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10 金鈴のアリアと豚喰いメロス 1

 先にも言ったが、ここ騎士団特局には六人しか騎士がいない。そしてその殆どが人格破綻者なのである。嬉々として人殺しをする人ばかりで付いていけない。


 先日まではギルベットさんは除外していたが、違った。あの人は喜んで人を片付けるような人だった。故に掃除人とは、上手く言ったものである。


「それでこの前買ったピアスなんだけど、どう? 似合う? 私の髪色に合う宝石はやっぱり赤しかないと思ってさあ。でも青も良いよね。貴方が首に提げている宝石も見事な青色だし。あと、黄色も良かった。黒髪ってどんな色にも似合うから困っちゃうわ」

「そうですね」


 目の前で書類仕事を俺に押し付けながら自慢話を繰り広げるこの人は、そんな騎士の中でもまだまともな感性をした人である。名前はアリアさん。歳は二十であるという。通称、金鈴のアリアと呼ばれていると自分から説明してくれた。


 その由来は、剣柄に金色の鈴を付け、抜刀の度に美しい音色がすることからだという。どうにも、異名が付けられることを狙って自分から付けたみたいだ。


「やっぱり女神ハーラーバの御姿を象るには、全身ではなくそのモチーフに限るのが一番ね。だって耳から顔を吊り下げるとか不気味じゃない。意識が私じゃなくて耳に向いちゃうわ。まあ私は耳の形も良いんだけれど。この間辻占いをしていたお婆さんにも王の耳型とか褒められちゃった」

「それは良かったですね」

「……ねえ、ちゃんと私の話聞いてる? こんな美人に話しかけられているんだから、仕事の手くらい休めなさいよ」


 そう唇を尖らせて語る姿は、確かに美しい。俺と同じ黒髪ではあるが、丹念に手入れされているのか、艶めいて黒く滑らかである。その黒き瞳も大きく開かれ、光を取り込んできらきらと輝いている。

 しかし問題は、彼女の容貌ではなく、机に尻を乗せて仕事をサボっているという点にあるのだ。


「じゃあ自分で仕事をして下さい。報告書は自分で書くことになっているんですよ」

「言うねえ……少年」


 アリアさんは目を逸らした。言うねえじゃなくて手を動かして欲しいんだが。

 まあ、そんな事を言っても、この人に任せるより俺がやった方が早いのは事実だ。事実だから仕方なくやっているんだが、もう少し誠意とか見せてくれないのだろうか。


「誠意なら見せているじゃない。ほら、私の話を聞くことが出来る権利よ。この権利、東の方の母国では、ちょっとしたオークションにもなったことがあるんだから」

「嘘くさっ」

「本当よー」


 嘯くようにへらへら笑いながらアリアさんは言った。

そうこうしている間に俺の下へ、一枚の紙が伸ばされた。


「あ、メロスさん終わりましたか」

「おう……。簡単だろ、こんなの。おい、あまり年下に迷惑を掛けるんじゃねえぞ……」

「迷惑じゃないわよー。ね?」


 今し方俺に書類を届けてくれたこの人は、メロスさん。歳は二十代後半と言ったところか。陰鬱で、幸薄そうな顔をしているが、歴とした六騎士の一人である。別名、豚喰いメロス。何故そう呼ばれているのか? 俺がそれを知ったのは、先日のことである。




 その日俺は、メリイさんと仕事をするはずだった。ギルベットさんとの一件があってから、俺は更に重要な事件を任されるようになった。そのためメリイさんと共同で事に当たることが多くなったのである。


 しかしその日は珍しくメリイさんは外され、俺は別の人達と事に当たることになった。それがアリアさんとメロスさんだったのだ。


「あなたがキサラギね? 私はアリア。金鈴のアリアと言えば分かるでしょう? よろしくね」

「俺は、メロス……」


 口数の多いのと少ないの、対照的な二人は意外にも友好的に挨拶をしてくれた。伝え来る噂話から戦々恐々としていた俺は拍子抜けした。やはり、噂話など当てにならぬものである。


「驚きましたよ。こんなにいい人達だったなんて。噂じゃここの騎士の人達って言うのは皆斬り合い大好き、人殺し大好きの狂人だって話でしたから。ギルベットさんの本性を知って余計にその考えを深めていたんですよ」

