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竜と白柱の国  作者: 風見真中
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石拾いのラック

落選して投稿作の供養になります。


連載中の別作品は長らく更新を止めていますが、書いてはいます。

ブクマを外さずにいてくださっている方の時間潰しにでもなれば幸いです。

 黒くて重い、息の詰まるようなプレッシャー。それは暗くて狭い視界から来る錯覚ではなく、死と隣り合わせの緊張感から来る重圧だった。

「……深度二十三か。へへ、最深記録更新だな」

 光度調整機能付きのゴーグル越しに深度計の示す針を確認し、少年は防素マスクの下でニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 懐中時計のような形をした深度計やゴーグル、防素マスクなどの他にも、その少年は多くの装備に身を包んでいた。背中にはワイヤーとそれに繋がった留め具、体の前に抱えたリュックからはシャベルやロープ、鞘に収まった長剣などが覗いている。

 ゴーグルの光度調整機能をもってしても辺りは暗く、体は不安定な宙吊り。頼りになるのはその身を支える頑強なワイヤーと、真横にそびえる白い柱。

 柱。白い柱。

 太く大きな柱。少年がそっと手を添えるそれは、そうと知らなければ巨大な壁に見えるほど、注視しなければ人間の視野では曲線も確認できないほど太い。何より、少年のいる場所からではその頂点も最下部も到底確認することができないほど高い、巨大な柱。

 少年を始め、この国に住む多くの人がこの柱については何も知らない。いつからあるのか、だれがどうやって建てたのか。そもそも人工物なのか自然物なのかさえも分からない。ただ、その巨大な柱は何らかの意思が働いたとしか思えないほど等間隔に、そして無数にこの国に並んでいた。

 白柱の国。

 少年の住む国は、そう呼ばれている。

「竜素濃度、問題無し。おあつらえ向きな足場もあるし、今日はこの辺でお仕事としましょうかね」

 材質不明の白柱は、それそのものに栄養素を含むらしく、樹木や菌糸類が根を張ることが多々ある。この場の濃い竜素は根を張った植物を強く大きく育て、そこに新たな生態系さえ産み出す。

 少年はワイヤーの留め具を外し、足場にと定めた太い木の枝に向けて一気に降下する。背中で回るリールと、ワイヤーの延びる金属音。少年が装備の重音を立てて着地しても、枝はほとんど揺れない。太く、頑強な枝だ。

 ガサガサと、この場を住処にする虫や小動物が突然の闖入者に逃げ惑う。こんな生き物たちがいるという事は、直近にこの場を訪れた同業者がいない証でもある。

「さてと……おっ! あるある、大漁じゃんか!」

 少年は枝にリュックを降ろすと早速辺りを見回し、枝葉の陰に目当てのモノを発見して声を弾ませる。

 拾い上げたそれは、人の爪程度の大きさの石。竜輝石と呼ばれる、竜素の結晶体である。

「黒ばっかりかと思ったけど、赤も結構あるな。って、青まであるじゃんか! ラッキー!」

 揚々と竜輝石を拾い集め、リュックから取り出した布袋に次々と放り込んでいく。

 竜輝石、竜素とはエネルギー体。街の灯りや乗り物の動力、世界中で広くエネルギー資源として活用されている代物で、白柱の国は世界有数の竜輝石の産出国でもある。

 何より、少年にとっては貴重な収入源である。

「竜素濃度に変化無し。よしよし、もうちょっと奥まで…………って、あり?」

 懐中時計のような深度計には、深度を示す針と、それに対を成す竜素濃度の測定針がある。周囲の竜素濃度を確認するために深度計に目線を落としたとき、少年は遅まきながらその身の変調に気付いた。

