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竜と白柱の国  作者: 風見真中
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凱旋

「うっし、今日もまあまあの収穫だったな」

 バッグの中でジャラジャラと竜輝石を鳴らしながら、ラックは居住区の家に戻り今日の成果に頷く。

 装備の故障で深度三十まで降りてから四日。ラックはミーアの言いつけを破り、毎日深度二十五まで降りてはこれまで以上の竜輝石を得ていた。無論ミーアにはワイヤーリールの深度計でラックがどこまで降りているか丸分かりであるが、それはそれ。

「うっし、じゃないでしょラック! 二十より下には降りるなって……!」

 マスクとゴーグルを外した途端に飛んでくるミーアの怒声。ラックは素知らぬ顔で耳を塞ぎ、聞こえないフリを貫く。

「明日も言うこと聞かなかったらワイヤー止めるからね!」

「いいよ別に。それならこっちで調節するから」

 いくらミーアがワイヤーリールを操作しようと、ラック側にもワイヤーの余裕はあるので、自身の操作によってある程度降下できてしまう。そうなれば万が一のときにミーア側からの対応が遅れ、結果的にラックの身をより危険に晒してしまう。それが分かっていたミーアは、押し黙るしかない。

「……もう、ラックのバカ」

 ミーアにはそんな子どもじみた恨み言が精一杯だった。

「バカでいいよ。ほら、さっさと竜の巣に行こうぜ」

 ミーアの心労など気に留めた様子もなく、ラックは部屋に装備を置き、竜輝石を袋に詰めて買い取り場のある竜の巣に向かってしまう。仕方なくミーアもワイヤーリールのスイッチを切り、ラックの後を追った。

 ラックたちの家のある柱と竜の巣を繋ぐ橋を渡りながら、ラックはふと周囲の様子がいつもと違うことに気付いた。

「あれ? 今日はずいぶんと人少なくねえか?」

 いつもならばラックが仕事を切り上げる頃には、同じように仕事を終えた同業者たちが橋を渡り買い取り場のある竜の巣に向かっているはずである。しかし今日は、今のところラックとミーア以外に竜の巣に向かう石拾いらしき姿が見受けられない。せいぜい竜の巣の中にある商店に買い物に行くであろう者がチラホラといった感じである。

「だって今日はまだ早いもん。みんなまだ上がってきてないんでしょ」

「ああ、そういやそうか」

 見上げると、いつも通り竜素に覆われながらも空はまだ明るい。いつもならば居住区に戻る頃にはもっと暗くなっているが、ラックは早く切り上げ過ぎたらしい。

「バッグがパンパンだったから、いい時間かと思ったのにな。やっぱり少し降りると実入りも多くて早いや」

「それだけ危険だってことでしょうが! 深度二十五なんて、まだラックには…………!」

 早い、ミーアがそう言いかけたとき、周囲がざわめいたように聞こえた。

「ん?」

「なにか、聞こえたよね?」

 ラックの耳にはざわめきに、聴覚に秀でる獣人族のミーアの耳には悲鳴のように聞こえた。

 直後、それは明確な悲鳴となって響き渡った。

「な、なになになに?」

「行くぞ、ミーア!」

「ちょっと!」

 ミーアを置き去りにする勢いで、ラックは悲鳴の元へ駆け出す。奇しくもそこは、ラックたちが目指していた竜の巣である。

「っ?」

 竜の巣につくと、辺りは騒然としていた。

 柱の周りの露天商やそこで買い物をしていた者は我先にと駆け出し、竜の巣の中に逃げ込もうしている。人が人を押し除け、転倒する者までいた。

 混乱の中心、竜の巣の正面入り口にほど近い場所には、三体の小型の竜がいた。

「り、竜?」

 ラックに数秒遅れてやってきたミーアが戦慄の声を上げる。

 竜。それは、竜素の中に棲む怪物の総称。

 小さいものでは手のひらサイズだが、大きいものは人間ではその尺度さえ伺い知れない、この世界で最強の生き物。その強さと知能の高さは個体差が大きく、サイズに依存することが多い。大きいものの中には人間を超える知能を持つものや、言葉を話す個体もいる。

 白柱の国の竜素を超えられない最大の障害、それが竜。

 濃い竜素の中に棲み、竜素を体内に取り込む竜は、人間を好んで食べたりはしない。したがって白柱の国では基本的に居住区に現れることはない。しかし、稀にこうして居住区に現れてしまい、ただ混乱して暴れるだけで、大きな被害をもたらすこともある。

