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11 金鈴のアリアと豚喰いメロス 2

 知らぬ間に俺の評判が大変なことになっているという事件はあったものの、俺達は平穏無事にターゲットの一人が過ごす一室の前へと辿り着くことが出来た。


「ちと静かにしていろ」


 そう言うと、メロスさんは目を閉じ耳に手を丸く当てた。音を細かく聞くための体勢である。


 これは魔法ではなく、生まれ持った特技らしい。「だからお前らには習得できない。加えて意識的に発動するもんでもないから、邪魔をすることも出来ない……! 残念だったな」と得意げに話していた。


「じゃあ大音量で音を流せば、却って弱点になるのでは?」


 と俺は聞いたが、「勿論、それには対策がある。言うわけがないが!」と更に得意げな顔をさせるだけだった。


「……男か。筋肉がある。しかし筋肉達磨ってほどじゃない。剣士だ。細身な、速攻を得意とするタイプ……」

「いますね、一人。細身で先制攻撃を役目とした人です」

「酒を飲んでいるらしい。呑気な歌声が聞こえるぜ。恨み言か……みみっちい。金勘定に不満があるようだ。あっ、こいつそんな高級な酒を飲んでやがるのか。ああっ、そんな流し込むような飲み方をするな! 馬鹿、俺に飲ませろ……!」

「もう飛び込んで良いかしら?」


 アリアさんが痺れを切らし苛立ちながらそう言った。メロスさんは「ちょっと待て」と鍵穴を物音も立てずに開け、「良いぞ」と言った。


「よし……。ちょっと離れていて頂戴」

「行くぞ」

「はい」


 俺とメロスさんは静かに距離を取り、扉から直線上に身体を置いた。何かがあったときすぐに駆けつけることが出来るようにするためだ。


「しかし、良いんですかね? 俺達も援護をするべきでは?」

「何もしないことが援護になるんだよ。……あれぐらいの奴になるとな」


 メロスさんがそう言った途端、アリアさんは扉を開け中へと入った。その瞬間、アリアさんの姿は消え、殆ど同時に僅かに肉を切る音だけが聞こえた。


「終わったわ」

「はあー……」


 入口から顔を出したアリアさんには血の一滴すら掛かっておらず、所か戦闘の跡さえ見当たらない。あの一瞬で抜刀し、殺したというのかこの人は。凄い。


「……どうだった? 私の剣技に見惚れてしまったかしら。それとも何故金鈴と呼ばれる私の抜刀に鈴の音が聞こえなかったのかを聞きたい?」

「こういう時には外すに決まっているでしょう? 暗殺なんですから」

「それは、まあ、そうなんだけど……」


 アリアさんはつまらなそうに口を尖らせた。と言うか道中でもちりんちりん鳴っていないんだから気付いていたよ。


 そう言っている間にメロスさんは部屋の中で何やらごそごそと漁っている。何をしているのかと思えば、どうやら冒険者としての証を探しているらしい。確かに、それの回収も言い含められていたのだ。


「あったぜ……。埃被ってやがる。汚え」


 メロスさんは部屋の隅に雑多に置かれた荷の中から、細かい文字が刻まれた金色の板を取り出した。確かに資料に一致するし、俺が持っているものとも特徴が一致する。間違いなく冒険者証である。


「あら……これじゃ腕が鈍っていた相手だったから倒せたみたいじゃない」

「次行くぞ」


 メロスさんはそう言って足早に部屋を出て行ったが、その際卓上の酒瓶を盗んでいくのを俺は見ていた。後で分けて貰おう。


 その様に俺達は他の部屋も片付けていった。と言っても、俺が特に何かをすることは無かった。敵の動向はメロスさんが察知し、倒すのはアリアさんなのだから、本当に何もしていないままでいる。精々道中の露払いを任せられるくらいで、特に役に立ってはいない。


 まあ、気にする必要はない。寧ろ気が楽である。ここには歴としたプロがいるのだ。俺よりその道に慣れ親しんだ一流のプロがいると言うことは、安心こそすれど不満を持つ理由にはならないだろう。


