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竜と白柱の国  作者: 風見真中
21/27

采配

「……という訳だ。だが少なくとも、まだミーアは生きて……」

 倉庫に飛び込んできたドミニクの報告を聞いた次の瞬間、ラックはその場にいた全員、硬直したアスティのことも置き去りにして、すぐさま駆け出した。

「おいラック?」

「止まれバカ野郎!」

 制止するドミニクたちの声も無視し、ラックは倉庫の扉に手をかける。

「待つんだラック!」

「今お前が行ったら思う壺だぞ!」

 その場に集っていた人々は必死に扉を抑え、ラックを制止しようとする。しかし、ラックは止まらない。男たちが総出で羽交い絞めにして何とか諫めようとするも、ラック本来の小人族のそれを遥かに上回る膂力に、あっさりと引き剥がされる。

「落ち着けラック! 一度冷静になって……!」

「冷静になってどうすんだ!? 今こうしてる間にもミーアが……!」

「ラック!」

 パアン。振り抜かれたブレダの平手と、ラックの頬に走る衝撃。そして、血。

「っ!」

「ブ、ブレダさん!?」

 手のひらから血を流すブレダにラックは戸惑い、衝撃の残滓だけが残る頬に手を触れる。そこには、首元から範囲を広げた鱗があった。

 ラックを落ち着かせようと振るわれた平手打ちは、首元から浸食した鱗によって阻まれ、衝撃を抑えると同時にブレダの手を裂いた。しかし、ラックを落ち着かせるという意味では、ただ殴るよりも大きな効果をもたらした。

「まったく、どうなってんだよ、その鱗は……っと、それどころじゃねえな」

「ブレダさん、手が……」

「そんなことはどうでもいい。それよりラック、まずは落ち着け。そして考えろ。敵がお前を呼んでるってことは、考え無しに突っ込めば絶対に上手くいかないってことだ」

 負傷を気に留めた様子もなく、ブレダは冷静に状況を判断する。ラックは冷静になり切れないながらも、ひとまずは考え無しに駆け出すようなことはしない。

「ラック、ミーアが……」

「アスティ……」

 青い瞳に涙を溜め、縋るように服を掴んでくるアスティ。ラックは銀髪の頭を撫でながら、深呼吸を繰り返した。ミーアを案じるアスティを落ち着けるために。何より、自分が落ち着くために。

「……悪い、ブレダさん。落ち着いた」

「よし。なら次に考えるのは、どうやってミーアを助けるかだ」

 服で雑に血を拭ってから、ブレダは腕を組み、息を吐く。

「一応確認しておくが、ラックよ、その子と二人だけで国を出るって考えはあるか?」

「ない。俺の夢は、家族と一緒に外の世界を見ることだ」

 即断するラックに、ブレダは満足そうに頷いた。ラックはこんなことで夢を妥協する男ではないという信頼が、そこにはあった。

「よし、それじゃあ、いつどうやってミーアを助けるかだが……」

「そんなもん今すぐにでも……」

「だから、それが落ち着けてねえってことなんだよ。考えてもみろ、ミーアは今生きているからこそお前を呼び出すための人質になってるんだ。政府がどんなにイカれてても、殺されるようなことはない」

 ミーアを殺せば、政府、ベヘモットはラックに繋がる唯一の糸を自ら断ち切ることになる。そんな愚行を犯すはずはないとブレダは考えていた。そしてそれは、正しい。仮に提示された一週間という期限が過ぎようとも、ミーアを殺すことは何のメリットも生まない。

