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竜と白柱の国  作者: 風見真中
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竜輝石

「なんっだよそりゃっ?」

 ダァン、と何かを叩く音。次いで轟く、ラックの絶叫。

 ここは巨大な白柱の一つ、その内部を広く高くくり抜き、更には柱の周りを鎧のように木造建築で覆って造られた巨大な塔のような施設。この施設は白柱の国の中心で、最上階には国の行政機関の本部、外国との貿易を取り仕切る商会の本部などもある。

 通称、竜の巣。

 正面入り口の反対側には飛行船の停泊所があり、内部には食料や日用品、外国からの輸入品を扱う店舗は勿論、石拾いのための装備品の店や、収集した竜輝石の買い取り場もある。

 施設の二階部分、そこにいた多くの人が、音と叫び声のした方に視線を向ける。ラックは竜輝石の買い取り場、そのカウンターを再び叩き、悲痛な声を上げた。

「これがたったの八万エルってのはどういうことだっ? どう考えてもヒト桁違うだろ?」

 カウンターには本日のラックの成果、拾い集めてきた竜輝石を入れた箱があり、その隣には買い取りの見積もり表が添えられている。

 ラックの一日の稼ぎは普段なら二万エルから三万エル。本日の八万エルは稀に見る高額、大漁といえる成果だったが、それでもラックは解せない。

「これ以上なく正当な買い取り価格だ。色、重さ、大きさを考慮して、間違いなくこの金額だ」

 買い取り場の男性、土鬼族のドミニクは腕を組み、堂々とそう言い放った。

「ドミニクさん、アンタの目は節穴かよっ? この大物があって、何でたったの……!」

「お前の目こそ節穴か、ラック? その大物とやらをよく見てみろ」

 ドミニクに言われるがまま、ラックは命懸けで入手した今日の目玉を手に取り、よくよく観察する。

「…………ん?」

 手にしたそれは、先ほどは必死で気付かなかったが、見た目より軽い。軽すぎる。

 くるっと裏返してみると、そこには一エル硬貨ほどの穴がポッカリと空いていた。その中は、空洞である。

「そりゃ抜け殻、小型竜の卵だよ。確かに竜輝石と同じ材質ではあるが、かさばる上に中身はスカスカだから並の竜輝石より相場が安いんだ。知らなかったのか?」

「……知ってはいたけど、初めて見た」

 ドミニクは呆れたようにため息を吐き、抜け殻以外の竜輝石の乗った箱をスッとカウンターの奥に仕舞った。

「抜け殻を除いて七万九千エル。そいつは炉にでも入れちまった方がマシだぜ」

 見積もり表は手書きで訂正される。ドミニクとラックは毎日のように顔を合わせる気の知れた仲だが、だからと言って竜輝石の買い取り価格に色をつけたりはしない。それは竜輝石の相場を乱す行いで、公正を是とする政府直下の買い取り場の店主がやっていいことではないからである。

「…………そうするよ」

 抜け殻をポケットに入れ、竜輝石と交換で渡された封筒の中身を確認してからラックは渋々といった様子で買い取り場に背を向けた。その背中に、ドミニクがついでのように声をかける。

「ところでラック、お前今日はどこまで降りたんだ? 竜は竜素の薄い場所に卵を残すことはないから、普通抜け殻は竜素の濃い深度三十より下にしか無いんだぞ?」

「今日は三十ちょいまで降りたよ。深度計が壊れちまったせいで、間違ってな」

 ラックの返答に、ドミニクは怪訝そうに眉を顰めた。

「…………小人族のお前が?」

「そうだよ」

 見栄からくる嘘とは思えない。仮に嘘だとしても、確かめる術が無い以上真実と変わらない。そう感じたドミニクは、コホンと咳払いをしてから離れていくラックを呼び止める。

「そういやラック、近頃この竜の巣で石拾いを集めてるやつがいるって話、知ってるか?」

 ドミニクの言葉に振り返り、ラックは「いいや」と首を振る。

「石拾いを集めてるって?」

「何でも近々政府主催の大規模な遠征、未開拓の柱に拠点を作るための石拾い会があるらしくてな。腕の立つ石拾いを、具体的には深度二十五を超えられる奴を探しているらしい」

「遠征って、竜素濃度の濃い未開拓の柱だろ?」

 竜素とは大気中に存在する高エネルギー物質で、それが結晶化したものが竜輝石である。竜素、竜輝石はそのエネルギーの高さと汎用性から様々な物に利用され、人々の生活に欠かせない存在となっている。

 白柱の国は、どういう訳か国全体が非常に濃い竜素で球状に覆われている。

 無数に並ぶ正体不明の白柱の森。その森を覆う竜素は太陽の光さえ捻じ曲げ、昼間でも薄暗いせいで外国からの入国も国外への渡航も困難にしている。近年では飛行船の技術も発達して定期的な往来があるが、それでも竜素の膜を突破出来ずに行方不明になるという事故は後を経たない。 

 一方で、竜素には強い毒性もある。

 マスクなどの対策である程度は緩和できるが、竜素は呼吸器官以外にも目などの粘膜、皮膚からも体内に侵入し、その濃度によっては数分で死に至る。

 先ほどのラックのような四肢の痺れや意識の混濁、他には呼吸困難などが竜素中毒の初期症状。後先考えない降下や突発的な濃度の変化に対応するために、石拾いは常に二人一組で動くのが鉄則だ。

