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竜と白柱の国  作者: 風見真中
11/27

変な柱


 体中を苛む鈍痛と、頬に走る鋭い痛みにラックは目を覚ました。

「…………ッ?」

 ゴーグルの光度調整機能をもってしても暗い視界の中で、ラックは眼前に体長五十センチほどの剣竜が牙を剥き出しにしているのを捉えた。どうやら今の頬の痛みは、この竜が自分のことを齧っていたらしい。

 即座に腰に手を回し、抜き放ったカタナで剣竜を一突きにする。大きいものなら厄介な剣竜も、このサイズでは皮膚も柔らかく、倒すのは容易い。

「ふう……いってえ! こ、ここは、どこだ?」

 寝ている間に竜に食われる、という最悪の事態は寸前のところで回避できたが、直後に自覚した体中の激しい痛みに苦悶の表情を浮かべ、次いで自分の置かれた状況に混乱する。

 飛行船を襲った大型の蛇竜との戦闘でラックはマスクをビルクに渡し、その直後暴れた蛇竜にワイヤーで括られたまま船から離れてしまった。ラックの記憶はそこで途切れている。

 状況から見て、蛇竜からワイヤーが解けたことでラックはこの場に落下したのであろう。背中にワイヤーリールはあるが、船体に固定されていた側のリールや床板の重さは感じられない。リールを巻き取ってみると、ワイヤーの先端は溶解したような不自然な途切れ方をしていた。

「これは……ああ、蛇竜の毒か」

 恐らく飛んでいる最中に蛇竜がワイヤーに食らいつき、牙のあった歯茎の毒腺から漏れていた毒液によりワイヤーが溶かされたのだろうと予想する。

 つまり、自分は飛行船のあった場所から、蛇竜によってどこかまで運ばれたのだと、ラックは理解した。寝込みを襲っていたのがあの蛇竜ではなく小さな剣竜だったのは幸いだった。

「えっと、とりあえずここは……っ?」

 自分がどこにいるのか知るために、まずは深度計を確認しようとして、ハッと口元を覆う。ここがどこだか詳しくは分からないが、少なくとも竜素の薄い居住区から遠く離れていることは間違いない。

 ラックは落下する前にビルクにマスクを渡してしまい、口元には何も装備していない。

 ここは遠征先、深度八十用のマスクが必要な死地。深度十以下には降りられない脆弱な小人族の体では、到底耐えられるはずがない。

「…………あれ?」

 しかし、いくら待っても意識の混濁は起こらない。そもそも、マスク無しの無防備な状態で気を失っていたのなら、とっくに竜素中毒で死んでいるはずだと思い至る。

 改めて深度計に目をやると、深度は七十五。しかし、竜素計は居住区と大差ない数値を指している。

「故障? いや、でも竜素の毒は感じないし……」

 白柱の国の常識では考えられないことではあるが、ここは深い深度でありながら、竜素の薄い場所らしい。

「それにこれ、一体何だ……?」

 次いでラックの意識が向いたのは、自分が腰を下ろしているこの場所そのもの。

 白柱の国では柱に自生する樹木や大型の菌糸類、それか人間が作った足場以外に腰を下ろせる場所など存在しない。柱そのものは文字通りの柱、縦に建つもので、横向きの柱など存在しないはずだからである。

 しかし、ラックが触れてみると、それは確かに柱と同じものだと感じられた。

「……倒れた柱の上に落ちたってことか?」

 白柱が倒れるなど聞いたこともないが、そうでなければこの状況は説明がつかない。たまたまこの上に落ちなければ、自分はまだ見たこともない『地面』という土の塊に叩きつけられていたかもしれないので、幸運と思うことにしようとラックは考えた。

「でも、生きてるってことは、そんなに高く落ちたわけじゃないよな……」

 自分を運んだ蛇竜は多くの傷を負っていて、長時間高く飛べたとは思えない。故にこの場所は飛行船のあった場所からそこまで高低差がないと考えたラックは、立ち上がり己の状態を確認する。

 体は落下の衝撃に痛むが、動けないほどではない。マスクは無いが、幸運にも周囲の竜素は薄く、すぐに倒れるようなことはなさそうである。蛇竜に壊されたワイヤーリールは役に立たないので外し、腰にカタナがあることを確かめる。

 先ほどの剣竜は、竜輝石や皮を回収したいところだが、バッグの類は持っていないので諦める。

「おーい! 誰かー!」

 自分が気を失っていたのは一瞬のことで、飛行船は見えなくともまだ近くにいる。そう信じてラックは声を張る。

「シェルフィさーん! ビルクのオッサーン!」

 しかし、応える声も飛行船の航行音も聞こえない。

 確かに背中を守ってもらう必要はないと言い切ったのはラックだが、人を助けたのがきっかけで落下したのだ。見捨てられるとは思いたくない。少なくとも助けたビルクはラックを助けようと考えていると思いたいが、竜素の中にマスク無しで落ちれば助からないというのもまた事実。

