二十五年越しの相談
三題噺
テーマ:「銀」「思考停止」「ヘビースモーカー」
少し不思議な話なのでSFです。
お題の選定に関しては『ランダム単語ガチャ』(https://tango-gacha.com/)というサイトを
使わさせていただきました。
誰もいない喫煙所に入ると、俺は買ったばかりの煙草をポケットから取り出した。封を開け、トントンと二、三回箱の上部を軽くたたくと、新しい煙草が浮き上がってきた。そのまま一本を手に取ると口にくわえ、ライターを探してポケットをまさぐる。いつも上着のポケットに入れたままにしてあるライターはしかし、いくら探しても見つからなかった。
「チッ、どこかで落としてきたか?」
いくら手を動かしても、レシートや小銭が手に当たるばかりで、ライターの硬質感はポケットのどこにもなかった。家に忘れてきたのか、さっき昼飯を食べたところで上着を脱いだ時に落としたのか。どちらにせよ、楽しみにしていた昼の一本は吸えそうになかった。駅前のコンビニまでを頭に思い浮かべ、一本を吸う満足とコンビニまで走る労力を天秤にかけていると、ガラガラと喫煙所のドアが開かれた。
顔を上げると、一人の男が入ってくるところであった。茶色の上等そうなスーツを着たその男は、会釈をしながら扉を閉めると、ポケットから煙草の箱とライターを取り出した。
「あの……」
「はい、なんでしょうか?」
「実はライターを忘れてきたみたいで……よかったら、貸してもらえませんか?」
「良いですよ。お先にどうぞ」
箱の包装をはがそうとしている男に尋ねてみれば、快くライターを貸してくれるという。映画でよくあるように、俺の咥えた煙草に火でもつけてくれるのではないかという考えが一瞬頭をよぎったが、男は箱をいったん灰皿へと置くと、ライターをこちらへと差し出してきた。頭を下げながら、ライターを受け取る。俺のいつも使っている、コンビニに売っているような透明の黄色のライターと違い、銀色で所々に装飾が描かれているそのライターは、ズシリとした重みを持っていた。
男から受け取ったライターのふたをあげ、ホイール部分をカチリと回す。左手に持っていた煙草を口に咥え、先端を火に近づける。火が付いたことを確認してライターのふたを閉める。口の中に煙がたまっていくのを感じながら、ライターを男へと差し出すと、箱のふたを開け終えた男が微笑みながら受け取った。煙が肺に入っていく心地よさに笑みを浮かべた後、口から煙草を取り、息を吐きだした。
ライターのお礼を言わなければなと考えていると、咳き込む声が聞こえてくる。男の方をみると、涙目になりながら、体を丸めて咳き込んでいた。男は慌てて駆け寄ろうとする俺を手のひらで制すと、何度か咳をしてから口を開いた。
「大丈夫ですか?」
「いや~、久しぶりに吸ったので咳き込んでしまいました。申し訳ない」
「いえいえ。その……禁煙でもしてたんですか?」
「はい。実は、子供が生まれてから吸っていなかったんですよ」
そういう男の左手には、確かに銀色に光る指輪がはまっていた。
「煙草をまた始めたのには何か理由でも?」
「いえね、少し考え事がありまして。」
「考え事ですか」
煙草を吸う合間に相槌を打ちながら、男の話を聞く。男は何かを思い出すように、喫煙所の天井の隅を見上げながら話をつづけた。
「昔は煙草を吸いながら考え事をすると、いいアイデアが浮かんだなと思いまして、こうして久しぶりに吸おうと考えたわけです」
「なるほど。煙草を吸っていると、確かに頭が冴えますからね」
男に同意を返しながら、灰皿に煙草の灰を落とす。男も煙草の吸い方を思い出したのか、ゆっくりと口から煙を吐き出す。
「俺も同じような感じですよ」
「ほう、と言いますと?」
「いやぁ。実は昨日、彼女と少し喧嘩をしてしまいましてね。何度か連絡しているのですが、電話には出てくれないし、メールの返信もないんですよ」
「それは大変ですねぇ」
頭を後ろ手に掻きながら、俺は気が付いたら男に悩みを打ち明けていた。たまたま喫煙所で会った、悩みを抱えるもの同士としての、親近感があったのかもしれない。
「テレビを見ていた時に結婚についての話題が出ましてね。俺はまだ仕事も軌道に乗ってないし、まだ考えていなかったんですが」
「彼女さんは結婚したかったと」
「はい。彼女の方が年上ということもあってか、もうそろそろ結婚したいと言われまして。意見の違いから口論に発展して、彼女が出て行っちゃって……それからずっと彼女と連絡が取れないんですよ」
すべてを男に話した俺は、一息つくために煙草を口に当てた。しばしの間、お互いの息を吐く音のみが喫煙所内を支配する。いつものこの時間帯ならもう少し人がいるはずだったが、どうやら今日は俺と男の二人きりの場所らしかった。