「で、これが四人目ですね」


 俺達は順調に冒険者証を回収していった。手元には既に三つが集まっている。今まで倒したのは魔法使いが二人に剣士が一人。後は剣士が二人ということになる。


「情報によれば、あとは盾持ちの剣士と、攻撃の要である剣士です。前者が男で、後者が女とのことで。どうです? どちらですか?」


 耳を澄ませていたメロスさんにそう聞くと、眉根を寄せながら答えた。


「……両方だ。こいつら同じ部屋に居やがるぞ。厄介なことになった」

「あら」


 アリアさんが嬉しそうに言った。


「なら鈴を付けるべきね。正面から打ち破ってあげるわ」

「いや、待て」


 メロスさんは動き出そうとしたアリアさんを押し留め、更に音に聞き入った。


「こいつら、そうか。リーダーは女の方か。ククク……面白いことになってきやがった。おいキサラギ、残りの情報を詳しく言え」

「え? はい」


 俺は資料のページを繰りながら答えた。


「ええと、盾持ちの方は筋骨隆々の、いかにも剣士といった風情らしく、その盾は龍の猛攻にも耐えきったとのこと。酒癖が悪く、人を殴る癖がある……」

「そっちじゃない、女の方だ……! 名前と、年齢も含め、詳しく……」


 メロスさんは苛立ちながらそう言った。俺は不思議に思いながらも文字を読んでいった。


「ええー……名前は、チータ。年齢は26。パーティーの要で、元は盾持ちの彼と彼女から始まったようです。大振りの剣を巧みに操り、あらゆる敵を一刀の下に両断するとのこと。常に顔を兜で隠しており、素顔は誰も見たことがないようで。実は美人という噂も流れているそうです」

「ククク……! そうか、そんな噂があるのか! これは、いい……」


 メロスさんは実に気持ち悪い笑みを見せ、耐え難いように身体を震わせた。

 あれ、まさか噂を真に受けたのか? それとも音だけで美人と分かったのだろうか。いや、そもそもこの人は何をしているんだ。音だけでチータという人に惚れてしまったのか?


「おい、アリア。女の方は俺がやる。男の方をお前達でやれ」

「何勝手に言っているのよ」


 アリアさんは当然不満を言った。当たり前である。この人は何がしたいのだろう。


「うるさい! 黙れ!」


メロスさんはそう言うと、今まで耳を澄ませていた扉の向こうへ向け叫んだ。


「ああ、聞こえているか? 俺達は襲撃者だぞ。お前達を殺しに来た!」

「何やっているんですかメロスさん!」

「黙れ、黙れ! ……いいか? 俺達は今から飛び込むことだって出来るんだ。こっちには武器も魔法もある。間抜け面には痛いだろうなあ……。ちゃんと鎧と武器を準備しろ。待ってやるよ。それで戦おうぜ……」

「呆れた……!」


 アリアさんが馬鹿馬鹿しそうに天を仰いだ。俺だって同じ気持ちだ。まったく、噂と違ってユーモアがある人かと思ったら、とんだ気狂いだ。性格が破綻しきっている。手に負えないぞこれは。


 メロスさんは先程から「ククク……」と歪んだ笑みしか見せないので、どうしたものかとアリアさんに目を向ければ、こちらもこちらで熱が冷めたように、つまらなそうに髪先を弄くっている。


「アリアさん、どうしましょうか」

「……私、やめた」

「は?」


 思わず俺は聞き返した。何を言っているんだこの人まで。まるで子供みたいないじけ方だ。


「私、こんな戦いしたくないわ。嫌よ。格好悪いし、あいつの思うとおりになんてしたくない。……あっ、そうだ」


 アリアさんは突然俺に指を差した。


「キサラギが戦えば良いじゃない! そうよ、これは修練になるわ。道中色々と危なっかしかったもの。実戦で実力を身につけなきゃ。ね? そう思うでしょ」

「ええっ、いきなりそんな事を言われても」

「危なくなったら私も手伝ってあげるから! ね、やりなさいよ。私の命令よ。聞きなさい」


 ああもう、この人達は。全然全くまともじゃない。頭がおかしいぞこの人達は。


 しかし扉の奥からは慌ただしいガチャガチャとした鉄の響きが聞こえており、戦闘の準備が行われているということが分かる。このままでは戦いになる。しかしメロスさんは前言を撤回せず女の方に注力するだろうし、アリアさんも手を出すことはないだろう。そういう確信がある。


