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お魚シリーズ

俺は魚の王様、そんな俺を散々に扱う魚屋のバイトが勝手に『ざまあ』状態に陥ってくれました。俺を食べた事がないからって逆恨みするからそんな目に遭うんだよ

作者: ゅべ

6000字程度の物語です。


どうぞお楽しみ下さい。よろしくお願いします。

 魚の王様、それは『鯛』だ。


 刺身にして良し、煮付けて良し、天ぷらにして良しの日本人の誰もが憧れを抱く魚。食卓に並べば「今日は何かお祝いの日かな?」とお父さんも思わず呟きながら目を輝かせるだろう。



 俺は百年もの間、魚屋でバイトを続けて数え切れないほどの鯛を捌いてきた。店舗に訪れるマダムからは「いよ、『鯛』将!!」と黄色い声援を浴びては「お嬢さん、今日も活きの良い鯛が入ってるよ?」と笑顔で返したものだ。


 だが俺は家が貧しくて鯛なんて一度も食べた事はない。寧ろ鯛を食べれる身分のお客を心の中では憎み妬んでは店舗を去った後に密かに舌打ちをしていた。


 俺はイワシかツナ缶くらいしか魚を食べた経験がない。これは八つ当たりだろう、俺は鯛を捌くに連れて鯛の存在そのものを憎む様になっていった。心に闇が充満する、俺は殺してやり『鯛』ほどに魚の王様を憎んだ。



 如何に王様とて売れ残ることはある、だが単価の高い商品だ。雇い主である店主は心に闇を抱える俺に鯛の売れ残りで何か売れるものを考えろと注文を付けてきたのだ。俺は渋々思案した。



 そして閃いたのだ。



 だったら鯛をバラバラ殺人の目に合わせて、その上品なまでに真っ白の身をミンチにしてくれると。俺は憎しみを込めて鯛を三枚に捌いて出刃包丁二刀流でトントンと鯛の身を叩いていった。憎しみを込めて修復不可能になるまで念入りにすり潰していった。


 俺はそんな鯛に生臭えなあ、と嫌味を言って生姜と酒を丁寧に擦り込んでいく。そしてトドメと言わんばかりに醤油と刻んだネギを投入して勝ち誇るのだ。



 まな板の上で見る影もなくなった鯛に罵声を吐き捨てる。


「王様のくせに拷問にあうなんざざまあねえなあ、テメエはそこらの雑魚のようにつみれになっちまえ」


 俺は「へへへ」と変わり果てた鯛を嘲笑って店舗の片隅で気取った魚の王様を見下した。すると俺の様子に気付いたようで、店の店主が後方から近付いてきて俺の肩にポンと手を置いてくる。




 やべえな。




 もしかして俺はやり過ぎたのだろうか。如何に売れ残りとは言えコイツは商品だ、店主も俺が遊んでいると思って説教でもするつもりかな?


 そう思って俺は減給を言い渡されるのではと目を瞑って店主の言葉を静かに待った。だが彼は俺の考えとは裏腹に上機嫌な様子で口を開いた。


「おお!? もしかして鯛をつみれにして売ろうって話か?」


 ふう、どうやら店主は都合良く勘違いをしてくれたらしいな。ならば俺も話を合わせるとしよう。


「へ、へい!! これを味噌汁にして売れば常連の奥様方に売れるかもって思ったんです」

「ふむ……、これは思った以上に大胆な発想だな。だが悪くない、いや寧ろ素晴らしい!!」

「そ、そうですかね?」

「どうせ捨てるなら大胆に使ってみるのもアリだな。後はコレを衣に潜らせて揚げ団子にするのも悪くないな。うん、君に頼んで正解だったよ」




 店主からまさかの合格点を貰ってしまった……。


 俺はただ鯛への憎しの一心で体を切り刻んでいただけなのだが、どうせ売れ残りの廃棄品なのだから好きなだけ弄んでしまえと思ったのに俺はまさかのヒット商品を生んでしまった。


 そして次の日から鯛のつみれ味噌汁を求めるマダムたちが魚屋の前に列を作る様になってしまったのだ。俺は憎き仇をさらに人気者に仕立て上げてしまったのか!?


 くっそお!! これが魚の王様と呼ばれる鯛の本領だとでも言うのか!?