「ギルベットさんはねえ……」


アリアさんは苦笑した。


「でも、人殺し大好きとは言わないまでも、私は斬り合いが好きよ。だからここに居るんじゃないの。キサラギ、あなたは違うの?」

「俺は違います。無理矢理ここに入れられたんですから」

「知ってるぜ」


 メロスさんが笑みも浮かべず呟いた。


「裏切り者のキサラギと、噂になっている。随分恨まれているようだな」

「裏切るつもりなんてなかったんですけどね」

「怖いな……そんな事を平気で言うとは。俺に近付くんじゃないぞ……。俺はそこの女とは違って斬り合いなんて嫌いなんだ。痛いからな」


 しっしと手を払いながらメロスさんは先に行った。


 俺達が向かっているのは、とある冒険者の一団が根城にしているという一帯である。何でも、彼らは優秀な冒険者であり、瞬く間に金等級となったらしい。


 冒険者のランクとしては上から順に白金、金、銀、銅、鉄とあり、優秀な冒険者でも多くが銀止まりであるという。つまり彼らは非常に抜きん出て優秀であり、尚且つ数年で到達したと言うことがその実力に拍車を掛けている。


 ちなみに、俺は鉄等級のままだ。初めに薬草を採取してから全く依頼を受けていないので当たり前ではあるが。


 しかし、そんな優秀な一団が何故俺達に狙われる羽目になったのかというと、なんと彼らは犯罪組織と癒着し、所か犯罪組織を武力で乗っ取って利益を貪っているらしい。


 その犯行は、依頼の斡旋をしそれを中抜き、偽の依頼を出し闇討ちし資産を強奪、冒険者向けの暴利な借金と返済を名目にした強制労働など、冒険者を狙った者が多数である。困り切ったギルド側から依頼が来たというわけだ。


「と言うわけで、今回は結構情報が揃っていますね。相手方の人数は三十を超えますが、その殆どは元犯罪組織の一員で気力も少ない。無理矢理押さえ付けられているので、やろうと思えば裏切らせる事は容易いでしょう」

「問題は、金等級だという五人か。剣士が三人に、魔法使い二人。回復役はいないのかしら?」

「いたらしいが、仲間の凶行に付いていけず、脱退しようとしたところを背中から切られたんだと。白昼堂々と、思い切りの良いことで……。いや、単純なのか? 少なくとも、頭の回る奴ではないな」


 俺達は改めて情報を確認しながら道中を行った。会ったこともないが、会話の内に人物像が朧気に浮かんでくる。


「こういう奴等には、裏からの奇襲が有効だ……。戦闘の記録も、攻めの姿勢を重視していて守りの気配は微塵もない。いかにも、魔物ばかりを倒してきた冒険者らしい戦い方だ。こいつらの一番の武器は制圧力だ。そいつを、馬鹿正直に発揮させてやる必要はない……」

「私の出番、という訳か」


 アリアさんはやれやれと肩をすくめた。この人もこういう所作が似合っている。以前、俺もギルベットさんの真似をしてやってみたところ、ロイスさんに思い切り笑われてしまった。メリイさんにも遠回しに似合っていないと言われたことがある。あの人がそう言うのなら、余程なのだろう。


「嫌なんですか? 奇襲」

「だって目立たないじゃないの! 金鈴のアリアの活躍の場は、もっと華々しくあらねばならないっていうのに」

「だったら魔王でも殺しに行けば良いだろ……ここに居るんじゃねえよ。というか俺の近くに居るんじゃねえよ……」


 魔王。魔王、である。俺が、そして勇者が倒すべき相手、らしい。

 アリアさんはその言葉が出ると不愉快そうに「ふん」と嘆息してそのまま何も喋らなくなった。

 俺はメロスさんに聞いた。


「魔王って、何なんですかね?」

「あー……それは、概念的な質問か? それとも初歩的な……」

「魔王は、人類の敵よ」


 アリアさんがぶっきらぼうに言った。


「正確には、神の敵かしら。数百年周期で現れて、魔族を無理矢理統一する化け物よ。滅多に表に出ることはないらしいけれど、その力は絶大で、国家が連合した軍を向けても傷一つ付かなかったらしいわ」

「神の敵、ねえ」


 確かに、神様は魔王によって危機に瀕していると言った。敵視しているかと言えばその通りだろう。そのために勇者を送り込むという話だった筈だ。


 しかし、一向に勇者は現れてくれない。何処かで現れたという話はよく聞く。だがそれは国家に選ばれた者であり、或いはそう僭称した者であって、真に教会で選ばれたという話は一向に聞かないのだ。神様……唯一の女神ハーラーバを崇める教会が、現在活躍する勇者の存在を否定している。


