空間へと干渉し、それを操作する魔法こそが神へと通ずる道であると。


「光栄に思え。お前達は今、未知なる神秘へと身を投げたのだ。私も知りたいよ。その先が一体どうなっているのか」

「だったら自分で飛び込めば良いじゃないですか」

「馬鹿め。奴等の断末魔を聞いただろう。奴等は身を引き延ばされて飲み込まれていったのだ。安全を確保するまではとても近づけぬよ」


 まあ、こうして多数を相手するには便利だ、とハウルトンさんは不満げに言いながら次々と虚無を開いていった。


「やはり、空間を制御することは難しいか。お前の手法の通り対象を制限してみたが、虚無は際限無く拡大する。と言うことは、穿つ空間の絶対的な範囲は限られていると言うことか? これは更に検証が必要だな」

「ぼうっとしないで下さいよ!」


 俺は迫り来る敵へ向け魔法を放った。この人はこういう所があるのだ。自分の研究に熱中して、周囲を見ないことがある。ぶつぶつとよく分からぬ事を呟く。その言葉は理論と数学に満ちていて、実践派の俺としては理解がまるで及ばない。


「ともかく! さっさと敵を片付けなくちゃいけませんよハウルトンさん。理論でも何でも構いませんが、その研究をぶつけてやって下さい!」

「ああ、丁度次の手を考えたところだ」


 そう言うと、ハウルトンさんは杖を振るった。その先を向けられた男の腹から暗黒の球体が出現し、腹を抉って消滅した。


「……今のは出力を最小限に絞ったのだが、虚無は現れた。成る程、事前にお前の言う方法を活用し、範囲を厳しく狭めていれば、虚無は自在に現れるか。しかしこれには繊細な操作と手間が必要だ。これだけの計算を駆使して内臓をまろび出させるのが精一杯とは、つくづく道の遠さを感じさせる」

「ああもう。小さいからその隙に一杯来ているじゃないですか!」


 俺は剣を抜いた。魔法では距離が足りない。それでは未熟でも剣技で対処する方が楽だと思ったのだ。事実、相手方は潮流に迎合しただけの三流でしかないらしく、俺如きの剣技でも容易くその身を切り裂ける。


 ひゅいひゅいと鉄剣が切り裂いては血が噴き出され、人がバタバタと倒れていく。余り気分が良い物では無いが、それでも寄り来る殺意が一息に倒れていくのは爽快である。


「どうした? 魔力切れか。これでも飲め」


 そう言ってハウルトンさんはどこからともなく緑色の薬液を取り出した。あれは空間魔法の応用で、自在に収納の空間を開閉できるのだという。


「いや、近接の方が有利だと思ったから剣にしただけで、別に魔力は切れてませんよ。それにしてもその魔法は便利ですね。後で教えて下さい」

「別に、良いぞ。覚えられる物ならな」

「やった」


 そうこう言っている間に、気が付けば、路地に立つのは僅か一人となっていた。足を震えさせ、刃毀れしたナイフを構えるその姿は、いかにも使い走りの下っ端といった物であるが、彼は果敢に叫んだ。


「クソッ、このっ! 何で俺達が。手を出してこないって言っていたはずじゃ!」

「ん? 何て?」


 俺は始末しようとするハウルトンさんを抑え、その男から詳しく話を聞いた。気になることを言った。手を出してくることはないとは? どういうことだ。何か自信があったのか。


「……俺達の上に居る奴のことは知っているだろう。ツーリガンだ。テロ組織だ。あいつらが言ったんだよ。自分達に、国家が手を出してくることはない。だから安心して犯罪に励め。それが国を破壊する一助になるって」


 俺は首筋に刃を付け、話を聞きながら思考した。一体どういうことだ? ツーリガン? そんな組織があったのか。


「どうでも良い。さっさと仕事を終わらせるぞ」

「まっ、待ってくれよ! なあ、あんた、キサラギだろう? 金持ちのキサラギ! あんたなら分かるはずだ。ザブザの組織が溜め込んだ金の全てを奪い取ったあんたなら、奴らの計画にだって手を貸しているはずだ。だってあいつらは急に資金を手に入れて……」


 言い切る前に、男はハウルトンさんの魔法によって息絶えた。


「……金持ちのキサラギ、ね。持っているのか? 何百の白金貨と聞くが」

「いえ。尾鰭です。俺は単に一つの取引の金を着服したに過ぎません」


 ハウルトンさんの問いに答えながら、俺は疑問を感じていた。尾鰭と言うには、余りにも話が大きすぎる。何か作為的な物を感じる。

 ザブザの組織が壊滅し、その金は何処へ行ったのか? 確か、国家へと戻ったはずだ。元は国民を犠牲にして貯蓄した金であると、そういう判断を皇帝は下したと聞いている。しかし、それが何故、俺が盗んだと言うことになっているのか。


