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第6話【ならば燃やし尽くして考えろ】

 逃げるマッチ売りの少女の【OD】――アリシアを追いかけた先でリヴが見たものは、ごうごうと燃え盛る雑居ビルだった。


 窓ガラスは割れ、夜の闇を炎の赤が照らしている。

 焼け落ちた看板には確かに『サウザンビルディング』とあり、相棒である狙撃手が隠れ場所として使っていたビルだ。ものの見事に焼き尽くされて、壁は黒ずみ、部屋の中身は紅蓮の炎に包まれる。



「…………嘘だ」



 ここに、彼はいたはずだ。

 純白の対物狙撃銃を携えて、どんな相手でも必ず仕留めることが出来るほどの腕前を持つ天才狙撃手たる相棒が。


 呆然と立ち尽くすリヴは、ごうごうと燃え盛る雑居ビルを見つめながら相棒の名前を叫んでいた。



「シア先輩!!」

「はーい……」

「うわッ」



 リヴは驚いた。それはもう、珍しく。


 炎に包まれる雑居ビルに取り残されていると思っていた相棒だが、まさかすでに逃げおおせているとは悪運が強いというか何というか。

 その相棒だが、燃え盛る雑居ビルの向かいにある同じような雑居ビルの壁に背中を預け、脂汗を掻きながら純白の対物狙撃銃を抱えていた。咥えた煙草が徐々に短くなっていき、ポトリと灰が地面に落ちる。


 立ち尽くすリヴに対して手をひらひらと揺らす相棒の狙撃手――ユーシアは、



「いやぁ、やっちまったよねぇ。窓から飛び出して着地したら、足を挫いちゃってさぁ」

「…………」

「本当に間抜けなものだよ。リヴ君……リヴ君? どうしたの、リヴ君。凄く怖い顔をしてるけど」



 苦笑いを浮かべるユーシアに指摘され、リヴは胸の内側を支配する感情を言葉として吐き出す。



「あのアバズレ、絶対に許しません。シア先輩に怪我を負わせるなんて、死を以てその罪を償わせます」

「いやいや、ただの俺のドジじゃん。確かに隠れてるビルを燃やされるのは想定外だけど、そこまで重く受け止めることはないと思うんだけどな」

「それでも殺してやらなきゃ気が済みません」

「まあ、俺も殺してやるのは大賛成なんだけどね」



 ふぅ、とユーシアが紫煙を吐き出す。


 煙草独特の臭いが、リヴの鼻孔を掠めた。

 リヴは煙草の臭いがあまり好きではない。対するユーシアはかなりの愛煙家で、煙草であれば何でも好きだと言うほどだ。チンピラの白雪姫を殺した時も、彼が愛銃を持たずに煙草を求めて外出したからだ、


