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竜と白柱の国  作者: 風見真中
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旅立ち


「ラック、おはよう!」

 ぎゅっ! 目覚めは首を絞められる感触と共にやって来る。ここ数日ですっかりお馴染みになってしまったが、到底慣れるものではない。

「……アスティ、苦しい。離してくれ」

「や!」

 短く力強い否定。これもまたお馴染み。

 家に戻ってからアスティは夜はミーアの部屋で眠ることに決まったのだが、毎晩毎晩抜け出してはこうしてラックの部屋に潜り込んでくる。そして起きる時間より少しだけ早く、自分の抱擁によってラックを起こしたがるのだ。

 仕方なくアスティを首から下げたまま身支度を整えるラック。顔を洗って鏡を見ると、首と頬に僅かに残ったもの以外は、鱗の跡も無くなっていた。まるで木の皮のようにポロポロと剥がれ落ちる鱗。最初の内こそ見ていて面白かったが、二、三日も経つと鬱陶しさが勝っていたので、ようやく落ち着いたかとラックは安堵する。

「ラック、戻ったね!」

「ああ、助かったぜ。あの顔じゃどこに行っても目立って仕方ないからな」

 もう何度目になるかも分からない会話をしながらリビングに入ると、二人はミーアの怒りの籠った声に迎えられた。自分に向けられたものでなくとも、寝起きでこういう声を聞くのは堪えるとラックは顔を顰める。

「こら、離れなさいアスティ!」

「や! だってラック、アスティのものになった!」

「んなっ!?」

 アスティの言葉に額に青筋を浮かべるミーア。獣人族特有の耳と尻尾も、憤りを現すようにピンと立っている。

「モテる男は大変ですわね?」

「アンタが余計なこと吹き込んだんだろ!」

 居候のクセに真っ先に朝食を食べ終えているシェルフィは、食後のお茶を傾けながらニコニコと笑っている。

「余計なことではありません。然るべき事実をお伝えしただけです。神竜の幼体は自身のつがいになる者を選び、自らの王子様にする。竜素を得ただけの竜人族とは違う特別な存在、神竜族として選ばれたからには、ラックさんはアスティ様のものになって頂く。それが然るべき運命……」

「然るべき運命、じゃない!」

 ラックが目を覚ますまでの間にこの話を聞かされてから、ミーアはずっと不機嫌なままだった。

 シェルフィの口から告げられた真相。ラックの身に起こった全てを知った二人は、まず安堵し、次にケンカした。

 ラックは自分のものだと主張するアスティと、そんなのはアスティが決めることじゃないと反論するミーア。

 目を覚ましてからの数日で、ラックはこのケンカを仲裁することを諦めてしまった。

「あの様子見て、何か思うことはねえのかよ?」

「我ながら上手く治療できた、という感想以外に、特にはありません」

「それは感謝してるけど……」

 ミーアの体の傷は、耳や尻尾も含めて完璧に治療された。今では傷跡も無く、耳も尻尾も依然と変わらず感情を示す動きをしている。ここのところ怒りの感情しか表していないが。

「むううううう!」

「ぐぬぬぬぬぬ!」

「はいはい、そこまでにしてくれ二人とも。今日は大事な日だろうが」

 パンパンと手を打ってケンカを止めようとするラック。しかし、二人は止まらない。

「ラック、アスティのものだよね!?」

「だから、それはアスティが決めることじゃないでしょ!」

「やだやだやだ! ラックはアスティの!」

「勘弁してくれ……」

 ケンカする二人。それを見て愉快そうに笑うシェルフィ。

 何度言っても聞いてくれないのだが、生憎とラックには今のところアスティのものにも、他の誰かのものにもなるつもりはない。

 せっかくこれから、本当の意味で自由になるのだから。


 ・・・


 白柱の国の混乱は、未だ根深い。

 守り神であった古竜シャヴァンヌの死。ベヘモットの傀儡だった、代表ラプタを筆頭とした政府の腐敗。

 ベヘモットが死に、部下の兵隊やドゥルフとディルフも拘束され、ようやくすべてが明るみになった。

 遠征に伴う石拾いの虐殺に加担したことにより、政府は解体。言ってしまえば、クーデターが起きた。

 遠征に参加した者たちと比べれば劣るが、それでも荒事に強い石拾いはいる。何よりベヘモットを打ち倒したラックとアスティの存在が、政府の降伏の決定打となった。

 ほとんどの役人が国外追放となり、政府の下部組織にいたドミニクが次の総代表に決まったのが昨日のこと。

 これから白柱の国は、ドミニクや石拾いたちを中心にした新体制を作り上げることになる。ラックは石拾いたちの代表として指名されたのだが、当然のようにこれを固辞した。

 そして、これ以上ゴタゴタに巻き込まれないようにと、ラックたちは足早に旅立つことにした。

 ラックがベヘモットとの戦いで切り裂いた竜素の膜は、数日の間にほとんどが自然に修復され、元の形に戻りつつあった。これ以上膜が塞がってしまえばミーアが一緒に来られなくなってしまうというのも、出発を急ぐ一因となった。

