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竜と白柱の国  作者: 風見真中
19/27

政府


 白柱を覆うように建築された竜の巣、その最上層に作られた豪奢な一室に、部屋の調度にそぐわない、緊張に震える声。

「あ、あの、それで、その、たた大変申し上げにくいのですが、このままでは、我が国の生産性が、著しく、その……」

 声の主は、何かの手違いで生まれたような滑稽な容姿の男だった。

 卵のようなシルエットの太った体に、完全に禿げ上がった頭は皮脂でテラテラと光っている。百三十センチほどの小さな身長には、何の冗談かほぼ皮と骨格だけの痩せこけた羽根が生えている。

 白柱の国総代表、ラプタ。白柱の国の政府のトップにして、生まれつき翼を持ち、自由に空を飛べる有翼族。にもかかわらず、立場と税収に甘えた贅の限りを尽くした暴飲暴食、怠惰と堕落の限りを尽くした結果、翼で体重を支えることができずに飛べなくなった男である。

「生産性が、どうした?」

 ラプタが禿げ上がった頭を下げているのは、この場において明らかにラプタよりも立場が上の振る舞いをする男。豪奢な調度に合わせた椅子に腰を沈め、酒の入ったグラスを傾ける男、竜人族のベヘモットである。

「でで、ですから、その、例の小僧の手配書の件で、我が国民の間に、その、政府への、ふふ、不信感というか、その……」

 要領を得ないラプタの言葉に、ベヘモットは苛立ちを隠そうともせず椅子を倒して立ち上がる。そして、無造作に背中の翼に手を伸ばし、もはや機能することのなくなった羽毛を一握り毟り取った。

「ひぃ!?」

 悲鳴を上げるラプタの眼前で、羽毛はばらばらと宙を舞う。羽毛の幕が晴れると、そこには憤怒の表情のベヘモットがいた。

「ラプタ、なあラプタよ?」

「ははは、はい! ベヘモットさまぁ!」

 怯え、慄き、頭部から滝のような汗を流すラプタ。それはとても国のトップに立つ者とは思えない、憐れな姿だった。

「お前は誰のおかげで今の立場にいる? この醜い脂身を維持できているのは誰のおかげだ?」

「もも、もちろん、ベヘモット様のおかげです! はい!」

「ならば私がこの国の生産性をどれほど下げても、お前がその結果どれほどその駄肉を削ごうと、私に対する恩義を考えれば安いものだろう!? 違うか!?」

「い、いや、その、それにしても、あの、石拾い百余人というのは……」

 ベヘモットの主催した遠征に参加した石拾いたちは、いずれも腕利きの者たちばかり。その石拾いたちが帰らなかったことで、ここ数日白柱の国では明確に竜輝石の産出量が減少していた。

 ベヘモットは本来の目的である神竜の幼体を確保した時点で露払い役として集めた石拾いは役目を終えたと判断し、予定通り処分している。ベヘモットにとっては、石拾いの命も白柱の国の生産性も、気に留めるほどの問題ではない。なぜなら白柱の国のトップであるラプタも、その部下である政府の重鎮も、皆ベヘモットの傀儡でしかないのだから。

「……一丁前の口を利くようになったな。何の才覚も持たないクセに贅への執着だけで今の椅子に座る俗物が、私に国の問題を語るのか?」

 傀儡であったはずのラプタの意見に、ベヘモットは不快感を露わにした。

 誰が、誰にものを言っているのかと。

「い、いえ、何も、もも、問題ありません!」

 案の定ラプタはあっさりと手のひらを返し、その場に這いつくばるようにして降伏した。国の事情も自分の意見も、命さえもこのベヘモットにとっては些末な問題。自分にできるのは、この竜人族の機嫌を損ねないように尽くすことだけ。ラプタはそれをようやく思い出した。

「あっはははは!」

 平伏するラプタとそれを見下すベヘモット。二人を纏めて嘲るように、心底愉快そうな笑い声が響いた。

「……何がおかしい?」

「何がって、全部? 初めて見た国のトップがこんなマヌケだったことも、それに威張り散らしてふんぞり返ってるアンタも、おかしくてしょうがないわ」

 両手と両足を縛られ、芋虫のように床に転がされながら、それでもミーアは笑った。まるで立場が分かっていないようなその態度に、ベヘモットは再び顔を歪ませる。

「口の利き方に気を付けろ。お前が今生きているのは、私の気紛れにすぎない。あのガキを見つけたら……」

「そのガキ一人見つけるのに、人質取ったり国のトップを脅したり、ずいぶん大げさなことするのね? ラックから聞いてたよりずっと小物みたいで安心したわ」

 ヒクッと眉を痙攣させ、ベヘモットは自分を落ち着かせるためにすうっと呼吸を正した。

 ベヘモットにとってミーアは、現在唯一の手掛かり。何の成果も出ていない手配書とは違い、確実にラックたちをおびき出せる貴重なカード。怒りに任せて殺してしまっては元も子もない。

