表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/88

第4話【炎に欲情するマッチ売り】

「まだですかねぇ」

「まだだねぇ」



 しなしなにしぼんだフライドポテトを口に運びながら、ユーシアとリヴはマッチ売りの少女の【OD】を待つ。


 時刻は夜の八時を回った頃合いだ。

 窓の向こうは夜の闇に包まれており、不思議と外の世界は静かな雰囲気によって支配されている。誰かの罵声や銃撃の音すらも聞こえず、カチコチという古びた時計の音だけが室内に落ちる。


 普段なら幽霊という名の放火魔が現れるはずだが、今日はどこの建物も燃やさないつもりだろうか。



「退屈になってきました。ご近所へ挨拶代わりの喧嘩でも売ってきましょうかね」

「止めなよ」



 ユーシアは機械的に萎びたポテトを消費しながら、



「マッチ売りの少女の【OD】がいつ来るか分からないしさ。もしかしたら普通にチャイムを鳴らしてくるかもしれないよ?」

「そんな間抜けな真似をしますかね。マッチ売りの少女って」

「今時のマッチ売りの少女は訪問販売をする営業方法を学んでいるんだよ、きっと」

「迷惑なんで来た瞬間に殺していいですかね?」

「それはもう、ご自由にどうぞ」



 いつもの調子で会話を交わす二人だが、ピンポーンというチャイムの音が聞こえて黙り込む。


 ユーシアとリヴが占領する部屋のチャイムではない。

 扉の向こうからかすかに聞こえてくるチャイムの音は、隣の部屋のものだった。どうやら、隣の部屋に来客があったようだ。


 何かを察知したリヴが、足音を立てずに玄関へ向かう。

 薄暗い玄関へ消えていく真っ黒なてるてる坊主の背中を見送ったユーシアは、ライフルケースから純白の対物狙撃銃を拾い上げる。薬室に弾丸を装填すると、いつでも発砲できるように準備する。


 扉に張り付くリヴは、ほんの少しだけ玄関の扉を開ける。僅かに開かれた扉の隙間から、隣人と来客による会話が漏れて聞こえてくる。



「あ? 誰だよお前」

「夜分遅くにすみませーん、訪問販売なんですけどー」

「訪問販売ィ? いらねえよ、何も。帰れよ」

「そう言わずにー」



 間延びしたその声は少女を思わせるが、姿が見えないので想像が出来ない。


 訪問販売に来たと言う少女を怪しむ隣人に対して、少女はのんびりと間延びした声で「こちらですー」と商品を紹介する。

 その商品が紹介された瞬間、リヴが玄関から飛び出したが。



「こちらのマッチで――――ぎゃッ!!」



 汚い悲鳴。


 玄関から勢いよく飛び出したリヴが、姿の見えない少女を相手に何かをする。殺した気配はなく、少女の「止めて、離して!!」という絶叫が扉を介してユーシアの耳に触れる。

 遅れて、玄関の扉を蹴飛ばさん勢いで開けたリヴが、少女の薄汚れたパーカーの襟首を引っ掴んで戻ってきた。襟首を掴まれたままの少女はなおも抵抗を続けるが、ユーシアの前に突き飛ばされて「あうッ」と呻き声を漏らす。