 加えて、竜素の毒に対しては種族によって耐性が違うという特徴もある。

「そういうのは耐性の高い獣人族や耳長族が選ばれるってのが定番だろ。小人族の俺じゃあ声は掛からねえよ」

 自虐するようにラックは言う。小人族は竜素への耐性が全種族の中で最も低く、白柱の国を覆う濃度ならば深度十以下に防素マスク無しでは降りられない。身長は成人でも百四十センチから二百センチ、寿命は長くても百年そこそこ。これといって特徴の無い種族、それがラックのような小人族である。

「そりゃそうかも知れねえが、一応耳には入れとこうと思ってな。何しろバカみたいに報酬が高いって話だぜ」

「高いって、どのくらい?」

「前金二百と後金三百で、合わせて五百万エル。しかも竜輝石の上納は二割だと」

「ご、五百万?」

 告げられた金額の大きさにラックは目を見張る。五百万エル、それは石拾いの平均的な年収を上回る、超高額報酬である。

「何かの間違いじゃないのか?」

「まあ、疑うのも無理ねえよな。金額もそうだが、上納が二割ってのも安すぎる」

 政府が主催する公式なものにしろ、そうではない非公式なものにしろ、こういった大規模な石拾い会では参加する石拾いは持ち帰った竜輝石の半分ほどを運営費として主催側に納めるのが当たり前である。当然石拾いの儲けは減るが、その見返りとしてまだ誰も手を付けていない未開拓地に眠る大量の竜輝石を拾う機会を得られるため、そこに不満を漏らす者はいない。

「…………そこまで破格だと、なんか怪しくないか?」

「だが主催は政府だぜ? いい加減にお役人も、この国の閉塞感を何とかしたいんじゃないかね?」

「閉塞感、ね…………」

 白柱の国を覆う濃い竜素。世界でも類を見ないというその濃度の恩恵として、白柱の国では大量の竜輝石とそれに伴う莫大な利潤を得ている。

 しかし、竜素がもたらすのは恩恵だけではない。その毒性による危険は言うに及ばず、濃い竜素の中に住む獰猛な『竜』は時折竜素の薄い居住区にも現れる。

 更に、ラックのように白柱の国で生まれた者は、ほとんどが国の外に出たことがない。小人族に限らず白柱の国の竜素を生身で乗り越えることは不可能で、白柱の最下部に降りた者の記録は存在しない。飛行船を利用するにしてもその席を一つ確保するのには莫大な金がいる。

 白柱の国の居住区は、国全体を球状に覆う竜素の内部にぽっかりと存在する、竜素の薄い小さな球でしかない。上も下も、横の移動でさえ生身では不可能。どこへ移動しようにも、同等量の竜素が常に居住区を覆っている。

 白柱の国に住む人の大多数にとって、この正体不明の柱だけが世界の全て。

 海も山も本や伝え聞いた話の中でしか知らず、竜素の膜に阻害されるせいで本物の空さえ見たことは無い。

 だからこそ、ラックはこの国の外に憧憬を抱いていた。

「ラック、お前まだ国の外に出たいって思ってんのか?」

「当ったり前だろ。自分の力で外に出て世界を見てこいってのは、ばあちゃんの遺言だからな」

「いや、死んでねえだろシャヴァンヌ様。やめときな、外に出るなんて考えるのは。飛行船はお役人や大富豪さま専用だし、外よりここにいた方が稼げるぜ。小人族のお前なんか特にな」

 呆れたような笑みを浮かべながらそう言うドミニクに、ラックは口をへの字に曲げて不満そうにぼやく。

「そりゃ、分かってるけどさ…………」

 肉体労働には体が大きく力持ちな巨人族が、頭を使う仕事は知識に富み長命の耳長族が相応しい。他にも獣人族は足が速くて感覚器官が優れ、有翼族は空を飛べるし、土鬼族は恐ろしく手先が器用。それぞれの種族が特技を持ち、それに適した仕事というものがある。

 これといって特徴の無い小人族が多種族と同等の収入を得るには、卓越した才覚か並々ならない努力が必要になる。

 ラックもドミニクも白柱の国の外で働いたことがあるわけではないが、それでも小人族のラックが国外で今以上の収入を得ることは非常に困難だと理解していた。

「それに、金がないからって無理に生身で竜素を越えようとして帰ってこなかった奴だっているんだ。分不相応な夢は見ない方が賢明だぜ」

 ドミニクの言葉は、決してラックの思いを蔑ろにしてのものではない。ラックが自ら人生を棒に振らないための、年長者としての苦言だった。

「分かってるけど、金の問題じゃねえんだよ。行きたいもんは行きたいんだ」

 不満そうな顔のまま、それでもラックははっきりと言い切った。

 どんな困難があっても、それでも自分は、この国を出たいと。

「そうか……。まあ、問題はその金なんだがな」

「うぐっ!」

 痛いところを突かれ、ラックは思い切り顔を歪めた。決して生活に貧しているわけではないが、それでもラックの収入では飛行船の席など到底買うことはできない。

「せいぜい頑張れよ、ラック」

「…………ありがと」

 複雑な応援を複雑な気持ちで受け取り、ラックは買い取り場を後にした。

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