「何だか、嫌な物を感じますね。ツーリガン。知っていますか?」

「知らん」

「そうですか」


 素っ気ない答えを返されたが、俺はそれを調べてみようと思った。




「君ね、立場って物を考えなよ。僕達がどれだけの危険を冒してここに居るのか考えてくださいよ」

「俺は別に構いやしないけどな。今後ともご贔屓に。……いや、商売言葉は慣れねえな」


 俺はある日、喫茶店フルールに居た。テーブルを同じくするのは、かつて同僚だったザッドさんとドレッドさんである。


 俺はどうしてもツーリガンの事が気になって、裏社会に詳しいこの二人を呼んだのだった。「逮捕はしない」「情報を流すこともしない」と事前に誓ったのだが、しかしまだ不信感が残っているようである。


「いきなり職場に光が飛んできて、驚いたよ。それが頭の周りでくるくると回ったと思ったら、突然君の声が聞こえるんだから」

「あれは局直伝の連絡魔法ですよ。光芒が、望む相手に印をつけていれば、そこに向かって飛んでいくんです」

「……いつ付けた?」

「いやあ」


 俺は誤魔化した。あの路地裏でメリイさんにも飛んできた光芒が、連絡用の手段だと聞いて、これは便利だと思い、別れる際にこっそりと付けたのだ。


 そんな風に不信感を滲ませる二人だったが、しかし、二人とも流石である。情報量として手渡した金の分は満足にしてくれたようで、口々に噂話を語った。


「ツーリガン。とある貴族が反乱の地下組織として作った組織です。もっとも、その貴族は数年前に処刑されて、その後は殆ど有名無実の木っ端犯罪組織……主として反政府ビラやチラシ、それに犯罪組織の調度品デザインやシンボルなんかを作って糊口を凌ぐだけの組織だったんですが、ここ最近、急に動向が変わった」


 ザッドさんは神妙な顔をして語った。しかし以前とは違い頻りに菓子を食っては注文を繰り返している。俺の奢りとは言え、こうも甘味を求めるのは、仕事が辛いのだろうか。


「新しく入ったところが、僕の素性を把握していましてね。元官僚という経験を活かされて馬車馬のように働かされていますよ。まったく、あいつらは、人を人だと思っていない……と、愚痴になってしまいました。すみませんね」


 ザッドさんは溜息を吐きつつ言った。


「奴等はどこから集めたのか、莫大な資金を保持しています。いいですか? 莫大なんです。犯罪組織としての格という範囲ではなく、一般的に見て莫大です。それこそ、ザッドの結社に匹敵するほど。いや、それをそのまま受け継いだような……」

「俺としては、お前がそっくりそのまま盗んだって話の方が気になるがな」


 ドレッドさんがそう言った。


「随分噂になっているぜ。裏切り者のキサラギ、盗人のキサラギ、金持ちのキサラギ……。人狼共には異名が付く定めとは言え、こうも短期間で下らないあだ名が次々付くって言うのは、お前の存在感が裏社会で大きくなっているって事に他ならねえ」

「しかし、そのどれもが実際に入局してからの行動を元にしてはいない。既に終わった、結社の崩壊を何時までも噂にしている。入局したということ自体が既に大きな事件で、活躍も随分聞いているというのに、そこから異名が出ていない。そこに何か、僕は不審な物を感じますね」

「と言うと?」


 そう俺が聞くと、ザッドさんは難しい顔をして言った。


「……つまり、誰かが作為的に、君がザブザの金を全て盗んだと広めたく思っている、ということになる。そして、その誰かとは……」

「ツーリガン。……テロリスト共が、ザブザの金を奪ったって?」


 どうやって、とドレッドさんが言った。確かにそうだ。木っ端の名ばかりのテロ組織が、どうして結社の金を手に入れる事が出来たのか。


「それは……分かりません。すみませんね。僕も中々、新入りと言うことで、深いところまでは探れないんです」

「俺の主な客は表だからな。そういったことにはすっかり疎くなっちまった。金額分は話せねえな。すまない」


 そう言って二人は頭を下げた。プロとしての矜持だろうか。


「いや、十分ですよ。誰かが何かをしているということは分かりました。それだけで十分です。ありがとうございます」


 俺は紅茶を口に含みながら、未だ姿の見えぬツーリガンという組織を思った。何を目的としているのか? いずれにせよ、碌でもないことに違いない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