「だから私は魔王討伐には行かないのよ。あれには神の力、つまり勇者が必要よ。古には、邪龍が暴れ回った際にも神選の勇者が現れ討伐したという話じゃない。私の活躍の時は、勇者が現れてからの話。徒に身を危険に晒すつもりはないわ」

「へっ、どうだか……。ビビってるだけなんじゃないか?」

「なによ」

「まあまあまあまあ」


 俺は二人を取り成し、気になっていたことを聞いた。


「と言うことは、魔王によって無理矢理服従させられていると言うだけで、魔族は人類の敵って訳じゃないんですかね?」

「当たり前じゃない」


 アリアさんは呆気なくそう言った。


「獣人やエルフやドワーフだって、広く見れば魔族だし、何なら私達含めてみんな人類よ。え、何、あなた人間至上主義者?」

「違います違います。どうにも恐ろしげな話ばかり聞くので……」

「……そういう人、結構増えてるのよねえ。困ったことだわ」


 アリアさんが困ったように溜息を吐きながら言った。しかし、その言葉にメロスさんが「ぷっ……」と笑い、黄ばんだ歯を見せた。


「俺はそう思わないね……。人と殺し合っているのは、事実さ。あいつらだって俺達を恨んでいるのが大多数じゃないか……? 呑気な考え方だ……」

「こいつは魔族が嫌いって言うより自分以外の全てを嫌っているから、少数派の意見だと思って頂戴。何なら獣人もエルフもドワーフも人間も全部死ねば良いと思っているはずよ」

「当たり前だろうが……。自分以外は皆敵! お前らにだって、背中は預けられねえ。作戦は、三人別々に行く。それぞれ勝手に敵を殺していくんだ……」

「それじゃあ一番技量が優れている私の仕事が増えるじゃない!」

「まあまあまあまあ」


 俺は二人を取り成しつつ敵の本拠地へと向かっていった。




「いいか? 敵は固まっていない。一人ずつ離れて過ごしている。それぞれ音を立てず素早く始末していくぞ。畜生、金集めやがって……何だこの調度品は。クソッ……俺にも分けてくれよ」


 メロスさんはぶつぶつと呟きながら作戦を開示した。


 既に俺達の居場所は敵方が根城としている立派な館の中である。ごてごてとした緋色を基調とした館内は、メロスさんの言う通り、高級そうな調度品で満ちており、隠れながら道行く中、ずっとキラキラと輝いていた。


 しかし、金を持った犯罪者が高級品を集めるのは何故なのだろう? 生態がカラスに似ているのかも知れない。どっちも大抵黒ずくめだからな。


「結局、三人協力してやるんですね」

「当たり前だろ……何で三人が割り振られたと思ってるんだ。この女を主軸にして、俺達がその補助をするためだぞ」

「さっきは別々に行くって言ってたのに」

「あ? 忘れた……」


 メロスさんは適当なことを言うが、しかしその作戦は理に適っている。そこらを歩いていたここの下っ端に金を握らせて問い詰めたところ、どうやら五人は、仲が良いとはとてもじゃないが言えないらしく、普段は別々に享楽を楽しみ、影では相手を馬鹿にする毎日らしい。


「いやあまさか本人に会えるとは! もう存分に盗んじゃって下さい、盗人のキサラギさん!」

「……何それ?」

「知らないんですか? キサラギさんの二つ名ですよ! あの結社を崩壊させるまで、内部から金を盗み続けていたという生粋のアウトロー、キサラギさんを象徴する二つ名です!」


 そう憧れの目で見つめながら、話を聞いた若い男は館を抜け出していった。襲撃以前に余計な手間を嫌ったためだったが、「やっぱり人被り共の一員になったんだ! 凄え!」と言いながら駆け出していくその姿に、口止めくらいはした方が良かったかなと思った。


「ククク……良いじゃないか、盗人のキサラギ! 二つ名が複数とは、大物なんじゃないか?」

「私も新しく何か身に付けようかしら……。うーん、動きの邪魔にならない、目立つもの……ピアスとか?」

「不名誉すぎますよこんなの!」


 俺は頭を抱えた。知らぬ間に余計な尾鰭が付きまくっているぞ。


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