 飛行船がラックのことを諦めて進んでしまっているという可能性も十分にあり得る。

「ま、参ったな…………」

 ここは深度七十五、本来なら小人族でなくとも生存できる場所ではない。竜素の薄い場所とはいってもその竜素が一定である保証はないし、何より帰るためには移動しなければならない。

 マスク無しで深度七十五の竜素に飛び込めば、一分と生きてはいられない。かと言って、ここで待っていても飛行船が助けに来る保証もない。

 動くのがいいのか、動かないのがいいのか、ラックは判断を迷った。

「うーん…………ん?」

 ふと、妙なものがラックの視界の端を掠めた。

 どこまであるのかも分からない白柱の足場。その暗闇の先に、微かな光が見える。

 ここにいても助かる保証はない。そう思ったラックは、行動することにした。

 ゴーグルの機能を最大まで高め、僅かに上り坂になっている不安定な白柱の足場を進む。幸いにも光源は近くのようで、途中で急に竜素が濃くなるようなこともなかった。

「なんだよ、これ…………?」

 それは、言うなれば白柱の穴。

 坂になっていた白柱の足場はある地点で急激にその斜度を上げており、坂というより切り立った崖のように、見ようによっては降下中に見慣れた柱のような姿に見えた。

 崖、ラックから見れば壁に見える白柱には、巨大な穴が空いていた。

 ゴーグルをもってしても暗く、全てを飲み込むような虚ろな穴。柱の壁同様に穴の全貌もラックでは確認できない。しかし、その先には確かに光が見える。

「……行ってみるか」

 意を決して、一歩足を踏み入れる。

 穴には足場が続いており、それは柱の壁にぽっかりと空いた洞窟の様だった。曲がりくねった白柱の洞窟を進むと、視界が一気に白く染まる。

「っ?」

 それはまるで日中の居住区でゴーグルの光度調整に失敗したような、とんでもない光量だった。

 瞬間的に視力を失ったラックは慌ててゴーグルを外し、明滅する視界を回復させることに数秒を要する。

 やがて、ゆっくりと目を開くと、ラックは失禁しそうなほどの衝撃を目の当たりにした。

「な、なんだよ、これ…………?」

 そこにあったのは、ラックたち石拾いが求める竜輝石。洞窟内を満たす光は、一つの竜輝石が発していたものだった。しかもそれは、光っていて分かりづらいが、ラックも今まで一度しか手にしたことのない最高級の白い竜輝石だった。

 何より、その大きさが桁違いである。球体に近い形状のその竜輝石は、ただただ大きかった。

 先日掴まされた抜け殻も大きかったが、これと比べれば普通の竜輝石との違いなど誤差の範疇。

 直径は、恐らく二メートル以上。重さはキロではなくトンで表記するレベルであろう。

 これ一つが一体どれほどのエネルギーを生むのか。これ一つで、何十億エルの金になるのか。ラックには想像もつかなかった。

「なんだこれ、なんだこれ、なんなんだよこれは?」

 ラックの呼吸は荒くなり、意味もなく体が震える。

 そのあまりの存在感に、まるで吸い込まれるように、ラックは巨大な竜輝石に手を触れた。

「あ、熱い?」

 触れると、その竜輝石は確かに熱を帯びていた。通常の竜輝石とは明らかに違う異質な存在に、ラックは少しだけ冷静になった。

「うーん、俺が見つけたんだから俺の物って言いたいとこだけど、さすがにこれは一人じゃ運べねえよな……って、そもそも無事に帰れるのかも分かんねえんだった……」

 目の前にあるのは世紀の大発見といえる竜輝石だが、持ち帰ることができないのであれば見つけてないのと同じ。そもそも船に見つけてもらえなければ、ラック自身もこの竜輝石の前で一生を終えることになってしまう。