「……今のは聞かなかったことにしてやる。それでどうだ? あの小僧が身を寄せる相手や場所は、思い出したか?」

「小物のアンタが、アスティを攫って何がしたいの? 目的が全然見えないんだけど?」

「質問しているのはこっちだ。まだ立場が……」

 分かっていないのか、そう言おうとしたベヘモットに言葉をかぶせ、

「死ね、ばーか」

 子どものように単純な罵声が耳に届いた。

 バカにしたような態度を崩さないミーアに、ベヘモットは即座に考えを改める。殺さなければ、苛立ちを発散させても問題ないと。

「……口は、災いの元だぞ?」

 立ち上がり、抉るように腹部を蹴り込むベヘモット。脂肪や筋肉の薄い箇所を的確に捉えた蹴りに、ミーアは体を丸めて激しくえずく。

「っぐう!? ォエッ……!」

 痛みと衝撃、加えて胃からせり上がってくる熱い酸に顔を歪めるミーア。幸いと言っていいのか、胃の中身が空っぽだったことで、それ以上の醜態を晒すことはなかった。

 身体を震わせるミーアを見て、ベヘモットは嗜虐的な笑みを浮かべる。

「口の利き方に気を付けろ、二度も言わせるな。私を苛立たせても、お前に……」

「それが……ッゲホ! 小物だって言ってるのよ。ラックなら相手に何言われたって、笑ってスルーしてるわ。今の蹴りも、その顔も、全部アンタの小ささが滲み出てる」

「貴っ様……!」

 尚も態度を改めないミーアに、ベヘモットの苛立ちは頂点に達した。

 家の前で捕えたときとはうって変わり、ミーアは竜の巣に連れ込まれてからずっとこの通りベヘモットを嘲っていた。

 ラックもアスティも捕まっていない。それが分かったミーアには、もう恐れるものなど無い。二人がベヘモットの手の届かないところに逃げるまで、せいぜいバカにしてやろうと考えていた。

「断言してやるわ。ラックもアスティも、アンタなんかには一生捕まらない。いいえ、今ごろはきっと国の外に……っぎぃ!?」

 ベヘモットのつま先は、今度はミーアの鼻を穿つ。

 執拗に、何度も何度も蹴る。ミーアが悲鳴を上げなくなってからは、靴が触れる鈍い音とベヘモットの荒い息だけが部屋にこだまする。

 新調した靴がミーアの体液で汚れたのを見て、それを拭うように靴を頬に擦り付ける。

「……ふう。分からんな。私を挑発して、お前に何の得がある?」

 過剰な暴力で多少は苛立ちが治まったのか、ベヘモットは乱れた襟を正してから足でミーアを仰向けに転がす。

 元の容姿が分からなくなるほど無惨に顔を腫らしたミーアは、それでも口角を上げてみせた。

「ただの……嫌がらせよ。大きな船や……国を、動かせたつもりでも……アンタは、私ひとり、自由に……できな……っ!」

 髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。押し留めた怒りでひくひくと痙攣するベヘモットの眉を見て、ミーアは再び笑ってしまう。

「何か、言ってるのか?」

 いい加減にしろと、怒りに満ちた顔で言外に告げるベヘモット。その頬に、血の混じった唾が吐きつけられた。

「バカって、言ったわよ。死ねバーカ」

「そうか……」

 ベヘモットは、それ以上何も言わなかった。

 ミーアを床に放り捨て、壁に立て掛けてあった細剣を抜き、ただ無言で、暴力の限りを尽くす。

「ひぃっ……」

 その光景を見たラプタは、カタカタと歯を震わせ、青ざめた顔を逸らす。今この場にいたことを、ラプタは心から後悔した。

 残酷、凄惨、そんな言葉では足りないほどの暴力は、見ただけで気が触れそうになる行いだった。

 殴って、蹴って、刺して、折って、剥いで、削いで、千切る。命が終わらない、人質としての要を成すギリギリの範囲で、ベヘモットはひたすらにミーアを痛めつけた。

「……………………」

 やがて、床が赤く染まり、ミーアが一切の動きも言葉も発さなくなったころ、ようやくベヘモットはミーアに背を向けた。

「おい、ラプタ」

「ははは、はいぃ……!」

 すっかり怯え切ったラプタに、ベヘモットは床に倒れ伏すミーアを足で示しながら命じる。

「ドゥルフとディルフに言って、コイツを広場に飾っておけ。そしてあのガキに、コイツが生きている内に出頭しろと言っておけ。匿っている連中の耳にも入るようにだ」

「はいぃ……」

 ラプタがミーアの体を引きずりながら逃げるように部屋を後にしたのを見届けると、ベヘモットは椅子に腰を下ろし、飲みかけだった酒を一気に煽る。

 全身余すところなく蹂躙されて連れ出されたミーアは、気を失いながらも、口元だけは未だ笑っていた。



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