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竜と白柱の国  作者: 風見真中
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祖母


 ラックの名は、幸運という意味が込められている。しかし、名前の意味を嘲笑うように、その生まれは不運だった。

 ラックには物心ついた頃から両親がおらず、代わりにシャヴァンヌから多くのことを教わった。読み書きや社会の常識、この国を覆う竜素のことや、国を形作る不思議な白柱のこと。

 その中でも、ラックは特に外の世界について書かれた書物に夢中になった。

 飲み干せないほど大量の水でできた『海』。堆く積み上がった土の塊である『山』。昼夜やその日によって有り様を変える『空』と、そこに燦然と輝く『太陽』や『星』。見たことないものの多くを見たいと思い、書物の中に知らない情景が現れれば真っ先に外の世界を知るシャヴァンヌに多くを聞いた。

『いいかいラック。アタシにいくら外のことを聞こうと、それはお前のものにはならない。自分のものにしたければ、いつか外に出て自分の目で見るんだ』

 シャヴァンヌは話の最後に必ずそう言って、ラックもその言葉に頷いた。

 自分の力でこの国を出る。そして外の世界を見る。幼い頃からずっと、ラックはそれだけに憧れて生きていた。

「…………」

 白柱に足場を造って建設された自宅に戻った二人は、普段よりも少し豪華な夕食を楽しんだ。ツギハギだらけのソファに寝そべりながら、ラックは食後の余韻の中でボンヤリと手の中の抜け殻を弄ぶ。

「まだ凹んでるの?」

 夕食の片付けを終えたミーアが二人分の温めたミルクの入ったカップをテーブルに置き、呆れたようにそう問いかけた。

「いや、別にもう気にしてねえよ」

 ラックはひょいと体を起こし、弄んでいた抜け殻をグッと力を入れて砕く。粉々になったそれを部屋の隅にある竜素炉に入れると、炉の針は満タンまで傾いた。

 竜素炉は竜輝石を高濃度の竜素に分解し、蓄えておくことのできる装置。炉から生成された竜素は家の灯りや料理のための熱源など様々なものに利用される。利便性のある暮らしがしたいのなら、竜素炉は一家に一台当たり前の代物である。

「ただ、またばあちゃんが帰るまでに目標金額に届かなかったなって」

「そりゃあ、二人分の飛行船の席代なんて、そう簡単に貯まるわけないでしょ」

 当たり前のように言うミーアだが、ラックは納得していない。

 自分の力で外に出ろ、これはラックがシャヴァンヌに与えて貰った夢であり、同時に試練でもあった。

 シャヴァンヌの仕事は行商のようなもので、世界各地に自ら赴き、そこで白柱の国で採れた竜輝石と様々な物を交換してくる。各地の特産品を入手し、国から国へ旅をしながら交換を繰り返す。白柱の国には数ヶ月に一度、長い時では数年に一度だけ戻ってきて、竜輝石を仕入れてはまた旅に出てしまう。前回の帰郷からは、ほぼ丸一年が経過していた。

 シャヴァンヌは決して、自らの旅にラックの同行を許さない。シャヴァンヌの旅の方法にも同行できない理由はあるが、自分の力で外に出ろとはシャヴァンヌの力を借りることさえ許さないということだった。故にラックは、小人族よりも竜素に耐性のある獣人族であるミーアに任せることなく、自ら深くまで降りて石拾いを行っている。

「またばあちゃんにイヤミ言われちまうよ。『おやおや、まだ船代も貯まらないのかい?』なんてな」

 シャヴァンヌのニヤケ顔が目に浮かぶようで、ラックは辟易した。

「言うだろうね。あとは『こんな調子でアタシの生きてるうちに船代貯まるのかね』とかも言いそう」

「言いそうだな。ったく、あのババアはどう考えても俺たちより長生きだっつうのに」

 シャヴァンヌの愚痴で盛り上がりながら、二人は笑いあった。しかし、それは決して悪意からくるものではない。

「…………いつ帰ってくるのかな」

「近い内って言ってたからね。明日にでも帰ってくるんじゃない?」

「だといいな」

 口元に笑みを浮かべながら、ラックはテーブルのカップを手に取り、温かいミルクを啜る。口の中に広がるミルクの芳醇な香りと、白柱の国では貴重な虫蜜の甘みを楽しむ。

「……素振りやってくる」

 ミルクを飲み干し、ラックは体を起こして外に出る。

「うん、頑張ってね」

 ドアの外に置いてある木剣を手に取り、素振りを開始する。石拾いは危険な竜と相対することもあり、白柱の国の外に出ればそれ以外の危険もある。世界を見るためにはある程度の武力は必須、シャヴァンヌにそう教わっていたラックは、体が成熟し始めた頃から剣の素振りを日課にしていた。

「ふんっ! はあっ!」

 シャヴァンヌに教わった、いくつもの異国の剣術。それを独自に組み合わせたオリジナルのスタイル。その一振りごとに、ラックはシャヴァンヌの顔を思い出す。

「早く、帰って来いよな、ばあちゃん!」

 白柱の国の夜は暗い。竜素の膜の中では月の光は届かず、星も見えない。それでも、その存在は書物の中で知っている。

 己の中にある外の世界の断片。外と自分を繋ぐシャヴァンヌの帰郷。

 先ほどまで凹んでいたラックは、心を躍らせた。

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