「俺も真剣に考えていはいるんです。だけど、まだ25ですし、結婚が考えられないというか……」
「なるほど。結婚というのは、一生の中でも特に大事なものですからね。悩まないで決めてしまうよりも、そうやって悩みながら結論を出すべきものだと、私は思いますね」
男が俺の顔を真正面からじっと見ながら、そう言ってきた。男のその言葉には、不思議と説得感があった。これが人生の積み重ねというやつかと感心しながら、俺は男を見つめ返していた。
「俺も彼女と結婚したくないわけじゃないんですがね……」
「ふむ。それならば結婚してもよいのでは?」
「しかし、今はまだ家族を養っていく自信がないというか……」
結局のところ、俺が結婚を踏み出せない一番の理由がそれであった。一家の大黒柱となる勇気の無さ、彼女との関係を夫婦というものに変える事への不安。そう言った、現状を変える事への戸惑いが、俺に二の足を踏ませていた。彼女にも、「優柔不断」だの「思考停止の極み」だの散々に言われていた。
「どうしたら、自信がつくんですかね」
「そうですね……私、実は25歳で結婚しているんですよ」
「そうなんですか?」
男の言葉に俺は驚いた。それが本当なら、男は俺にとって最適な相談相手と言っても過言ではなかった。
「よく結婚に踏み切れましたね」
「いや、私もかなり悩んだんですよ。それこそ煙草を何本も吸って喫煙所で考え込みましたし、彼女とたくさん喧嘩もしました」
男は懐かしそうに目を細めながら、自分の人生を振り返っているようだった。
「決め手は何だったんですか?」
「ある人に言われたんです。『時に思い切りも大事だ』とね」
「思い切り、ですか……」
「はい。彼女を愛していて、彼女といずれ結婚したいと思っているなら、結婚してもいいのではないかと」
「しかし、将来の事も考えないで結婚するのは、その、どうなんでしょうか」
いまだに迷っている俺を見て、男は微笑んだ。
「私もそう聞き返しました。そうしたら、『自信は後から湧いてくる。後は覚悟を持てるかどうかだ』と言われました。」
男のその言葉は、不思議と私の胸にストンと落ちた。覚悟を自分は持っているのだろうか、そう考える自分の胸が、少し熱くなっているのが感じられた。自信は確かにないものの、彼女を幸せにしたいという気持ちは、俺の中に思っていた以上に眠っていたようだった。
「覚悟は、あると思います。確かに、自信がつくまで待っていたら、機会を逃してしまうかもしれない」
「そうですね。もう一度、彼女さんと話してみてはいかがですか?」
男の言葉に俺は、「はい」と力強く返した。いつの間にか煙草の火は消えていたが、俺の心の中は熱い思いでいっぱいであった。
「その、ありがとうございました。少しでも話聞いてもらえて、良かったです」
「こちらこそ、ありがとうございました」
少し照れくささも感じながらお礼を言うと、男は俺にお礼を返してきた。不思議そうにしている俺を見てか、男は話し始めた。
「実は来月で結婚25年を迎えるんです」
「それは、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。それで、何かお祝いをしようとは思ったのですが、どうしたものかと困っていたんですよ」
男はしかし、悩みなどないようなしっかりとした話しぶりをしていた。あぁ、この人の助けに少しでもなれたのならよかったと思っていると、男は話をつづけた。
「あなたのおかげで、昔の自分を少し思い出すことができました。いろいろな不安を抱え、悩み、それでいて彼女を幸せにするという一点だけは誰にも譲らないという熱い思いを抱えていたあの時の自分を」
男は指輪を撫でながら、少し力強い口調でそう言った。
「結婚25周年のお祝いですから。25歳の自分が悩みに悩んで選んだプレゼントを参考にしたいと思います」
「そうですか。ちなみに何を贈られたんですか?」
そう尋ねた自分に、男は茶目っ気のある笑顔を浮かべ、こう返してきた。
「あなたなら、何を贈りますか?」
その問いに、俺は頭に浮かんだものをそのまま答えた。
「花束を。彼女が好きな胡蝶蘭の、大きな花束をあげたいと思います」
「奇遇ですね。私の妻も胡蝶蘭が好きなんですよ」
お互いに笑みを浮かべながら言葉を交わす。煙草を灰皿に押し当て、灰皿の下のごみ箱に投げ入れる。男の顔を見てみれば、入ってきた時と違い、実に晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「お互いに良い結婚記念日になると良いですね」
「そう願います」
最後にそう言って握手を交わす。俺は彼女に贈るメールを打つために携帯をポケットから取り出しながら、喫煙所の扉を開けて外へと踏み出した。




