古竜シャヴァンヌ
ラックとシャヴァンヌには、無論血の繋がりは無い。ラックの父はラックと同じ石拾いで、竜輝石の収集中に命を落とした。母はラックのことをシャヴァンヌに託し、父の後を追って竜素の中に身を投げたと聞かされている。
シャヴァンヌは白柱の国の守り神のような存在、古竜と呼ばれる最上位の竜である。
古竜は数こそ少ないが、人間よりも遥かに長い時を生き、人間よりも多くの知識と力を持つ。この世界の支配者である。
竜素の中に棲む多くの竜とは違い、古竜は太古より人間と共存してきた。人々は信仰と忠誠をもって古竜を敬い、古竜はその翼で人や荷物を運び、その豊富な知識で生活を豊かにする術を与え、その力で他の竜から人間を守った。特に竜素に閉ざされた白柱の国では、シャヴァンヌが竜輝石と交換して持ち帰る外界の物資や情報は貴重なものだった。
今では飛行船技術の発達によりシャヴァンヌに頼らずとも良くなったことで頻度は減ったが、昔は数日で世界を回り、白柱の国と外界を行き来していたらしいとラックは聞いていた。
「なんだい、やっぱりまだ船代は貯まってなかったのかい」
「うるせーよ。ばあちゃんがさっきの剣竜を逃がさなきゃ、俺が仕留めてでっけー竜輝石を手に入れてたんだよ。まったく、余計なことしやがって」
部屋の外、柱に設置された足場で形成された庭にイスやテーブルを持ち出し、ラックたちは夕食を楽しんでいた。
近所に住む者たちはその光景の異様さを遠巻きから伺っているが、輪の中に入ろうとするものはいない。今日は国の守り神の帰還に住民たちから宴の話まで出たのだが、シャヴァンヌ本人が「久しぶりなんだから家族と過ごさせろ」と言ったことで後日に延期となった。しかし人々の熱はそう簡単に冷めないもので、今ごろは竜の巣はもちろん、そこかしこの柱でシャヴァンヌが持ち込んだ外界の品の取り引きが始まっていることだろう。
「生意気言ってんじゃないよ。アンタ一人で仕留められるほど、剣竜は優しい相手じゃないさ」
シャヴァンヌは前脚で樽を鷲掴みにし、自身が持ち込んだ外界の酒を美味そうに飲み干している。
「シャヴァンヌ様の言う通りよ、ラック。ラックにはまだ竜の相手は早いの」
「ったく、いい加減ガキ扱いすんなよな!」
テーブルに並べられたご馳走を頬張り、甘い果実酒で胃に流し込む。食材も果実酒も、全てシャヴァンヌが持ち込んだ、白柱の国では見られない品々だ。
豪勢な食事と、普段飲まない酒を次々と口にし、やがてラックはテーブルに突っ伏して寝入ってしまった。
「腹が膨れたら寝ちまうとは、口で何言おうが、やっぱりまだまだガキだね」
「……シャヴァンヌ様がお戻りになられて、浮かれちゃったんですよ」
「フン、まさにガキじゃないか」
「ふふ、そうですね。寝かせてきます」
起きる気配のないラックを部屋で寝かせ、戻ってきたミーアが後片付けを始めたところで、シャヴァンヌがおもむろに口を開いた。
「……すまないね、ミーア。バカ孫の世話を任せっきりにしちまって」
「いいえ、私はシャヴァンヌ様に拾われた身ですから。それに、ラックのお世話は私が好きでやっていることです」
「そうかい……」
「ええ」
そんな短い会話をし、ミーアはテキパキと後片付けを進める。
ミーアは、その昔シャヴァンヌが外界から買い付けてきた少女である。
そこは閉鎖的な国で、道徳を弁えない支配者によって国全体が腐敗していた。
危険な薬物や度の過ぎた武器はもちろん、奴隷やペットと称して人間ですら平然と売り買いされていた。ミーアはいつの間にかそんな国にいて、その国ではあまり見られない獣人族ということもあり高値で取り引きされていた。
幼い少女の行く末を不憫に思ったシャヴァンヌに買い取られ、こうして白柱の国にやって来て、ラックの家族となったのだ。
ミーアにとってシャヴァンヌは命の恩人で、その家族であるラックもまた、身命を賭して守るべき相手だと思っている。だからこそ、ミーアはラックに対して過保護になっている。本来は自分が竜素の中に潜って石拾いをしたいと思っているのだが、自力で外に出ることに固執しているラックはそれを認めない。
結局ミーアは、いつも心配して、小言を言ってしまうのだ。
「早いとこ、一緒に行きたいもんだがね」
「ええ。みんなで一緒に、あの空の向こうへ」
最強の竜であるシャヴァンヌは己の翼でそのまま竜素の膜を超えられるが、ラックとミーアはそうもいかない。現にミーアを連れ帰る際も、多額の金を積んで飛行船の席を買った。
シャヴァンヌの翼では、二人は一緒には行けない。だからラックは、竜輝石を拾う。
明日も明後日もその次の日も、いつか皆でこの国を出る、その日まで。