 俺は鯛の底力をまざまざと見せつけられて一人店舗の休憩所で打ちひしがれてしまった。俺はタバコを吸いながら悔しさのあまりに表情を憎く歪めてしまったのだ。




 だがそれはまだ序の口だった。




 そんな心の傷を抱えながらも俺は魚屋で必死に働いた。鯛を見返すべくソイツらを放置してイワシにアジ、そしてボラと言った雑魚を散々にマダムたちに売り込んだ。「イワシは安いっすよー」とか「ボラって泥臭いってイメージありますけど、綺麗な水で育った奴は絶品なんですよ」と言って誘導してやった。


 ニヤリと店舗でセンターポジションを牛耳る鯛を尻目に俺は隅っこに佇む地下アイドルたちの人気を上げる為に営業を続けたのだ。


 そんな魚の様に死んだ目で俺を睨んでも何も変わらんぞ? 俺がプロデューサーである限り貴様に陽の光など浴びせるものか!!




 ハーッハッハッハッハッハ!!




 そうやって俺を恨めしそうに睨んでくる鯛を無視して俺は雑魚たちを捌き続けた。だがそんな気分を良くする俺に店主はまたしても注文を突きつけてくるのだ。やはり店主は最強で店舗一の権力を有するだけあって俺も逆らえない。


 俺は黙って店主の言葉に耳を傾けた。


「最近、鯛が売れ残るんだよね。また何かアイデアを出して貰っていい?」

「あ、はい」


 俺は肩を落として、またしてもまな板の上に鯛を置いて思案した。だがこれも鯛を弄んで良いという了承を得られたと、好機と捉えて俺は腕を組んで必死になって考えた。すると良い拷問方法を思い付いたのだ。


 ふふふ、こうやって三枚に捌いて今度は言葉通りに『骨までしゃぶってやる』ぞ。


 俺は三枚に捌いた鯛の骨を熱々の油に落としてやった。パチパチと音を立てて鯛の骨がもがき苦しむ様を俺はニヤニヤとほくそ笑んで楽しんだ。


 これは良い、俺はまるで死体解剖されて辱めを与えるマッドサイエンティストの気分を味わっているようだ。




 ハーッハッハッハッハッハ!! プロデューサーの俺をそんな死んだ目で睨んだ報いだよ!!




 そうやって鯛の苦しみを全身で楽しむ俺だったが、そこにまたしても店主は後方からソッと近付いてきた。



 ヤバいな、今度こそ俺はやり過ぎたのだろうか。店主は真剣な目つきで俺に歩み寄ってくる。そしてポンと拷問官の気分を味わっていた俺の肩に手を置いて話しかけてきたのだ。


 俺はクビを言い渡されるのではと内心でドキドキしながら店主の言葉に耳を傾けた。



「およ!? 今度は鯛せんべいかあ、君は本当に抜け目がないね」

「そ、そうですか? こうやって揚げておいてお湯を注ぐと良い出汁が出そうだなって」

「いやあ、君は鯛の天才だね!! やっぱり君に頼んで正解だった」



 俺はただ鯛をグリム童話に出てくるシンデレラの継母の如く拷問で苦しむさまを見たかっただけなのに、今回もまた鯛を店舗の人気者にしてしまった。そして店主の発案で店舗のセンターに俺の考案した鯛の味噌汁と鯛せんべいを配置することとなり、結果的に鯛自体まで人気が爆発してしまった。


 常連のマダムらは店舗に訪れる度に俺に言うのだ。「今日も鯛を頂戴な。あ、イワシみたいな雑魚は興味ないからオススメしないでね?」と。



 くっそおおおおおお!! やはり女性はブランドに弱いのか!? 鯛が王様だからそうやってバックダンサーや必死になって頑張る研修生に目もくれないと言うのか!!



