12 金鈴のアリアと豚喰いメロス 3
男は余裕そうな表情を浮かべるものの、しかし一撃を許したことに腹を立てたのか、雰囲気を変えた。その腕は盾と剣とがぴたりと付くように揃えられ、目前の俺を厳しく狙っている。
「くっ、このっ! うざってえ!」
俺は何とか避けることが出来た。しかし、相手の技量は流石のもので、連撃を繰り返す内にその剣捌きは鋭く狙いを付けるようになり、俺は息を切らせながら余裕も無くなってきた。
「どうしたのよキサラギー! 勝機が有るんじゃなかったの!」
「ねえよ。分かった。こいつはガキだ。ただの小賢しいだけのガキだ。俺に傷一つ付けられねえよ。そして、次はお前だ」
男は視線をアリアさんへと向けた。
「さっきから何遊んでるんだ。余裕か? ふざけやがって。てめえは殺さねえよ。いたぶってやる」
「キサラギー! 今がチャンスよ、かましなさいー!」
「無視してんじゃねえ!」
苛立ち紛れに振るわれた大ぶりの一撃を掻い潜り、その隙に俺は再び脇下へと魔法を放った。
「ウォーターアロー」
「ちっ! 冷てえだけだろうが!」
「うおっ!」
たたらを踏みながら俺は剣を紙一重で交わした。続けて迫る盾の攻撃もひょいひょいと後方へ下がり避ける事が出来た。
「おおー! 上手いじゃないの、そのままぶっ飛ばしなさーい!」
「今すぐこいつを殺して、てめえを八つ裂きにしてやる!」
相手から繰り出される一撃は突進の威力をそのままに乗せた突きの剣だ。しかし、これも躱した。そのまま再び脇下へと魔法を放つ。
「ちいっ! 何でだっ! そんなに腕が鈍っていたのか俺は!」
「それもあるけれど、貴方の動きは意外と避けやすいと気が付いたんですよ」
「なにいっ!?」
俺は気が付いた。この人は、人間相手の戦闘には慣れていないんだ。魔物としか戦ったことがないから、そして常にパーティとして戦ってきたから、相手の行動は直線的で、パターン化されているように見える。
それは確かに魔物相手では強みになっただろう。正確な動き、決められたパターンは、そのまま制圧力に繋がる。しかし、俺は人と戦うことに慣れている。意識の隙を突き、一挙手一投足を注視して戦う術を心得ている。それに気が付けばこっちのものだ。
「あなたはメリイさんほどではない。よく模擬戦をしてくれているから分かる。あの人は、本当に強い。それに比べたら、貴方の剣は実に素直で対応しやすいよ」
「だったら剣を握ってみろお!」
「嫌ですね。死にますから。そもそも、貴方と同じ土俵で戦う意味はない」
剣戟の隙にまた俺は魔法をぶつける。脇下に、水が滴る。男は苛立った。
「また水か! 何時まで続ける! 傷一つ付けられない癖に!」
「いえ、もう終わりです」
「なっ、何ですってえ!?」
アリアさんが大袈裟に驚くのが聞こえた。俺の戦いをスポーツ観戦かなんかだと思っているんじゃないかあの人は。
ともかくも、俺は意識を集中させ、目を見開いた。普段は意識していない感覚の世界が、視界として目の前に開かれる。輝く細糸染みた繋がりが、男の脇下に通っているのが見えている。
「大技は、どうしてもその盾と鎧に弾かれる。継ぎ目を狙える小技では威力が足りない。だから、こうする必要があった」
俺は魔力の繋がりを意識し、たぐり寄せた。男の脇下に集まった水魔法の魔力は閉じられず、三本とも、俺の杖先に繋がっている。そこへ、ありったけの魔力を込めた。
「全開だ、死んでしまえ! サンダーレーザー!」
本来ならば極太の光線が直線に放たれる筈の単体向け上級魔法は、しかしその軌道をぐねりとねじ曲げ、男が構えた盾も鎧の鋼鉄すら避け、その脇下を貫いた。
「ぐああああああっ!」
叫び声を上げ、男は倒れた。
「しゃおらっ! 決まったあ!」
「大勝利ぃー!」
焦げ臭い匂いを放ちながら倒れ伏した男を尻目に、俺とアリアさんは手を叩き合った。
「万歳! やったわね。良い勝ちっぷりだったわ」
「やりましたよ俺は! どうです。見事だったでしょう」
にこにこと嬉しそうにアリアさんは笑っていた。そんなに喜ばれると照れてしまう。