「準備はいい?」

「うーん、多分」

「多分って……」

「アスティが持てる量にも限界あるんだし、必要ならその都度調達するしかないだろ?」

 着替えや寝袋など、必要最低限の荷物を木箱に詰めて、竜の姿になったアスティの脚に括り付ける。あとはラックが大剣を背負い、ミーアがシャヴァンヌの形見を含めた竜輝石と当面に必要な金をリュックに入れて持っていく。荷物はこれだけである。

「それにしても、本当に行くんですの? せっかく便利な体になったのに」

「いや、そりゃあ便利っちゃ便利だけどさ。元に戻る方法を知ってるのと知らないのとじゃ、何かあったときに出来ることも違うだろ? それに、目標の一つくらいあった方がいいからな」

 ラック達がまず目指すのは、シェルフィの生まれた国。竜への信仰が強く、有翼族と竜が共に空を飛ぶという国には、竜と人にまつわる様々な言い伝えがあるらしい。その中には、竜人族から元の種族に戻った人がいた、なんて話もあるのだとか。

「あくまでも普通の竜人族のお話ですし、それにお伽噺の域を出ませんのよ?」

「何だっていいさ。とりあえず今は、前に進んでりゃそれでいい」

 ラックとミーアは揃ってアスティの背に乗り、少しだけ高くなった視点から周囲を眺める。

 生まれ育った家。近所の民家。遠く見える竜の巣は、今頃ドミニクやブレダたちが大忙しで新しい国作りに追われているのだろう。

 皆には悪いが、面倒事は任せてラック達は旅に出る。

 まだ見ぬ世界を、この目で見るために。

 いつまたこの国に戻ってくるのかは見当もつかないが、それでもいつか、必ず帰ってくる。その時にはシャヴァンヌが自分にそうしてくれたように、沢山の土産と語りつくせないほどの世界の話を携えて。

「……よし、行けるかアスティ?」

「うん! 二人とも、しっかり掴まっててね!」

「無理しなくていいからね」

 大きな翼を羽ばたかせ、荷物の重さを感じさせない頼もしさを伴い、アスティはゆっくりと浮上する。

「おーい! ラック! ミーア! アスティ!」

「え?」

 旋回し、竜の巣の上空を通り過ぎる瞬間、ラック達は名前を呼ぶ声に振り向いた。

「達者でやれよー!」

「いつでも帰ってこいよ!」

「元気でねー!」

 竜の巣の屋上、未だ戦いの跡の修繕が成されていないそこには、見慣れた顔が並んでいた。

 ドミニク、ブレダ、露店の店主たちに、石拾い。それにラックをベヘモットから匿ってくれた者たち。

 ラックの、幸運に満ちた出会いを象徴する、同胞たち。

「応えてあげた方がいいんじゃありませんか? 皆さま、祝福してくださっているようですし」

 自らの翼で飛び、アスティの横に並んだシェルフィに言われ、ラックは頷く。

「みーんなー!」

 ラックとミーアは大きく手を振り、眼下の皆に声を飛ばす。

 こみ上げてくる涙も、一抹の切なさも、今は見せるべきではない。

 旅立ちには別れがつきもので、涙は必ずしも必要ではない。

「行ってきまーす!」

 ただの報告。それだけでいい。約束が無くとも、いずれ必ず戻るのだから。

 何も特別なことはない。何も悲しむことはない。

 幸運に満ちた旅は、今この瞬間、真の意味で産声を上げた。


 ・・・


 僅かに残った竜素の裂け目を抜け、アスティに乗ったラックとミーア、自らの翼で並行するシェルフィは同時に空の下に出た。

 時刻は朝、天気は快晴。旅立ちには相応しい絶好の天気である。

 ミーアは念のためにと着けていた防素マスクを外し、ラックも揃ってゴーグルも外す。改めて見る太陽の眩しさに眼を細めながら、一行はシェルフィの生国に向けて旅を行く。のだが、

「熱っ!?」

 突如叫び声を上げたミーアに、視線が集中する。アスティさえも首を向けて何事かと驚いた様子である。

「なになになに!?」

「ど、どうした、ミーア!?」

「熱い熱い! なんか分かんないけど、背中が熱い!」

 ミーアは慌ててリュックを下ろし、火傷しそうなほどの熱を帯びたそれを体から引き剥がす。

 一体なにがあったのか、と皆が注視する中で、リュックの紐が解かれる。すると、中ではシャヴァンヌの遺した竜輝石が、純白の輝きを放っていた。

「え?」

「こ、これって……!」

「あらあら?」

 ミーアには何が起こっているのか分からなかったが、ラックにはその様子に見覚えが、そしてシェルフィには心当たりがあった。

「見えない! どうしたの!?」

「アスティはちゃんと前見ててくれ!」

 アスティの背中を見ながら空を飛ぶという危険行為をラックが咎めた、次の瞬間。

「ああ?」

 ビキリ、と竜輝石にヒビが入った。

 そしてそれは、赤い鱗に太陽の光を反射させながら、産声を上げる。

 旅にトラブルはつきもの。ラックたちの旅は大きな苦難に苛まれ、前途多難となるだろう。

 それでも、

 きっと、

 この旅には、


 それ以上の『幸運』が、待っているだろう。




落選作には落選したなりの理由があるもの。


見返す度に拙さを実感しますが、それをこうして形に残しておくのも必要かと。

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