 だが俺は再び草の根活動を頑張った。俺は決して屈しない、諦めない。



 俺は地下に眠るアイドルたちに陽の光を与えるために魚屋でバイトをしているのだ。その目的を忘れてなるものかと、俺は再び立ち上がった。


 今までは同じ魚だから鯛と比較されてきたのだ。ならば今度はジャンルを変えて王様の人気を蹴落とそうと粉骨精神で走り回ったのだ。



「お嬢さん、今日は良いシジミが入ってるよ!? これで今夜はシジミ汁でもどうですか? これで酔っ払って帰宅する旦那さんの胃袋をゲットして熱い夜をご相伴下さい!!」


 シジミ、身は少なくとも茹でれば無限大の出汁を放出する魚介類のフィン・ファンネル。出汁の味は人の心をくすぐり二日酔いをあっと言う間に制圧する破壊力は海産物のニュータイプが操縦するモビルスーツと言っても過言では無い。



 俺はコイツを担ぎ上げてティターンズの如く店舗にのさばる売れ残った鯛の残党どもを一掃するのだ。そしてトドメと言わんばかりに鯛のつみれ味噌汁の隣に試食用のシジミ汁を設置すれば完璧。


 そうやって心の中で人気がガタ落ちの鯛をほくそ笑んでいた俺だったが、店主はまたしても俺に歩み寄って三度となる注文を突きつけるのだ。俺は「またか」と小さく愚痴を零すも、やはり最高権力者には逆らえず後ろからポンと肩に手を置くその人に黙って耳を傾けた。


「……今度はなんすか?」

「お、流石に俺の言いたいことが分かる?」

「余った鯛の売り方を考えろと?」

「うん、だけど今度は更に注文があるんだ。勿論だけど君の腕を見込んでね」



 何やら不穏な空気を醸しだず店主に俺は「は、はあ」と頷きながら警戒心を高めた。今度は更に注文を出すだと? 俺は散々に鯛の株を高騰させる結果となった過去二回を振り返って嫌な予感を感じ取っていた。



 そして店主はやはりと言うべきか、とても残酷な事を俺に言うのだ。



 これには流石の俺も最高権力者に渋い顔を浮かばせてしまった。まるで「本当にやるんですか?」と言っている様な顔付きで俺は深いため息を吐いてしまった。


 だが店主の提案はそれほどまでに常軌を逸しているのだ。


「鯛と一緒に余った魚全てを使って良いから店の宣伝になるようなアイデアを出して欲しいんだよ」

「……それってクラスに必ず一つはある、はぶられた連中で先生が強引に作った修学旅行の班じゃないっすか」

「君も面白事を言うねえ。でも鯛がいるから、クラス一信頼の厚い学級委員長がいるから上手く纏めてくれるって」




 ざっけんなよ!! 俺はそう言う鯛の『鯛』度が嫌いなんだよ!! そうやって入れておけば料理の味も無難にまとまって人気が出ますみたいな。スペイン料理のブイヤベースの味がイマイチで鯛を入れとけば客も文句を言うまいみたいなスカした『鯛』度が気に入らねえってのに。


 はあ、そうですか。分かりました、分かりましたとも。だけど店主も一任したわけだから絶対に文句は言わせないと、俺は強い意志を持って最高権力者に念押しをした。


「良いっすけど絶対に文句を言わないで下さいね?」

「オッケー。俺は君を信頼してるんだ、かれこれ百年間もウチの魚屋でバイトしてくれてるバイトリーダーとして頼りにしてるんだよ?」

「ま、俺は長生きだけが取り柄のスッポンっすからね。良い出汁を出すでしょ?」


 俺は半ば嫌味のように店主を突き放しても「腐らずに頑張ってみてよ」と言葉をかけて彼は店の奥に消えていった。腐らずにだと? それは売れ残った鯛が『腐っても鯛』だとでも言いたいのか!?


 ふざけやがって……、俺は店主に怒りを覚えてワナワナと全身を震え上がらせていた。そしてその根源は貴様にあるのだと突きつけるために鯛を再び叩きつけるようにまな板の上に置く。


 またしても俺は鯛を前にして腕を組んでワンピースの海軍大将の登場シーンの如く『どん!!』と効果音を出して睨みつけた。すると俺は気付いてしまったのだ。この鯛、不貞腐れてるのか? その頬を膨らませて俺に「もっと優しく扱え」とでも良いだけに死んだ目で俺を睨み返してくる。



 気に入らねえ、だったらその貴様の頬を抉ってくれようか!?



