第7話【マッチ売りに火葬を】
ごうごうと燃え盛る雑居ビルを背に、リヴはとある少女と対峙していた。
勢いよく燃える雑居ビルを見上げて「はあはあ」と興奮した様子を見せる、白金色の髪を持つ少女。
マッチ売りの少女の【OD】――アリシアである。少しの炎で建物一棟を全焼させるほどの厄介な異能力を持つ【OD】で、リヴが絶対に殺したい人間ランキング現在一位独走中のアバズレだ。
トローンとした表情のアリシアは、さらに身体をクネクネさせて「や、やばいわー」と言う。
「こ、これ、勢いよく燃えててッ、あー、最高!! もう最高としか言えなーい!!」
「とんだ変態ですね、アンタ」
ゴミでも見るような目でアリシアを睨みながら、リヴは言う。
「そんなに炎がお好きなら、自分でも燃やせばどうですか?」
「そんなのはダメ、燃えない。だってウチ、見る専門だから」
真顔でそんな訳の分からない主張を返してくるアリシア。
変態の言っていることの八割は、全く理解できない。残りの二割は理解しようとも思わないが。
どちらにせよ、彼女は理解の出来ない変態であることを再認識した。リヴの『絶対に殺してやりたい人間ランキング』現在一位独走中の女は、言うことが一般人とは違っている。
やはりこの女とは分かり合うことなど出来ない。
というか、死ぬまで分かり合いたくない。死んでも分かり合いたくない、こんな炎に対して欲情するような変態とは。
黒い雨合羽の袖から軍用ナイフを引き抜きながら、リヴはいつものように言う。
「そんな変態には死んでもらいましょう。地獄の底は年中無休で燃えているみたいなので、アンタみたいな変態には天国に感じるでしょう?」
「死んでも炎に包まれるなんて素敵ねー。でも、ウチはまだ生きていたいかなー」
アリシアはパーカーのポケットからマッチの箱を取り出しつつ、
「だってその方がー、たくさん燃やせるしー、たくさん炎が見れるでしょー? ウチ、燃えてるところを見るのが好きなんだー」
「そうですか、大いに興味ないですね。とっとと死んでください」
そう言って、リヴは一歩だけ後ろに退がった。
それが合図になると信じていた。
彼なら――相棒の狙撃手なら、この意味に気付いてくれるはずだと。
アリシアは「は? 何退がってんの?」と疑問を抱いているようだが、リヴがメッセージを送ったのは目の前の変態ではない。
――――――ァァン。
細く長い銃声が夜空に響き、同時にアリシアの側頭部が外から放たれた弾丸に射抜かれる。
本来であれば人間を相手に向けてはならない対物狙撃銃を使っているので、その衝撃は凄まじいものだ。
だが、彼女には傷一つない。クタリと膝から崩れ落ちたマッチ売りの変態は、規則正しい寝息を立てて夢の世界へと旅立った。
そんな哀れな少女を見下ろし、リヴは相棒の飛び抜けた命中率に舌を巻いた。
「相変わらず凄いですね」
ぶっちゃけ、リヴは狙撃が苦手である。
敵が出てくるまで待っていることが嫌だし、そもそも絶好の狙撃ポイントを見つけるのも面倒だ。それなら単身で敵陣に切り込んで、最後は自爆でもしたほうがマシである。
相棒の忍耐と狙撃の命中率は、リヴですら真似できない。
『おにいちゃん、電話だみょん。おにいちゃん、電話だみょん』
火事現場の緊張した空気をぶっ壊すように、リヴの懐からロリボイスが爆音で流れた。
ゴソゴソと雨合羽の下を漁り、携帯電話を引っ張り出す。
見慣れた液晶画面には、見慣れた名前と電話番号が並んでいた。黒い手袋で覆われた指先が、自然と通話ボタンに触れる。
「もしもし」
『成功した?』
「ええ。寸分の狂いもなく」
『狙撃を外すようになったら、リヴ君に殺してもらおうかな』
「それなら僕は後追い自殺をしても?」
『そうなった時にはね。今はまだ外してないでしょ』