「ありあり? おかし、くないか……?」

 軽度の目眩と、鈍い頭痛。乗り物酔いのように足元がフラついた瞬間、少年の耳に聞き慣れた相棒の声が響く。

『ラ……ク……! ラック、聞こえる?』

「ミ、ミーア……?」

 ゴーグルに内蔵された通話機能で、遥か上層、背中のワイヤーの先である居住区にいる相棒と会話する。耳鳴りの中で聞こえた声は、どこか切羽詰まっていた。

『アンタどこまで降りてんの?』

「どこって…………」

 言われて深度計を確認する。針は先程同様、深度二十三を指したまま動いていない。そう、足場の枝に着地するために降下したというのに、針はピクリとも動いていない。

『ワイヤーリールの深度計は三十を越えてるわよ!』

「っ?」

 少年は相棒の声に戦慄し、即座に下ろしていた荷物を装備し直す。

 深度三十。それはマスクの防素性能を上回る竜素を孕んだ深さで、何よりこの少年の身には耐えられるものではない。

「上げてくれ、ミーア!」

 ワイヤーの留め具を固定し、少年が叫ぶ。返答は無く、即座に轟音を立ててワイヤーが巻き上げられる。

「…………っ!」

 少年の変調は、すでに無視できない域にまで達していた。フラついた足は装備の重さに屈し、踏ん張りの効かなくなった少年の体を足場の枝から更なる下層へと誘う。

 体から力を失い落下する寸前、たわんでいたワイヤーが巻き取られ、少年の体はぐんっと持ち上げられる。

 少年は竜素に侵されたことと急上昇による圧迫で一時的に意識を失いそうになる。しかし、視界の端に眩い輝きを見つけ、閉じかけていた目を見開く。

「こっのぉ!」

 痺れる体を無理矢理動かし、背中の留め具を外す。ワイヤーの出どころである上層の機械と背中のリール、セオリーとしてどちらのワイヤーも長さに余裕はあるが、背中の方が少ない。加えて落下の速度より巻き取りの方が速いため、これは一時的に上昇を緩やかにしたに過ぎない。

 しかし、この一瞬。留め具を外して落下する一瞬の内に、少年は身を捩り、目当ての方向に腕を伸ばす。

「と、どけぇ!」

 白柱に自生する木の枝に体をぶつけながら、それでも少年は手を伸ばす。

 少年の手が目当てのモノを掴んだ瞬間、即座にワイヤーの擦れる金属音を鳴らしながら留め具を固定し直し、少年は再び上昇する。

 乱雑に、機械的に、無遠慮にワイヤーを巻き取られ、少年は飛んでいる虫や木の枝にボコボコぶつかりながら上昇し続ける。

「ミ、ミーア、もうちょい、ゆっくり……!」

 相棒からの返答は無い。上層にある機械では巻き取りの速度を調節できるのだが、どうやら信頼する相棒に少年の声を聞いている余裕は無いらしい。

 傷だらけになりながら上層を続け、やがて周囲の景色が明るくなり、竜素の薄い安全圏、人間の居住区にまで到達する。機械がワイヤーを巻き取る轟音が耳に届いた次の瞬間、少年はハンマーで殴られたような衝撃と共に急停止した。

「がっふぅ……!」

 ワイヤーが完全に巻き取られ、少年の背中はリールのストッパーにぶち当たる。肺の中の空気が一気に押し出され、軽い呼吸困難に陥った。

「ラック! あんた途中で留め具外したでしょ? なに考えてんのよ、死にたいの?」

 少年の耳に直接届いた、叱りつけるような声。

 マスクを外して新鮮な空気を肺に送り込みながら、少年は相棒の姿を見る。

 クセのあるショートカットの赤髪と、キッと吊り上がった深紅の瞳の少女。背は少年より少し高く、しなやかにくびれた腰に手を当てながら機械に磔になった少年を睨み上げている。

「聞いてるの、ラック?」

 髪と同じ赤い毛に覆われた頭上の三角形の耳と、腰から出たモフモフの尻尾も、少女の感情を示すようにピンと立っている。

 獣人族の少女、ミーア。歳は十七歳。少年とは家族のような間柄であり、仕事の相棒でもある。

 ここは少年が今し方まで降りていた場所のほぼ真上、竜素の薄い人間の居住区。

 そこには白柱を削って材木を固定した広い足場と、まるで白柱から生えているように組み上げられた家屋がある。少年とミーアの住む家の目の前だった。

「ま、待てよミーア。これがあったから、ちょっと手ぇ伸ばしたかっただけなんだ」

 少年は叱られながらも、握ったままだったモノをミーアに見せつける。それは、手に余るほど巨大な竜輝石だった。

「うわっ! すっごい大物じゃない!」

 少年を叱りつけていたミーアも、その手にある竜輝石を見て目を見開く。少年が身の危険をある程度無視してしまうほどに、その竜輝石は大きかった。

 竜輝石の価値は大きさと色で決まる。当然大きいほど希少で価値は高く、色は『黒』『赤』『青』『白』の順に高価で、エネルギー効率は比べ物にならないほど高い。

 少年の手にある竜輝石は色こそ黒であったが、サイズは今まで二人が見たこともないほどに大きい。これ一つで、少年たちの収入のひと月分にも届くと、少年は目論んでいた。

「だろ? 壊れた深度計とキャパオーバーしたマスクは買い替えだろうけど、これを売れば余裕でお釣りがくるし、目標の金額だって一気に近づくぜ!」

 少年はゴーグルを額に上げ、快活な顔で笑う。

 乱雑に切られたツンツンの黒髪に、灰色の瞳。その面立ちは未だあどけなさの残る少年でありながら、引き締まった肉体には歳不相応の力強さを感じさせる。

 少年の名前はラック。小人族の少年で、歳は十四歳。職業は竜輝石の回収とその売却、通称『石拾い』。

 ラックは竜素で霞んだ空に竜輝石を掲げ、その向こうに思いを馳せる。

「??もうすぐ、あの向こうに行けるんだ!」

 白柱の国から飛び立ち、冒険に出る時を待ち焦がれていた。

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