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竜と白柱の国  作者: 風見真中
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民意

 市場に走る動揺の元をたどり、ドミニクは戦慄した。

 つい先ほど、偶然その姿を見つけたミーア。謀略によって犯罪者に仕立て上げられたラックに繋がるミーアは、ドミニクたちにとって最優先で保護しなければならない存在だった。

 ロクな説明もできないままミーアに逃げられてしまったドミニクは、仲間たちに声を掛けて必死にミーアを探した。

 二人の家から竜の巣に通じる道。咄嗟に身を隠せそうな場所。探し回った挙句に戻って来た市場は、騒然としていた。

 市場に集まった人波の中心にいるのは、二人の巨人族。厳めしい顔は瓜二つで、揃いの金属製の鎧に身を包んでいる。三メートルを超える身長で周囲を見渡しながら、首魁のように縄で括った少女の体を掲げている。

「石拾いのラック! お前の家族、バディのミーアは、我々が預かっている! この娘はお前の共犯者であることが判明しているが、我々政府には寛大な交渉の用意がある!」

「猶予期間は一週間! 誘拐した少女を解放し、速やかに出頭せよ! そうすれば、この娘の罪は問わない! 繰り返す……」

 ドミニクには、一見してその少女が誰なのか分からなかった。

 顔は判別がつかないほどにボロボロで、本来あるべきはずの特徴もない。ただ、二人の巨人族の足元に捨てられた赤毛の耳と尻尾が、全てを物語っていた。

「加えて、主犯である石拾いのラックを匿っている者たち! 犯罪者の隠避は重罪である!」

「本件の重大さを加味したうえで、石拾いのラックを匿っている者たちは、同罪とみなす!」

「また、ラック本人や匿っている者の情報を提供した者には!」

「手配書の額面通りの報酬が約束されている!」

 飴と鞭。罪に問われ得るという恐怖心を植え付け、大金という分かりやすいエサで人を動かそうとしている。

 怯える者や、心を揺らがせる者がいないか、二人の巨人族は集まった人々をつぶさに観察した。

「……?」

「……?」

 しかし、二人の言葉に明確な反応を示すものはいない。

 人々はただ無言で、じっと二人の巨人族を見ているだけだった。ミーアの様子に心を痛める者はいても、過度に怯えたり慌てて市場から立ち去る者はいな。

「お、おい……!」

「少しつつき回せ!」

 二人の巨人族は、背後に控えていた一団にそう命じる。揃いの装備を身にまとった一団は、調査隊員の名目で遠征に参加していたベヘモットの私兵部隊。

 部隊員たちは腰の剣を抜き、手近にいた人々に切っ先を向けながら詰問を開始する。

「おい、そこのお前! 石拾いのラックについて……!」

「いいえ、何も知りません」

「お前は何か……!」

「きゃ! 剣なんて向けないでください、私は何も知らないです!」

 詰問を受けた者たちは、皆一様に何も知らないと答える。その様子を見て、ドミニクは心の中でほくそ笑んだ。

(当たり前だ、バカどもが!)

 無論、誰もラックやブレダたちのことを何も知らないなど、あるはずない。現に詰問を受けた者の中には、ラックたちを匿う手筈を整え、先ほどまでドミニクと共にミーアを探していた者もいる。

 しかし、誰もラックたちのことを口にはしない。

 それはラックの人徳や、ブレダたちが掲げた志に寄るところもあるが、それだけではない。ラックの人となりをよく知らない者がいても、この国にはシャヴァンヌを知らない者はいないからである。

 シャヴァンヌが乱心し、大勢の石拾いを殺害したなどという与太話は、誰も信じていない。人々の守り神であるシャヴァンヌに対する絶大な信頼は、そのまま政府への大きな不信感に置き換わっていた。

 石拾いたちが戻ってこないのは、ラックのせいではない。少なくとも、情報を売ったところで金など支払われる保証はない。

 それは不信感からくる、当然の帰結。

 一人一人の感情は嫌がらせ程度のものでも、国民全員がそれを抱けば、それは立派な民意になる。

 白柱の国の政府は、国民に対して嘘を吐いた。ならば、国民が政府に対して嘘を吐くことを咎められる謂れはない。中にはもっと過激に、大きなクーデターを起こしてやりたいとさえ思う者もいるが、戦う術を持つ石拾いたちを失った今、それも難しい。

 だからせめて、人々は嫌がらせを敢行している。少しでも、政府の思い通りにならないように。

(こうしちゃいられねえな!)

 あまりにも成果を得られないパフォーマンスに相手が動揺する中、ドミニクはそっと市場を後にした。

 ラックたちに合流し、ミーアを助け出す算段を建てるために。



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