 銀髪と呼ぶには色素の薄い、まるで白金色のボサボサの髪。長い前髪の隙間から赤い虹彩が覗き、ユーシアを恨めしげに睨みつけている。

 一〇代後半と思しき少女は「ちょっとー、何よー」と悪態を吐くと、



「ウチの商売を邪魔しないでほしいんだけどー」

「マッチを差し出した時点で分かってんですよ」



 少女の頭を踏みつけたリヴは、黒い雨合羽レインコートの袖から小さなナイフを滑り落としながら言う。



「アンタがマッチ売りの少女の【OD】ですか?」

「はあ? 何言って――」

「惚けた場合は殺しますよ。まあ、口を割っても殺しますが」

「どっちにしろ殺すとかー、本当に頭が狂ってるんだねー」



 頭を踏みつけられた状態の少女は、観念したように自分の情報を明かす。



「はいはい、そーですよ。ウチがマッチ売りの少女の【OD】でーす。アリシアって言いまーす」

「名前なんてどうでもいいですよ」

「うげえッ」



 グリ、と強めに少女――アリシアの後頭部を踏みつけて、リヴはナイフを振り上げる。


 部屋の明かりを反射する鈍色の小さな刃。

 今まさに、鋭い切先が少女の背中を抉ろうと振り下ろされる。


 ユーシアはその瞬間を見逃さないように、純白の対物狙撃銃を構えていた。照準器スコープを覗き込み、十字線レティクルの上で床に縫い留められる少女を捉えて。

 ――何故か視界の端で、赤い何かがチラついたのはその時だった。



「リヴ君!!」



 ユーシアは即座に叫んでいた。



「その子を部屋の外に投げて!!」



 ナイフを振り下ろさんとしていたリヴは、寸前でその行動を切り替える。


 うつ伏せに押し倒されたアリシアの襟首を引っ掴むと、真っ黒に塗り潰された窓めがけて投げつける。

 綺麗な放物線を描き、割れた窓ガラスと共に外へ放り出されるアリシア。火事場の馬鹿力とでも言うべきか、片腕一本で少女をぶん投げられるリヴの腕力には素直に驚いたが。


 そんなことはどうでもいい、もうどうでもいいのだ。

 間一髪のところで、ユーシアとリヴは二人仲良く焼死体にならなくて済んだ。



「――うわ」

「――おー、凄いですねぇ」



 次の瞬間、ベランダの向こう側が盛大に燃えた。


 夜の闇を照らすほどに赤々とした炎が、勢いよく燃えている。

 何を燃やしているのか定かではないが、とにかく燃えている。とてもとても燃えている。凄く燃えている。


 ユーシアは死んだ魚のような目で燃え盛るベランダの向こうを眺め、リヴはちょっと興奮気味な様子で炎を観察していた。ついでに拍手もしていた。



「凄いですね、何もないところが勢いよく燃えてますよ」

「そうだね」

「一体どういう状況なんですかね?」

「分からないね」

「シア先輩、もしかして現実逃避してます?」

「してるね」



 自分に眠り姫の【OD】としての異能力が通じないことが悔やまれる。

 もし異能力が通じるのであれば、即座に自分のこめかみを撃って眠りの世界に旅立っていた。だが、それをすれば間違いなくユーシアはあの世行きである。


 現実逃避すら許されないのか、とユーシアはひっそりため息を吐き、



「二人で一緒に見よっか」

「いいですね。せーの、で見ますか?」

「いいよ」

「では――――せーの」



 燃え盛るベランダの向こう側を、ユーシアとリヴは同時に見下ろした。


 夜の世界を煌々と照らす火柱を見つめ、アリシアと名乗った少女はウットリとした表情を浮かべていた。

 頬は上気し、瞳は潤み、恍惚とした表情で火柱を見上げる彼女は、明らかに燃える炎を相手に欲情している様子だった。変態的な一面を目撃してしまった瞬間である。


 しまった、これ非常に気まずい。


 ユーシアとリヴは揃って火柱を相手に興奮する少女から視線を外し、部屋に戻って作戦会議を開始する。



「待て待て待て、待ってお願い待って。状況が読めない。炎を相手に興奮することってあるの? ねえ、教えて誰か!!」

「まあそういう性癖があるとは聞いたことありますが、まさかあんなに興奮するとは思わないじゃないですか。炎が恋人ですか? 生産性なくないですか?」

「せめて人間相手であってほしかったよね」

「多分、燃えている人間なら興奮するんじゃないですか? 試しに隣人でも燃やしてみます?」

「その案を是非とも採用したいところだけど、落ち着こうリヴ君。今はあの変態少女をどうにかして殺そう」

「ですね。僕もそれに賛成です」



 何しろ、外にぶん投げてしまったのだ。

 分かりやすく言えば、外に逃してしまったのである。これは非常に危険だ。


 相手が逃げれば、次に狙われる家屋がある。別に他人がどうなろうが勝手だし、ユーシアとリヴが気にする訳もないのだが、また家にやって来られても困る。可能であれば、ここで始末してしまいたい。


 リヴはベランダの手すりに足をかけると、



「僕は先に行きますね。シア先輩はあとから追いかけてください」

「了解、リヴ君。健闘を祈るよ」

「必ず追いついてくださいね。でなければ――」



 赤々とした炎が、真っ黒な雨合羽のフードに隠されたリヴの顔を照らす。


 彼は笑っていた。

 いつものように不敵に口の端を吊り上げ、黒曜石の瞳を緩やかに細めて。



「――僕は焼死体になっているかもしれませんので」

「死なせないよ」



 ユーシアもまた綺麗に笑いながら、自分勝手に死のうとする相棒に言い放つ。



「俺がまだ生きているのに、普通に死なせると思う?」

「そうでしたね」

「そんなつまらない死に方を選ぶんだったら、一緒に出頭でもしようよ」

「それこそつまらないじゃないですか」



 彼らにとって他愛のない会話を交わして、リヴはベランダから、ユーシアは玄関から部屋を飛び出す。


 炎に興奮する幽霊を退治しようではないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