「……俺たちしかいないか」

 逃げ惑う人々の中に、武器を手に竜に向かって行く者はいない。白柱の国で竜と戦う術を持つのは、基本的に竜素の中に挑む石拾いだけ。多くの石拾いが未だ降りている今の時間、この場で竜を相手取れるのは自分達だけであろうとラックは考えた。

「ミーア、武器とかって?」

「あるわけないでしょ」

「だよな……」

 竜輝石の買い取りのために武器を持ち歩くはずがない。竜を相手にするのは初めてではないが、さすがに素手では分が悪い。そう思ったラックは、野次馬が密集している竜の巣の二階の窓に向かって叫んだ。

「おーい! ブレダさん、そこにいるー?」

 窓から外の様子を伺っていたのか、装備品屋のブレダは自身を呼ぶ声に身を乗り出して答える。

「ラックか? なんだ?」

「剣を貸してくれ!」

「あ、ああ! 分かった!」

 ブレダは一瞬姿を消し、すぐに戻ってラックに鞘に入った剣を投げ渡す。

「受け取れ、ラック!」

「サンキュー!」

 二階から放られた剣を受け取り、即座に抜き放つ。

 相手は体長三十センチほどの小型の竜三体。前脚は無く、代わりに空を飛ぶための皮膜がある。飛竜と呼ばれる種類の竜で、ラックが今まで見た中ではかなり小さい個体だった。飛竜は大きな特徴として炎を吐くが、このサイズでは発炎器官は未発達であろうとラックは予測した。

「ちょっとラック、あまり無茶しないでよ?」

「平気だよ、あんなザコ!」

 言うが早いか、ラックは剣を構えて駆け出す。

 居住区に現れた竜は、基本的に混乱している。極めて竜素の薄い、竜の生息には適さない環境に迷い込み、どうすれば元の竜素の中に戻れるのかと右往左往し、結果的に居住区に大きな被害をもたらす。

 居住区に現れた竜は人を傷つける前に退治するのが鉄則。それに、石拾いにとってこういった迷い竜の出現はボーナスのようなものだ。

「いいの、落としてくれよ!」

『キシャー!』

 剣を上段に構えたラックの接近に、三体の竜は危険が迫っていると察したらしい。被膜を大きく広げて威嚇するが、それは的を大きくするようなもの。知能の低さに、ラックは勝利を確信する。

「オッラァ!」

 剣を振り下ろし、飛竜の被膜を両断する。一太刀で二体をいっぺんに。

『シャッ?』

 発炎器官が未発達な飛竜にとって、武器になるのは機動力と牙だけ。被膜を失い飛べなくなれば、その時点で勝負は決する。

 地面に落ちた二体を見て、残った一匹は威嚇を止めて即座に逃げ出そうと試みた。しかし、小さな飛竜の飛行速度は鍛え上げたラックならば余裕で追いつける。

 背中を向けた飛竜の小さな頭を切り飛ばし、落ちた二体も即座に殺める。剣を振って付着した血を掃うと、周囲の喧騒は歓声に変わった。

「すっげえなラック!」

「さすがはシャヴァンヌ様の秘蔵っ子!」

「おーいみんな、もう大丈夫だ! ラックがやってくれた!」

 人々の歓声を浴びながら、ラックは勝鬨を上げるでもなく、そそくさと飛竜の死体を回収する。誰にも取られないように。

「こんなチビ竜に後れを取って、石拾いが務まるかよ。えっと、こいつはハズレか。お、こっちのには入ってるな」

 跳ねた首から血抜きをし、鱗が無くて刃を入れやすい腹を剣で開いてから竜の体内をまさぐる。そこにあるかもしれない、ボーナスの竜輝石を探して。

「そんなに慌てて取らなくても、誰も横取りしないよ」

「ラッキー! 小っちゃいけど青だ!」

「聞いてないし……」

 竜は体内に竜輝石を宿すことがあり、竜が死んだ後には遺された竜輝石から新たな竜が生まれることもある。その竜輝石の殻が、先日ラックが掴まされた抜け殻である。

 それは雌雄により決まるわけではなく、竜の生きた年月により決まるものでもない。どういった理屈かは未だ解明されていないが、分かっているのは竜とは竜輝石から生まれ、竜輝石を残す生き物だということ。

