耳長族シェルフィ
シャヴァンヌはしばらくの間白柱の国に滞在すると言い、国中はそれから毎日のように大騒ぎになった。
外界の食材に舌鼓を打ち、外界の酒に酔いしれる。商人たちは我先にとシャヴァンヌの持ち込んだ品を買い求め、石拾いは次の旅のために貯め込んだ竜輝石をシャヴァンヌに託した。
竜輝石は買い取り場で石拾いの手を離れた後、国の政府を通じて飛行船で外界に輸出される。石拾いたちはそれで金銭を得ているが、当然そこには政府の収益のために輸送費や仲介手数料が発生する。
普段はそれでいいと思っている石拾いたちだが、直接外に出られるシャヴァンヌに頼めばかなり安く済むのだ。政府とシャヴァンヌの間の取り決めにより現金との交換は禁止されているが、それでも割安で外界の品が手に入るのである。
多くの石拾いがシャヴァンヌとの交渉の順番待ちをするので、帰還からしばらくの間は同業者のいない竜素の中でラックはゆっくりと石拾いを行っていた。
「おいラック、その腰のはなんだ?」
暇になってしまった買い取り場で、ドミニクは竜輝石を売りに来たラックの腰に見慣れないものがぶら下がっているのを目ざとく発見した。
ラックは何でもない様な振りをしながら、嬉々としてその腰のものを見せびらかす。
「これ? ばあちゃんのお土産だよ。東の国の片刃の剣で、『カタナ』って言うらしい」
それはいわゆる剣に比べると随分と細くて薄く、頼り無い印象の武器だった。黒い鉄製の鞘に収まっており、長さは四十センチほど。剣とナイフの中間くらいだろう。
「ほお、そりゃ剣なのか。しかし買い取り場まで持ってくるとは、相当気に入ってるんだな?」
ニヤリと笑うドミニクに、ラックは顔を真っ赤にした。
祖母の土産を気に入り、常に身に着けておきたい。そんな子どもじみた心理を見透かされているようで、ラックは急に気恥ずかしくなり顔を背けた。
「べ、別に気に入ってるとかじゃなくてさ。ほら、またこの間みたいに居住区に竜が出たりしたら大変だろ? 武器くらい持ってた方がいいんじゃないかって、思って……」
「あの飛竜と剣竜は、シャヴァンヌ様に驚いて逃げ込んだやつらだろ? そう頻繁に居住区に竜が出るかよ」
「ま、万一ってこともあるだろ! 安心しろよ、ドミニクさん。竜が出ても、また俺が仕留めてやるからさ」
ラックにとっては残念なことに、せっかくの剣は未だ活躍の場を得ていない。ここ数日の降下では竜と対峙する機会が無かったのだ。
「へえ、それは頼もしいですね」
早くこのカタナという武器を試したい。新しいオモチャに浮かれる子どものようなラックに、そう声を掛ける者が現れた。
「え?」
その人物、背の高い女性はいつの間にかラックの背後にいて、妖艶な魅力のある笑みで振り返ったラックを混乱させた。
「先日この竜の巣の前に現れた飛竜、あなたが退治してくださったんですね」
体のラインが分かるぴっちりとした服の上に、丈の長い外套を羽織った女性。頭にかぶっていたフードを外すと、ボリュームのあるふわっとした桃色の髪が背中に流れた。
不思議と見入ってしまう紫色の瞳にくっきりとした目鼻立ち、抜群のプロポーション、すれ違う者が皆振り返るような容姿の美女。その中でも特に異彩を放つのが、桃色の髪の中からピンと斜めに伸びた長い耳。
(耳長族……)
長命で知恵に富み、一様に美しい容姿を持つ種族、それが耳長族である。多種族と比べて個体数の少ない耳長族は人間の中では長命で、他にも竜素への耐性が高かったり知識に富んだりと、古竜との共通点が多い。そのため古竜に対する信仰心が高く、かつては人と古竜を繋ぐ橋渡しのような役割も担ってきたという。
「まだお若い小人族なのに、アナタはずいぶんとお強いんですね。石拾いの方ですか?」
「あ、ああ。俺はラック、名前の意味は幸運。あんたは?」
白柱の国にはほとんどいない耳長族の登場に、ラックは少なからず動揺した。耳長族の女性は「これは失礼」と恭しく一礼してから、戸惑うラックの手を取って名乗った。
「ワタクシはシェルフィ。政府の依頼で腕の立つ石拾いの方に声を掛けて回っている者です。聞いたことくらいありませんか?」
シェルフィと名乗った耳長族の言葉に、ラックは思い当たる節があった。数日前、他でもないこの場所で、すぐ後ろにいるドミニクに聞かされた話だ。政府が腕の立つ石拾いを集め、大規模な遠征の予定を立てていると。
チラリと視線を向けると、ドミニクも得心したように頷いて見せた。
「未開拓の柱への遠征に人を集めてるってやつか?」
「そこまでご存じなのでしたら話が早いですわ。単刀直入に言いまして、アナタにも遠征に参加していただきたく思っておりますの」
シェルフィはニコリと笑い、握っていたラックの手に数枚の紙束を渡してきた。見るとそれは日取りや支給される装備の概要が書かれている、遠征の資料だった。当然、ドミニクに聞かされていた破格の報酬までそっくりそのまま記載されている。
「お、俺が遠征に?」
「はい、ぜひ参加してくださいな」
突然の勧誘に、当然ラックは戸惑った。確かにラックは腕が立つし、歳の割には石拾いとして成功している方だろう。シャヴァンヌの庇護下にあるということで、この国ではそれなりに有名でもある。しかし、それでもラックは小人族だ。
「俺は小人族だぜ? 竜素に弱い小人族が遠征に参加なんて、聞いたことない」
「前例がないというだけですわ。それに遠征に使う飛行船は完璧な竜素対策を施した最新の機体で、支給する防素マスクも深度八十までは余裕という最高級品です」
つらつらと資料に記載されている内容を指でなぞり、シェルフィは眼を細めながらラックに顔を寄せる。資料には確かにシェルフィが言ったような説明が書かれており、『種族は不問』とも書かれていた。
「必要なのは石拾いの腕前、それと竜と対峙できる強さだけです。強い石拾いは何人いても構いません。引き受けてはいただけませんか?」
「え、えっと……」
シェルフィに気圧されながらも、ラックは資料の一項に目を落とした。報酬は前金で二百万エル、後金で三百万エル。
ラックの求める白昼の国から出るための飛行船の席代は、グレードや種族によって一人百五十万から二百万エル。
この仕事を受ければ、一気にラックとミーア二人分の席が買えるのだ。
報酬の高さに加えて、今は時期もいい。シャヴァンヌが白柱の国に滞在している間に飛行船の席が買えれば、早ければ次の旅にでも同行することができる。
目の前にぶら下げられた大金というエサに、ゴクリ、とラックの喉が鳴る。
ラックの心は既に大きく傾いている。それを察したシェルフィはあえて言葉を重ねることはせずに、スッと寄せていた顔を離す。
「もちろん、アナタにも事情や都合があって然るべき。無理にとは言いませんわ。もしその気があるようでしたら、出発は明日の深夜。場所は竜の巣の裏に停泊している飛行船の前です。色の良いお返事、期待していますわ」
そう言ってシェルフィはヒラヒラと手を振り、その場を去って行った。
後に残されたラックは、資料をジッと見つめる。もちろん、そこに記載された報酬を重点的に。
「おい、どうするんだラック?」
「どうもこうも…………」
シャヴァンヌの帰郷による焦りと、そこに舞い込んだまたと無い機会。
ラックの心は、完全に決まっていた。