 表情にでも出ていたか、ユーシアは「ごめんね」と軽い調子で謝罪してから煙草の小さな火を消す。



「リヴ君、煙草の臭いが嫌いだったね」

「ええ、まあ。でも吸ってるシア先輩の姿は、カッコいいと思いますよ」

「褒めても弾丸しか出ないよ」

「生きてさえくれれば、僕はそれでいいです」



 そう言って、リヴはユーシアの足元にしゃがみ込んだ。


 伸ばされた右足に手を添えると、ユーシアが「づッ」と呻く。どうやら挫いたのは右足の方らしい。

 状態を確認してみるが、折れた様子はない。この程度の捻挫なら、二日もあれば治るだろう。


 しかし、この状況で怪我はまずい。マッチ売りの少女の【OD】は逃げてしまい、今から探して追いかけるには時間がかかる。

 リヴの実力であれば探して殺す程度など造作もないが、怪我をしたユーシアを気にしながらだと難しい。当然、ユーシアもお荷物になるつもりはないらしい。


 ユーシアもそれを理解しているようで、砂色の外套の内側から「これを使おうか」と言う。



「これは――」

「そう、ユーリさんに貰った幽霊退治のお薬」



 小さな瓶の中で揺れる透明な液体は、このゲームルバークでも大流行している【DOF】を生み出した魔法使いの弟子が作った薬だ。

 彼は幽霊退治に使えるお薬だと言っていたが、その効力はお墨付きだ。予想通りの効果だと思っていいだろう。


 ちゃぽちゃぽと薬の入った瓶を揺らすユーシアは、リヴに瓶を押し付ける。



「どこかに行ったのなら、誘き寄せればいい。そうでしょ?」

「そうですね」



 小瓶を握り込んだリヴは、真っ黒な雨合羽レインコートのフードの下でニヤリと笑う。



「あれは変態ですから。だから僕にお任せください。怪我人のアンタは、固定砲台にでもなってください」



 ☆



 固定砲台にでもなってください、と言われたが、狙撃手とはそんなものである。


 無事な雑居ビルの屋上を陣取り、ユーシアは煙草を吹かせる。

 相棒の青年は煙草の臭いが嫌いなので、隠れて吸うことにしているのだ。煙の臭いが嫌いなら電子タバコにでも変えようかと考えているが、紙巻きの方が昔から馴染みがあるのだ。


 三脚で支える純白の対物狙撃銃を一瞥し、ユーシアは「ふぅ」と紫煙を吐き出した。



「……懐かしいな。父さんが吸ってたんだよなぁ」



 この煙草の銘柄は、育ての父親が吸っていたものだ。


 育ての父親はユーシアと同じくかなりの愛煙家で、母親からよく注意されていた。成人した時にユーシアへ自分の吸っている煙草を一本だけ送り、一緒に並んで吸った記憶がある。

 幼い妹を副流煙で肺癌のリスクに晒してしまうのはどうかと思ったので、煙草を吸うようになってからユーシアも父親と一緒に隠れるようになったが。


【DOF】に手を出し、名声と常識を捨て去りながらも、なおも古い記憶だけは捨てられなかった。



「さて、リヴ君はどうしたかな?」



 挫いた右足に気を遣いながら、ユーシアは体勢を変える。


 うつ伏せになって純白の対物狙撃銃に取り付けた暗視用の照準器スコープを覗き込むと、誰も使っていない雑居ビルの群れに火柱が上がる。

 照準器スコープの向こう側で、一部分が真っ白に染まる。ごうごうと燃え盛るおかげで、夜の闇が散らされた。



「うん、装備を変えた方がいいな」



 ユーシアはすぐに上体を起こすと、ライフルケースからいつも使っている照準器を取り出す。


 暗視用の照準器を外していつもの照準器を取り付ければ、二つ目の火柱が勢いよく上がった。

 どうやらリヴは、相手を本気で殺すべく大盤振る舞いをしているようだ。随分と太っ腹な相棒である。



「やだなぁ、今時の若いのは。血の気が多いねぇ」



 寝そべった状態でユーシアは「俺が一九歳の時って何してたっけ」とぼやく。


 まあ、育った状況が状況である。

 ユーシアは血の繋がりがないけど、一応は一般家庭の出身だ。リヴは生まれてから現在まで裏社会で生きてきた、生粋の殺し屋である。血の気が多いというより、あれが普通なのだろう。


 三つ目の火柱を確認し、ユーシアは通り道に注目してみる。


 人通りのない道に人の姿は確認できないが、それでも時間の問題だろう。

 あのマッチ売りの少女の【OD】は炎に対して欲情する。生産性のない炎を相手にウットリしてしまう変態なので、絶対にやってくるはずだ。



「お」



 四つ目の火柱が上がったところで、すぐさま五つ目の火柱が夜の闇を照らす。


 その分だけ雑居ビルが燃えていく。

 被害総額を見れば悲惨なものになるだろうが、残念ながら持ち主不明の雑居ビルなど燃えたところでユーシアたちの懐が痛くなる訳ではない。まあ、燃えた雑居ビルを根城にしていたホームレスが嘆くだけだろうが。


 四つ目の火柱のあとにすぐ五つ目が上がったということは、どちらかがマッチ売りの少女の【OD】によるものか。



「あ」



 通り道に注目していたユーシアが見たものは、邪悪さが前面に押し出された真っ黒てるてる坊主と、何故か身体をクネクネさせている少女が向かい合っている場面だった。


 とうとう現れたのだ。

 誘いに乗ってあのマッチ売りの少女の【OD】が。


 ユーシアは舌で唇を湿らせて、照準器スコープを覗き込む。

 十字線レティクルに少女を配置し、引き金に指をかけてその瞬間を待つ。



「さあ、どのタイミングで眠ろうか?」



 仕留める瞬間は、すぐそこだ。

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