遠征
「え、遠征ぃ?」
竜輝石の買い取りから戻ったラックの言葉に、ミーアは目を丸くした。
「そうなんだよ。明日の夜から行ってくる。資料だと期間は三日から、長くても五日くらいらしいから……」
「ちょ、ちょっと待ってよラック!」
資料と照らし合わせて遠征に持って行く装備の確認をするラックから資料を掻っ攫い、ミーアは穴が空くほどその資料を凝視する。そして、ラックにとって決め手となった報酬の項目で、同じように声を振るわせた。
「ご、合計五百万エル……?」
「破格だろ? 二人分の飛行船の席を買っても余裕でお釣りがくるぜ」
「そりゃそうだけど……」
その金額のあまりの多さ、そして上納する竜輝石の少なさに、ミーアは疑念を持った。これではあまりに主催側の儲けが少ない。支給される装備や運用する飛行船のことを考えれば、赤字ではないだろうか。
「これ大丈夫なの? こんなに報酬が高い遠征、怪しいって言うか……」
「俺もそう思ったけどさ、主催は政府だぜ? 流石に詐欺ってことは無いよ」
「うーん……」
ラックの言葉通り、資料には確かに政府公認の印が押されている。この印を偽造、または無許可で使用することは重罪で、あれだけ石拾いの間で話題になっている遠征でそんなすぐにバレる犯罪をやらかすなど考えられない。
「……どこに行くんだい?」
ラックが装備と、ミーアが資料と睨めっこを始めたところで、シャヴァンヌがそう問いかけた。シャヴァンヌは部屋に入れないので、窓の外から二人の様子を眺めながら。
「未開拓の柱……えっと、地点は……」
ミーアが資料から読み上げた場所は、ラックにもミーアにも聞き覚えのないものだった。
「……随分と遠いね」
「そう、ですよね……」
白柱の国の竜素は球状に広がっている。しかし、人の住める居住区と比べれば、竜素に満ちた場所の方が遥かに広い。
通常の遠征ならば居住区のすぐそばの柱に拠点を置き、その周囲に棲む竜を退治、もしくはさらに竜素の濃い奥へと追い立てるのが通常である。そうすることで石拾いの活動できる範囲を広げ、竜輝石の収集率を上げることが遠征の目的である。
しかし、今回の遠征先はあまりにも遠い。この地点では飛行船を使わなければ辿り着けないし、石拾いが日常的に活動できる場所ではない。
高い報酬を払い、多額の費用を掛けて、活動できない場所への遠征。これが何のための遠征なのか、この資料からでは主催側の意図が読み取れない。
「ねえ、やっぱり行くのやめない? こんなところにわざわざ遠征に行くなんて、どう考えてもおかしいよ」
「なに言ってんだよミーア。遠征先のことなんてどうでもいいだろ? 報酬五百万ってだけで、行く価値はあるって」
「でも、ラックにもしものことがあったら……。せめて私も一緒に……」
ミーアの顔は晴れない。遠征は確かに石拾いにとって有益な仕事だが、その危険もまた普段の仕事とは比べものにならない。遠征先で事故に遭い、帰ってこなかった石拾いも多いのだ。
「いい加減にしろよミーア! 誘われたのは俺だぞ。俺だってもうガキじゃねえんだ!」
引き止めようとするミーアにラックの苛立ちはつのり、ついには声を荒げてしまう。
「ラック……」
「過保護もいい加減にしてくれよ。この遠征で、俺は自力で外に出るんだ。邪魔すんなよ」
そう言ってラックは乱雑に荷物をまとめてリュックの口を絞り、部屋を出て行こうとする。その背中を、シャヴァンヌが制止した。
「お待ち、ラック」
「なんだよ? ばあちゃんまで行くなっつうのか?」
「んな野暮なこと言いやしないよ。ミーア、アタシの持ってきた品の中にデカい筒がある。持って来とくれ」
「は、はい」
ミーアは言われるがまま部屋を出て、外に置いてある大きな木箱を開ける。これはシャヴァンヌが背中にくくりつけて持ち帰ったもので、中には異国で買い揃えた品々が詰まっている。この数日商人たちがこぞって買い占めたおかげでかなり量は減っており、シャヴァンヌの言う筒状のものはすぐに見つかった。
「これですか、シャヴァンヌ様?」
「なんだよ、それ? 武器か?」
ミーアが持ってきた筒は、長さ五十センチ、直径十センチほどの布に包まれた筒。見ようによってはラックの言うような武器、大砲の砲身に見えなくもない。
「ありがとねミーア。これは筒の下に導火線が付いていて、火をつけると火薬の球が飛び出すって代物だ。こいつを持っていきな」
「やっぱり大砲か?」
剣に続いて新しい武器のプレゼントと思い、ラックは目を輝かせる。しかし、シャヴァンヌはそれを否定した。
「いや、使いようによっては武器にできなくもないが、本来は武器じゃない。火薬は色付きで、飛び出して破裂すると花みたいに開くのさ。それで派手な音と火薬が開く様を見るのを楽しむための娯楽品だよ。面白そうだから買ってきた」
シャヴァンヌの説明に、ラックは首を傾げた。楽しむための娯楽品を、なぜ遠征に持って行かせようとするのか。
「遠征先でそんなの見て楽しめっていうのか?」
「違うよバカタレ。こいつの音は本当に派手で、火薬の花そのものは竜素に隠れて見えなくても、音だけは遠く離れていても聞こえるんだ。何かあったらこいつを使いな。アタシが飛んでいってやるから」
それはつまり、シャヴァンヌにラックの身の危険を知らせる信号弾。娯楽品である火薬の詰まった筒を、助けを求めるために使うようにと、シャヴァンヌはラックに持たせようとしているのだ。
「要らねえよ、こんなもの。邪魔だし、使うこともねえだろ」
「いいから持っていきな。確かに荷物にはなるが、ミーアの言う通りこの遠征はどうもキナ臭い。使わなけりゃそれでいいだけのことだろ」
「要らねえっての! 俺はもうミーアやばあちゃんに心配されるほどガキじゃねえんだよ!」
そう言ってラックはソファの上に筒を放り、部屋を出て自室に向かってしまう。
「明日は夕方まで寝て、そのまま遠征に行く。起こすなよ」
バタン、と乱暴にドアが閉じられる。後には沈痛な面持ちのミーアと、呆れたようなシャヴァンヌのため息が残された。
「やれやれ。必要ないからといって保険を忘れるようじゃ、やっぱりまだまだガキだね」
「ラック…………」