しかしその時、倒れ伏したはずの男がのっそりと起き上がったのを俺は見た。丁度後ろを向いていたアリアさんへ向け叫びながら剣を振るう。
「危ない!」と言う暇もなかった。アリアさんは一瞬で斬撃を察知し、その腰に下げられた剣を抜刀し、一息に相手を切り捨てた。向けられた剣も鎧も一撃で切り裂き、胴を二分し血を溢れさせたのだ。
「確かに見事だったけれど、もっと強くならないとね。これくらいは簡単にやれないと」
「はあー……。そう、ですね」
俺はすっかり感嘆していた。まるで見えなかった。俺の目には、アリアさんが陽炎のように揺らいだとしか見えなかった。鉄と鉄が軋み合う音もなく、容易く全てを両断したのだこの人は。
「さ、あいつの方はどうなっていることやら。どうせ碌な事にはなっていないんでしょうけど」
アリアさんは面倒臭そうに扉の向こうを見つめた。確かに、先程からずっと剣戟の音が聞こえ続けている。メロスさんがアリアさんと同程度の実力だというのなら、こんなに続いているのはおかしい。
俺達は躊躇いながら部屋の内へ顔を出した。中では全身を鎧に包み細見の剣を携えた剣士と、剣を構えたメロスさんが対峙している。しかし、その勝敗は殆ど決着しているようである。
「ククク……どうした。もう終わりか? お前は俺に負けるのか? そうだ。お前は負けるんだ。散々見下し罵倒していた、盗人とか言っていたな、そいつにお前は負けるのさ。お前が弱く無能だからだ!」
「黙れっ! 糞野郎が、畜生が!」
鎧の方が怒声と共に剣を繰り出す物の、その剣先はメロスさんの剣によって優しく優雅に絡め取られ、弾き返された。その隙に突進を繰り出したが、これも一転して力強い斬撃に弾かれ、たたらを踏んで元の位置に戻った。
「遊んでいるわね。ああ、嫌な癖が出たわ」
アリアさんが下らなそうにそう言った。確かに相手方は既に肩で息をしており、メロスさんの冷静な様子から考えれば既に決着を付けられる筈である。なのに未だ戦いを続けているように見せているのは、確かに遊んでいると言うことなのだろう。
「メロスさん。こっちはもう終わりましたよ。そっちも終わらせちゃって下さい」
「なんだよ……。チッ……もう少し続けたかったんだがな。仕方ねえ、仕事だ」
そう気怠げに呟くと、メロスさんは剣を構えた。剣先を大きく前に出し、殆ど刀身に力も入らないような構え方である。
何をするのかと見つめていれば、メロスさんは一瞬の内に相手方へと踏み込み、その鎧へと十何もの穴を穿つ連続の突きを放った。
鋼鉄が割れる音が幾重にも重なって響く。鎧は倒れ伏し、その息を細く響かせている。まだ生きてはいるらしい。
「なんで生かしているのよ。全員始末するのも条件だったじゃないの」
「あ、机の上に冒険者証がありましたよ。二つとも、よく磨かれていますね」
そんな俺達の声もまるで聞いていないようで、メロスさんは鼻息荒く倒れた鎧へと近付いた。血を流す身体へと馬乗りになり、その兜を引っぺがした。
「……思った通りだ。いや、聞いた通りか」
メロスさんはげらげらと笑ってその顔を指差した。先程まで兜に覆われ見えなかったその顔は、まあ、何というか、あまり美しくはない顔であった。噂話とはかけ離れて骨張った、山賊の女領領でもやってそうな顔である。
「ククク……チータと言ったな。チータ! お前の顔はなんて醜いんだ。不っ細工だ。豚だ! 血を啜って肥え太りやがって。ええ? お前は俺に負けたんだ。醜い上に、何て弱いんだお前は」
「メロスさん。その人泣いてますよ」
思わず俺は言った。率直に言って可哀想だ。何故こんな事をしているのか分からない。
それからもメロスさんは、俺達が色々と証拠品の家捜しをしている間、ずっと罵倒を繰り広げていた。仕舞いにはズボンに手をかけ始めたのでそれは止めたが、結局彼はアリアさんが見かねて首を跳ね飛ばすまでずっと訳の分からぬ行為をしていた。
帰り道、幾分か冷静になったメロスさんは、暗い顔で「すまなかったな」と言った。