 俺は鯛の頬を散々に爪楊枝で突っついた。すると中から上質な筋繊維が顔を出してくる、この鯛のほお肉は弾力があって一部の食通からは非常に人気のある部位だ。おっと、俺は怒りに身を任せて危うく鯛の人気を上げるところだった。



 この部位が世に出回れば下手をしたら店主も「鯛専門店にでもしよっか?」などと言いかねない。俺は背中に滴り落ちる冷や汗を感じて己が冷静ではないと悟った。



 だが待てよ? この上質な肉を雑魚と合わせてしまえば逆に嫌がらせになるのではないか? 鯛からすればプロ野球の一軍スター選手が二軍の扱いを受ける様なもの。大相撲で言えば横綱が最下層の序の口の連中と一緒に雑魚寝する様なものだ。




 おっと、少しだけ上手いことを言ってしまった。




 だが俺は名案を閃いたと感じてポンと手を叩く。そして案が出るや否や即座に行動を移した。まずはその気に入らない頬を抉りに抉って拷問を繰り返す。そしてそのほお肉をすり鉢に入れて他の雑魚の魚どもと一緒にミンチにしてやった。



 ふふふ、これで自慢のほお肉も貴様の見下してた雑魚たちに紛れて存在感を失っただろう。スターアイドルも研修生に出戻って今一度世間の厳しさを味わえば良いのだ!!




 ハーッハッハッハッハッハッハ!!




 内心で高笑いする俺だったが、またしてもそんなタイミングで店主は俺の後方から歩み寄ってくる。やべえな、今回は流石にダメか? 希少部位を雑に扱って、その上すり鉢でバラバラ殺人事件を楽しむなど魚屋として失格だと言われても俺は否定出来んぞ?



 俺はドキドキと心拍数の跳ね上がりを感じて店長の言葉を静かに待った。



「やあ、今回もやってくれたね? なるほど、もしかしてこれはおでんの具かな?」

「え、ええ。さっきの鯛の骨とつみれで出汁を取ってコイツを煮ればちょっとした高級感も出るかなって」

「なるほど、これまでの売れ残りを全て救済出来るわけだ。君は魚たちのメシアだったのか」

「隣の八百屋で大根でも買って煮れば完璧なおでんの完成です」

「おおー!! なるほど、お隣さんの八百屋さんともウィンウィンの関係も構築出来て一石二鳥か!!」



 店主は内心でビビる俺に気付いてか否か、上機嫌な様子で両手で俺の肩をバンバンと叩いてきた。そして「じゃあ早速八百屋さんと交渉してくるよ」と言いながら俺に笑顔を向けて走り去ってしまったのだ。



 俺はまたしても鯛の人気を高めてしまい、この魚屋は連日連夜常連どころか県外からもおでんを求めてお客さんが押し寄せる人気店となってしまったのだ。そしてニコニコと嘘の恵比寿顔で鯛の発注を繰り返す日々を送る事となって俺は心が折れてしまった。



 店主はそんな正気を失った俺を心配してくれて「百年分の未消化の有給が溜まってるから気分転換も兼ねて一年くらい休んだら?」と言ってくれた。



 俺は流石に精神が疲弊して店主の言葉に甘えて旅に出た。日本中を駆け巡り港を回ったが、何処に行っても鯛は王様で日本中で特別扱いを受けていた。終いには鯛は養殖すらされており、その人気ぶりを俺に見せつけるのだ。


 そんな現実に俺は絶望して一年も経たずに仕事に復帰を果たした。




 だがそこからが本当の地獄だった。




 なんと俺が復帰した頃には魚屋はおでんの方が儲かるからと言って店主の一存でおでん屋へとシフトチェンジを果たしていたのだ。そして店内では鯛が売れに売れて店員もお客さんも皆が鯛を求めるのだ。



 俺は発狂してしまい、鯛をこの世から抹殺すべく『たい焼き屋』へと転職をすることとなった。店主は最後まで俺を引き止めてくれたが、もはやこの魚屋に俺の居場所はないのだ。



 やはり王様に楯突いた俺が馬鹿だったらしい。



 これからは毎日毎日鉄板の上で鯛を焼いてイヤにさせてやる!!

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宜しかったらどうぞお願いいたします。

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[一言] 帰って、鯛焼きでも食べようかな~? いや、おでんの方がいいかな? 面白かったです。
[一言] センスありすぎてすごい
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