「動くなら、相手が準備万端整えている今よりも、もっと焦れてからだろうな。少なくとも、アレが完成してからだ」

 先ほどラックがブレダに依頼した品。それが完成した時が、行動を起こすとき。

「何日くらいでできる?」

「職人が総出で掛かって、五日ってとこだろうな。何しろあんな大物は初めてだ」

「五日……」

 それはラックにとって、途方もなく長く感じる時間だった。今すぐにでもミーアを助け出したい感情と、確実に助け出すために必要な準備の時間のせめぎ合い。

 大切な家族がどんな目に遭っているのかを考えれば、居ても立っても居られない。少なくとも、何もしないでただ待っているには、長過ぎる時間だった。

「ドミニク、相手の人数はどのくらいだった?」

「市場にいたのは巨人族が二人と、獣人族や土鬼族の兵隊みたいなやつが十人前後だ。腕利きの石拾いたちがいれば、それなりに戦えたんだがな……」

 通説として、巨人族一人は獣人族や土鬼族なら五人に匹敵すると言われている。対してこの場にいる者たちは、飾り程度の武装をしていても本来は商人や職人ばかりで小人族も多い。白柱の国で戦う術を持つのは石拾いだけで、それも遠征により多くの腕利きたちを失ってしまった。

 加えて、ラックが二度に渡り敗北を喫した竜人族のベヘモット。一度目は確実に殺されたし、二度目もアスティの横槍が無ければ危うかった。

 敵の有する戦力を分析しながら、ふとラックは妙なことに気付いた。

「ん? ちょっと待ってくれ、ドミニクさん。本当にそれしかいなかったのか?」

「ああ。まだ他にも控えてるのかも知らんが、少なくとも市場にいた政府側の兵隊はそれだけだったよ」

「巨人族二人に、他の種族の兵隊が十人?」

 それは、あまりにも少ない。

 戦う術を持つものが希少な白柱の国では充分に脅威となる戦力だが、ベヘモットが保有する戦力としては少な過ぎる。

 二人の巨人族は遠征出発の前に確認しているが、兵隊らしき姿をラックは見ていない。仮にドミニクの言う兵隊が遠征でラックが見た調査隊員と同一の部隊なら、記憶では優に五十人はいたはずである。

 他の場所に控えていた可能性もなくはないが、ミーアを奪い返そうとするラックがすぐに乗り込むことを想定していたのなら、戦力をあえて温存する理由もない。

 市場にいたのがベヘモットの従える全てなら、少なくともご自慢の飛行戦艦を動かすに足る人数とは思えない。

「船は焼け落ちましたわ。調査隊員を語っていたベヘモットの私兵たちも、大多数が火災に巻き込まれて死にました。崩れかけの船で何とか近くまでは戻って来たようですが、道中の竜素と竜の襲撃で死人はさらに増えた。あの男もさぞかし辛酸を舐めたことでしょうね」

「っ?」

 聞き慣れない声に、その場にいた全員が同じ方向を見る。

 いつの間にか倉庫の中にいたその声の主は、恐らく女。丈の長い外套を纏い、フードを被って顔を隠している。

「無論これは好機。奴が国外から兵隊を補充する前に奇襲をかければ、充分な勝機が見込めます。とは言っても、まともに戦えるのがラックさんお一人では土台無理な話。然るべき采配と然るべき準備が必要ですわ」

 フードの女は、ゆっくりと人々の中心を歩き、ラックの隣で首を傾げるアスティの肩にそっと手を触れた。次いで、アスティが抱えている白い竜輝石、シャヴァンヌの形見を愛おしそうに撫でる。

「お前、誰だ!? どこから入った!?」

 突如現れた謎の人物を警戒する一同。倉庫に入るときに後を付けられていたとすれば自分の失態だと、ドミニクは率先して前に出る。

 政府側の人間ならば、絶対にここから逃がしてはいけない。この倉庫にラックがいることが知られれば、全てが終わる。覚悟を決めて武器に手をかける人々を前にして、女は不快そうに声のトーンを下げた。

「人にものを訪ねるのに武器を手に取るだなんて、いささか野蛮ではありませんこと? まあ、ワタクシも無礼であったことはお詫びしますわ。まずは落ち着いてご挨拶をしましょう。それが……」

 動揺する一同の中で、ラックだけが僅かに心を躍らせた。

 フードに手をかけるその人物に、覚えがあったから。


「然るべき礼儀、というものですわ」



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