「どうにも俺は、ああいう女を相手にすると止まらなくなっちまうんだ……。こう、何て言うか、自分より下の相手をいたぶることが好きなんだよ俺は。……俺は、自分より弱くて醜い奴が好きだ。確実に俺より下だと分かるからな……」
神妙な顔で最低なことを言うメロスさんに、俺は「そういう考えもあるのか」と思った。彼はどんなに自分が可哀想で常に周囲から虐げられているのかを語った。
「お前もそうだ。お前なんか死んでしまえば良いんだ。入って短いのに活躍なんかしやがって。役立ちやがって。有能な奴は皆死んでしまえば良いんだ。クソッ……」
「そう言えばメロスさん」
俺は話題を変えた。
「一人目を倒したときお酒を盗んでいましたよね。随分高級な奴。俺にも分けて下さいよ。あれより高級なのは見つからなかったんです」
「ああ? やだよ」
メロスさんは素っ気なく言った。
「お前若いだろ。その年で酒の味なんて分かって堪るもんか。てめえなんか安酒で満足してな。そうして吐いてしまえ……」
「俺は忙しいんだ」と言って、メロスさんは足早に去って行った。前屈みになりながら。何を隠そうとしているのかは明らかである。彼の行く先には娼館が立ち並ぶ街路があった。
「もしかして、メロスさんの豚喰いって……」
「性癖からよ。彼は最底辺の娼館にしか行かないの。それで付けられた名前」
「はあ……」
俺は落胆した。がっかりだった。俺はその異名に、もっと別の意味があると思っていたのだ。
「残念だったわね。私のように格好良い理由じゃなくて。軽蔑したでしょう。あんな男、嘲笑ってあげなさい」
「いえ、嘲笑いなんてしませんよ……」俺は溜息を吐きつつ言った。「ただ、豚肉が無駄に終わったなあって」
「……豚肉?」
アリアさんが不思議そうに呟いた。
「俺はてっきり、豚肉が好きだから豚喰いだと思っていたんですよ。だから今日の顔合わせに準備して、高級な豚肉を用意していたんですが、無駄になりましたね」
はあ、と俺はまた溜息を吐いた。今から肉屋に取りに行かなければならないが、その量は一人分には多すぎる。異名にされるほどだからと大量に注文したのだが、これでは俺一人では食い切れないし、絶対途中で飽きるだろう。
そう言うと、アリアさんは笑って言った。
「あははー! 随分気を利かせたわね。じゃあ、無駄になる前に一緒に食べましょうか! お仕事お疲れ様焼き肉会よ!」
「おお、良いですね。他の皆さんも誘いましょうか!」
そうして、急遽局内で焼き肉が始まった。注文していた肉だけでは足りなかったので、店に並べてあった物を粗方買っていったが、金ならあるのである。アリアさんも半分出してくれた。
「熱っ……あつっ……! あちゃっ……」
「ああメリイさんそんな一口に食べるから……。さあ水です」
「あ、ありがとうございます……」
それにしてもよく食べる。力仕事だからだろうか。局員の人達も皆一心不乱になって肉を貪っている。買い集めた肉の山が見る見るうちに減っていくのは怖い物がある。
「キサラギー! 飲んでるかしらー!?」
アリアさんは上機嫌だ。上機嫌すぎるくらいだ。見ればその片手には琥珀色の酒瓶が握られている。既にかなりの量を飲み干しているらしい。
「飲んでますよー! ギルベットさんが焼いてくれますから。というか俺に全然焼かせてくれないんですよね」
「貴方に任せておいては折角の肉が損なわれてしまいます。ここは私に任せておきなさい」
「ですって」
「ギルベットは昔から食い物にうるさいんだ。大人しく従っときな」
ロイスさんがそう言って、ギルベットさんが焼いた肉を片っ端から取っていく。年を食っているというのによくそこまで入るものだな。
暫くして、肉の焼ける匂いと煙が充満する局内に、メロスさんが姿を見せた。
「何やってんだ、お前ら……」
「焼き肉ですよ。食べますか?」
「……まあ、頂くが。丁度運動してきたところだったから、腹減ってるんだ……」
そうしてメロスさんは人一倍豚を食った。どうやら肉の方も好きらしい。