「……ダメだな。こいつはさすがに惜しいが、命あっての金だ。それに俺、別に大金持ちになりたいわけじゃないし」

 金はあるに越したことはないが、ラックの夢はあくまでもこの国を出ること。金はそのために必要な分だけあればいいのだし、それはこの遠征から生きて帰れば手に入る。

 ならばラックが優先するべきは、この巨大な竜輝石の確保ではなく、飛行船かそれに乗る石拾いたちに発見されて救助されること。それ以外は考えなくていい。

「そうと決めたら、さっさとこの洞窟出るか。こんな変な柱の中にいたらいつまで経っても見つけてもらえないだろう、し…………?」

 独り言を漏らしながら、ラックは遅まきながらとんでもない見落としをしていることに気付いた。

 この洞窟は、明らかに白柱と同じ素材で出来ている。もちろんラックが目を覚ました外の足場も。

 倒れるように横たわった柱と、それに繋がる柱の洞窟。これはラックの言う通り、まさに『変な柱』である。

 そして、ラックたちが参加したこの遠征の目的は、入船前に主催者のベヘモットが説明した通り、『不自然な柱の調査』である。

 目的地近くまで航行していた飛行船から蛇竜によって運ばれ、目が覚めると変な柱にいた。

 この『変な柱』が、目的地である『不自然な柱』である可能性は、非常に高い。

「つまり、ここにいれば……!」

 飛行船がこの上に辿り着き、調査隊がこの場所に現れる。そしてそれは、そう遠い話ではない。

 ラックたちが蛇竜と交戦したのは夜で、何事も無ければ数時間で目的地にたどり着くはずだった。ラックは自分が思っているよりも長く眠っていて、すでに飛行船は去った後という可能性もあるにはあるが、この柱を調査しておいてこれほどの竜輝石を見落とすはずがない。

 ラックはここにいれば、数時間の後にほぼ確実に調査隊に合流できる。

「…………むっふっふ。それなら話は違うでしょ」

 一転、ラックは目の色を変え、じゅるりと舌なめずりをして竜輝石の前に立つ。

 確かに金は必要な分だけあれば事足りる。しかし、べつに多くあったからといって困るものでもない。

 この竜輝石を、金にできる。ラックは先ほどとは違う意味で興奮した。より一層、下世話に。

 無論、自分がここにいるからといって、この竜輝石を丸ごと頂こうなどとは思っていない。しかし、ここに居座っていれば第一発見者として何割かの所有権は主張できるだろうとラックは考えた。

「一億? それとも二億? ああ、想像もつかねえぜ!」

 ぴょん、と飛び跳ね、全身で竜輝石に抱き着く。ついさっきまでどうやって生きて帰ろうかと模索してた者は既におらず、ただ目の前の財に魅了された俗物の姿がそこにはあった。

「今のうちにツバつけとこうかな……って、熱っ?」

 抱き着くだけでは飽き足らず調子に乗って唇を触れさせた瞬間、ラックの手と唇は竜輝石のあまりの熱さに腫れ上がった。

「な、なんだよいきなり?」

 今しがた触れた際には、竜輝石はここまでの熱を持っていなかった。それは間違いない。しかし、今は離れていても熱さを感じるほどに、竜輝石は高熱を帯びていた。

 急激に洞窟内の温度は上がり、大粒の汗がラックの体から噴き出す。

 額から流れた汗が目に入り、ラックは染みる目を袖で擦る。その中で、ラックは確かにその光景を見た。

「っ?」

 熱を帯びた竜輝石は、同時にその光も強めていく。

 光は一定の間隔で強まり、弱まり、明滅を繰り返すようだった。

 それはまるで、鼓動のように。

 そして、ビキリ、竜輝石の中央に、大きな亀裂が走った。

「そ、そんな、そんなのって……?」

 ラックは即座に理解した。

 洞窟内を照らす光を放ち、火傷するほどの熱を帯び、ひとりでに割れる巨大な竜輝石。

 これは、竜の卵だ。

 それも自分が発見した抜け殻とは別格の、強大な竜の卵。

「クソッ!」

 ラックの意識は、再び生存をかけたそれに切り替わる。

 生まれたての竜は総じて鱗が柔らかく、簡単に倒せる。しかし、こんな巨大な卵から孵る竜が先ほどの剣竜のように小さいはずがない。

 どれだけ楽観視しても、生まれる竜はラックと同等のサイズであろう。一人でそんな竜と戦えるのかと、ラックは戦慄する。

 しかし、その戦慄は裏切られることになった。

「…………はあ?」

 バキンッ、と殻が破られ、卵の中から腕が飛び出す。

 飛竜の被膜や剣竜の短足、シャヴァンヌの屈強な前脚とも違う、『腕』が。

「え、ええええ?」

 飛び出した腕は二本。ラックと同じく、二本の腕である。

 やがて腕は砕けた殻を押し出し、竜輝石のゆりかごからその姿を現す。

「あ、あう、ふぁ~」

 大きく欠伸をし、ぐいっと体を伸ばす。

 ぺたぺたと四本の手足でラックの前まで移動すると、それは無邪気な笑顔をラックに見せた。

「りゅ、りゅりゅりゅ……」

 笑顔を向けられたラックは、驚愕に目を見開き、衝撃に口を震わせる。

「あーうー!」

 パチパチとまばたきする青い瞳。何かの液体で僅かに濡れた身体には、二本の腕と二本の足。当然全裸で、胸はほんの少しだけ膨らんでいる。

 小さな女の子、そう表現して差し支えない。無論、ただの女の子は竜輝石の中から出てきたりしない。

「あう! あーう!」

 顔に張り付く長い銀髪を鬱陶しそうに払い除けると、その首筋から頬にかけてを、瞳と同じ宝石のように煌く青い鱗が覆っていた。


「…………竜人族ぅ?」


 竜人族は竜輝石から生まれる。そんな噂を、今更ながらラックは思い出した。


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