電話の向こうで苦笑する相棒――ユーシア・レゾナントールは、
『それで、そこの変態ちゃんはどうする?』
「炎に欲情するような変態ですよ? 最期なんて決まっているでしょう」
電話口でリヴは当然だと言わんばかりに笑い、
「火葬ですよ」
『やっぱり?』
「シア先輩も予想してたんですね」
『そりゃあ、まあね。一応そんな文化が極東の方にあるってのは聞いたことがあるよ』
ユーシアも火葬文化について知っているとは、さすが相棒である。伊達に年を食っていない。
そんなことを言えば、ユーシアがこちらに向かって弾丸を撃ってきそうだ。あれは人体に影響がないだけで、無機物には大いに影響するのだ。大切な商売道具が軒並みお釈迦にされかねない。
なので、リヴは「さすがですね」とだけ言っておく。この相棒、意外と年齢について気にしているのだ。もうすぐ三十路だからだろうか。
電話の向こうで『なーんか失礼なことを考えてるような気がするなぁ』とユーシアは不満げに言い、
『まあいいや。それより、ユーリさんから貰った薬はまだ残ってるの?』
「残っていますが」
ユーシアから受け取った小さな瓶の薬は、驚くほどの威力を発揮した。
マッチ売りの少女の【OD】が有する異能力のように、ほんの少し床へ振りかけただけで建物一棟を全焼させてしまうのだ。
さすが【DOF】の開発者に弟子入りしただけはある。可能であれば【DOF】と一緒に売ってもらいたいほどの威力だ。
『それ全部使っちゃったら?』
「いいですね」
『あ、でも危ないかな? リヴ君って今、燃えてるビルの近くにいるもんね』
「問題ないですよ」
『そう?』
「ええ。だって――」
リヴは片手で携帯電話を掴み、ナイフをしまったことで空いた手で眠るアリシアの襟首を掴む。
眠りながら、彼女は「えへへへー」と笑っていた。
大好きな炎にでも囲まれている夢を見ているのだろうか。そうだとすれば、現実でもその夢が叶う。
乱暴にずるずるとアリシアを引っ張ると、リヴは問答無用で燃え盛る雑居ビルへと眠る変態を投げ込んだ。
「こうですよ、こう」
『うん、納得できちゃった。やるよねぇ』
「そしてさらに炎を増やします」
『増やすの?』
「増やします」
お料理番組でも演じるかのように、リヴは「こちらのお薬を使います」と雨合羽の袖から中身が減った小瓶を取り出す。
だいぶ建物を燃やしたので、薬の量もかなり減っている。
ちゃぽちゃぽ、と小瓶の中で透明な薬を揺らすリヴは、紅蓮の炎に包まれる雑居ビルの入り口へ小瓶ごと投げ入れた。
「ぽーい」
『わーお』
電話の向こうでユーシアが『豪快だねぇ』と笑った。
『全部やっちゃった』
「やりましたね」
『凄く燃えてるよ』
「ええ、温かいを通り越して熱すぎます」
ごうごうと燃える炎は、リヴの肌さえも焼き焦がしそうな勢いだ。
雑居ビルの原型はもはやなく、夜の闇を照らす火柱と化したビルだったものを見上げてリヴは「戻りますね」とユーシアに告げた。
「帰ったら患部を冷やして、念の為に病院へ行きましょう」
『え、やだ』
「やだじゃないですよ。いい大人じゃないですか」
『やだよ。だって、俺たちが行く病院って闇医者じゃん』
「そうですね」
『俺の足が無事じゃ済まないよ。絶対に何かやばいものに付け替えられるよ』
「もしかしたら増やされるのでは?」
『嫌なことを言わないでよ、リヴ君。自分は行かないからって』
「僕はこの前行きましたもん」
『他人事だなぁ!!』
「実際、他人事ですからね」
それでは、とリヴは通話を切り、ふと顔を上げた。
遠くの方でサイレンが聞こえる。
おそらく、誰かが火柱に反応して通報したのだろう。あるいは、雑居ビルを根城にしていたホームレスが、自分の住処が燃えていることに気づいたか。
どちらにせよ、今からここを離脱するリヴには関係のないことだ。