 なら、俺は男の方に狙われることになる。この場で一番弱い俺を優先して潰すのは当たり前だ。危なくなったら手を貸すとは言われたが、その基準が分からないのが怖い。もしかしたら、手足の一本が切り飛ばされてもアリアさんはにやにや笑っているかも知れないのだ。


「……分かりましたよ」


 諦めて、そう俺は言った。そうだ、思考を切り替えよう。これはまたとない機会だと考えれば良い。

アリアさんの言う通り、俺は実力不足だ。本来ここに居て良い実力じゃない。ならば、それに追い付かせなければならない。じゃないとこっちの命が危ういのだ。


 相手もまた一流だ。この一戦で、そこに至るまでの手掛かりを掴んでやる。


 ドカン、と荒々しく扉は蹴飛ばされた。メロスさんが準備が終えられたのを耳聡く察知し、開戦を自ら告げたのだ。その表情には欲深い狂笑が浮かべられており、こちらなど眼中にないことを窺わせる。


 アリアさんもいつの間にか遠くへ引いており、俺一人で相手に対応しなければならないことをまざまざと理解させられた。


 メロスさんが部屋に飛び込み、すぐさま剣戟の音が交わされた。罵声と怒号が飛び交う中で、彼は頻りに「邪魔だ、邪魔だ! お前はあっちに行け!」と言っている。やがて、相手方も狭い室内では連係が活かせないと思ったのか、


「あんたは外でぶちのめしてきな!」


 と荒々しい女の声が聞こえ、その声に従ったのか、鎧姿の大男がのっそりと俺の前に現れた。


 言葉を交わす余裕などなかった。俺は先んじてその鎧へ向け魔法を放った。


「ファイアストーム!」

「おっ、室内で上級の炎魔法とは、殺意に満ちているわね」


 声に合わせ魔力が渦巻き、炎を纏わせながら螺旋を形作っていく。熱く眩しい炎の渦は一瞬の内に鎧を飲み込み、炎熱の内に身を焦がすことだろう。


「あ? なんだこれ。ふざけてんのか? ……いや、違うな。単にガキってだけか」


 相手が出てくるまで集中し、貯めに貯めた一撃は、しかし難なく切り裂かれた。鎧男は大型の盾の影で嘲笑を響かせている。その片手には今し方炎の嵐を切り裂いた両刃の剣が握られており、そのまま攻撃へと移行しようとしていた。


 俺は急いで距離を取り、相手の様子を観察した。見れば、鎧には傷一つない。魔法が効いていないのか。そもそも熱がる様子さえなかった。魔法の威力を減少させる鎧か。そして、それに加えて未熟な腕が無傷を実現させたと。


 ならばと、俺は更なる魔法を放つ。狙いは鎧の、その継ぎ目だ。


「俺は急いでいるんだよ。チータの奴が気持ち悪い野郎に絡まれているからな。てめえと、その後ろの女を殺して、さっさと行かなくちゃならねえ」


 男はすり足に距離を縮め、盾を前に迫ってくる。俺の剣の腕じゃ接近戦は一瞬で決着が付く。勿論俺の敗北という形でだ。俺は迫り来る盾と、その隙間から見事な連係で繰り出される剣の突きを懸命に避け、走りながら魔法を操った。


「ファイアアロー、三つ!」


 鋭い針染みた炎の塊が、鎧へ向けて三方向から飛来する。男は一つを盾で、もう一つを剣で切り裂いたが、最後の一つは剣戟に開かれた脇下へと入り込み、打ち込まれた。


「上手いものね。曲芸師になった方が良いんじゃない?」

「それ、所詮は手品技って言ってます?」

「ええ。だってあんなの真正面から切っちゃえば片が付くじゃないの」

「そんな大技は使えないんですよ俺は!」


 男は衝撃に僅かに腕を揺らしたが、しかしそれで留まった。髭面の嘲笑を浮かべながら余裕そうに「あー、暖けえ」とまで言っている。


「金かけているわねえ。あの鎧だけじゃなくて、その下まで魔法防御を入れているか」

「ですが、鎧ほどじゃない。下はまだ弱い壁だ」


 そこに勝機がある。俺は一つの考えを脳裏に閃かせていた。


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