 竜素の中に棲み、竜素の結晶である竜輝石をその身に宿す、竜素と竜輝石に深い関わりを持つ竜。その竜という生き物について、人間はあまりに無知である。

 多くを知るモノもいるにはいるが、決してその真相を語らない。

 人間にとって竜とは危険の象徴であり、同時に資源という恩恵をもたらす存在。ただそれだけで、それ以上でも以下でもない。人間にとっては、それで充分だから。

「おいラック、お前売り物の剣で竜なんか捌くな!」

「いいじゃんかよ、これくらい。あ、飛竜の鱗と被膜、買い取ってくれよ」

 捌いた飛竜をいくつかの部位に切り分け、未だ血の滴るそれをブレダに差し出す。竜輝石とは違いエネルギーにはならないが、竜の体を構成する鱗や皮膚、骨や牙は様々なものに加工が可能で、重宝される。無論高く売れるし、これも石拾いの収入源である。

「剣の貸し出し代は引いとくぞ」

「相変わらずケチだな、ブレダさん」

 飛竜が倒され、周囲に弛緩した雰囲気が広まった、その瞬間、

「っ? ラック!」

 ミーアの耳が空を裂くような異音を捉え、次いでソレが降って来た。

 柱に設置された頑強なはずの足場が、ソレの重さに悲鳴を上げるように軋む。

「ひいっ?」

「おいおい、マジかよ……」

 現れたソレは、体長二メートルほどの竜。羽根の類の無い太い胴回りと短い四肢、亀のような体型。額と背中に生えた刃のように発達した鱗から、剣竜と呼ばれる種類である。

「どうなってんだよ、今日は?」

「言っても仕方ないでしょ!」

 本来居住区には滅多に現れない竜。飛竜だけでも稀だというのに、もっと竜素の濃い場所で柱に爪を立てて這い回る、空を飛べない剣竜まで落ちてくるとは。厄日、と言う他ない。

『ゴアァ!』

 飛竜に比べて低く野太い鳴き声。竜の声に慣れていない住民は、先ほどとは比べ物にならない悲鳴を上げる。

「ラック、さすがにあの大きさの剣竜は無理じゃ……」

「……あの大きさならさ、竜輝石も相当デカいよな」

「バカ言ってんじゃないわよ!」

 逃げようと提案しようとしたミーアだが、ラックは目先の欲に一瞬動きを止めてしまった。

 ラックもミーアもあの大きさの剣竜と向き合うのは初めてだし、鱗の無い箇所まで硬い皮膚で覆われている剣竜は、剣で戦うには相性が悪い。手に余る竜と相対した時の選択肢は、逃げるか応援を呼ぶのどちらか。それができなければ、死ぬだけだ。

「逃げるわよ、ラック!」

 相手にするにしても他の石拾いが戻ってから、そう思ってミーアはラックの手を引くが、ラックは動かない。

「ちょっと、ラック!」

「ミーア、あれ……」

「え?」

 空を覆う竜素の膜を指差すラック。視線を向けると、ミーアにもその姿が見えた。

「あ、ああっ……!」

 竜素の中を泳ぐ、巨大な影。ミーアは一瞬飛行船かと思ったが、それには翼があった。

 巨大な両翼を躍らせながら、影は悠々とこちらにやってくる。

 人々もその影に気付き、皆一様に空を見上げる。

 目の前にいる剣竜のことなど些末な問題とばかりに、今や誰もそちらを見てはいない。剣竜自身でさえも、仰ぐように空を見上げている。

「いや、悪かったね。邪魔そうなのは落としてきたんだが、一匹変なとこに落としちまったよ」

 響く声は悠然と、その姿は堂々と、それは圧倒的な存在感とともに、凱旋を果たした。

「ほら、ここはお前のいる場所じゃないよ」

 剣竜の体より大きな前脚がその胴を掴み、足場から竜素の満ちる下層へ放り捨ててしまう。

 それは、それもまた、竜。

 赤銅色の鱗は一枚一枚が布団の様で、エメラルド色の瞳は人の頭よりも大きい。

 全長二十メートルはあろうかという巨大な竜は、先ほどの剣竜の落下とは比べ物にならない衝撃と共に竜の巣の前に降り立った。

「久しぶりだね、皆の衆。ラックにミーア、お前たちも元気そうじゃないか」

 その姿とはあまりに似つかわしくない気安い言葉に、その光景を見ていた人々は歓喜の声を上げた。

 硬直していたラックも安堵したように笑みを浮かべ、両手を広げてその竜を迎え入れた。

「おかえり、ばあちゃん!」

「ああ、ただいま、ラック。船代は貯まったのかい、デキの悪い我が孫よ?」

 ラックが祖母と慕う竜、シャヴァンヌは、こうして白柱の国に舞い戻った。

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