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第3話【幽霊退治の心得】

 ――アンダーグラウンド。


 ゲームルバーク大図書館の地下に広がる別世界のことである。

 決して夢や妄想とかではなく、ここでは【DOF】の取引が盛んに行われている。いわば【DOF】の激戦区である。


 ここに何の用事があるのか、と問われれば、このアンダーグラウンドにユーリが店を構えているのだ。


 ユーリはユーシアの元同僚でもなく、リヴの元同僚でもない。

 彼は【DOF】の調合を仕事とし、他にも二次創作でよく出てくるお約束な魔法の薬を作っては好事家相手に商売をして儲けているのである。薬のことであれば彼以上に知識を持っている人物を知らない。



「で? 幽霊退治って本気かよ」

「割とね」



 ネアとスノウリリィの荷物を運び込みながら、ユーシアはユーリへそう返す。


 ユーシアだって、この年齢で幽霊退治に挑むなど正気かと思った。

 まあ【DOF】を常飲している時点で、すでにもう正気の沙汰ではないが。それでも、幽霊退治などフィクションの出来事だと考えていた節がある。


 カウンターで薬を調合中のユーリは、



「そんなに多くなってんの? ゲームルバークの事故物件」

「大半が事故物件だよ。どれだけの人間が殺されてると思ってんの?」

「愚問だったわ。家に押しかけてまで殺す奴とかいるからな、世の中ってのは」



 裏の世界において、家の施錠などあってないようなものだ。

 どれだけ頑丈にロックしていても、力技で開けようとする単細胞な馬鹿が少なからず存在する。まして【OD】だった場合、確実に扉は破られるし家も無事で済まない可能性が非常に高い。


 ユーシアはやれやれと肩を竦めると、



「本当に、今までよく無事で生きてきたと思ってるよ」

「お前って運がいいのか悪いのか分からねえよな」



 すると、ちょうどネアとスノウリリィの荷物を運び終えたリヴが、ユーシアとユーリの元までやってくる。

 どこか遠くで話の内容を聞いていたらしい真っ黒なてるてる坊主は、



「ところでお聞きしたいのですが」

「何だよ」

「幽霊って掃除機で退治できますかね?」

「は?」



 何かの薬品を調合中のユーリは、突拍子のないリヴの質問に作業を一時的に中断する。


 一方でそんな質問をしたリヴは、割と本気の様子だった。

 黒い雨合羽レインコートの下にある彼の表情は、揶揄からかいや冗談を言うような雰囲気ではない真剣そのものである。まさか本気で掃除機を装備して幽霊を退治しようと言うのか。



「……え? お前、ゴーストバスターにでも転職するの?」

「僕はいつだってシア先輩に永久就職ですが?」

「やめてくれない? それって違う意味に聞こえるから、本当に語弊のある言い方はやめてくれない?」

「いつでもどこでも、アンタの側から離れない。二四時間監視サービス、リヴ・オーリオです」

「リヴ君、それって相棒とは呼ばない。世の中はストーカーって呼ぶんだよ、そういうの」



 そうだった、リヴは真顔で冗談を言う性格だった。ほとんど表情に変化がないので、どんな時でも真顔であることを忘れていた。



「まあ、掃除機で撃退したいのは本気ですが。幽霊退治のエキスパートではないんで、一般人でも手っ取り早く幽霊退治が出来る道具か何かないですかね?」

「お経でも唱えれば?」

「僕、外なる神に対する称賛の祝詞しか知らないのですが」

「いあいあってか。探索者にでもなる気かお前」

「僕はいつでも未知の探求者ですよ。今はシア先輩のただれた過去を知りたいですね」

「俺の過去は爛れてないですぅ。変な言いがかりはよしてください」



 いちいち引き合いに出されるのは何故だろうか。

 ちょっと最近のリヴの言動に、いまいち理解が示せない。自分の何がそんなに琴線に触れるのだろう。


 ユーシアとリヴの漫才を片手間に聞きながら、ユーリは「はい、完成」と薬をカウンターに置く。



「幽霊退治に行くんだろ? なら、こいつを持っていけよ。特別に無料にしてやるから」



 カウンターに置かれた薬は、小瓶に入った透明な液体である。

 きちんとコルクの栓で口が閉じられ、ユーリが瓶を揺らすたびにちゃぽちゃぽと音を立てる。何かの飲み薬か、それとも別の何かか。


 小瓶を摘み上げたユーシアはリヴと顔を見合わせると、薬の製作者であるユーリに問いかける。



「ユーリさん、この薬って一体何?」

「ぶっかければ燃える薬」



 彼らの言う『幽霊退治』の意味をしっかりと理解しているユーリは、カウンターに両肘をついてニッコリと笑う。



「じゃあ、頑張れよ。幽霊退治」



 本当にこの男は、意外と侮れない。



 ☆



 問題の建物は写真通りに綺麗な外観で、内装もどこも汚れている気配はない。


 ただ、部屋はそのままの状態で残されていた。

 明らかに手のつけられている途中だった食事に、ひっくり返された椅子。まるで何かが唐突に部屋へ押し入ってきたので、慌てて逃げ出したと言わんばかりの風景だ。


 必要最低限の荷物だけを持って部屋の中へ足を踏み入れたユーシアとリヴは、まず間取りを確認する。



「個室が二つ、リビングが一つ、キッチンが一つですね。なかなかの間取りでは?」

「まあ、あの狭いアパートで四人暮らしをしていた時よりもマシな生活が出来そうだね」

「僕の部屋は浴室がいいんですけど」

「どうしてそこまで浴室にこだわるのか、俺には理解できないんだけど?」



 とはいえ、部屋の状態は上等な方だ。

 この家屋の不法占拠が横行するゲームルバークで、ここまで綺麗な状態で残されている建物など早々お目にかかれない。運がいいと言えばいいのだろう。


 ただし、ここも焼かれてしまっては元も子もないが。


 放置状態のソファに「よっこらせ」と腰掛けたユーシアは、



「ここに住むのでいいかな?」

「構いませんよ」



 ひっくり返った椅子に座るリヴも、この部屋に住むことは賛成な様子だ。


 さて、次の問題である。

 ここにマッチ売りの少女の【OD】を焼かれたら、また住居の探し直しである。こんな綺麗な状態で残されている部屋は見かけないので、可能であれば手放したくない。


 ならば、マッチ売りの少女の【OD】を殺すまでだ。



「放火魔っていつ出てきますかね」

「夜じゃないかなぁ」

「食事はどうします? あと、ガスと水道などのライフラインは?」

「使えるならそのまま使いたいけど、どうせ死んでるでしょ。今日のところは出来合いをそのまま買ってきて、マッチ売りの少女の【OD】が出てくるまで待機しよう」

「まあ、その頭のイかれた放火魔を殺せばこっちの勝ちですからね」

「そういうこと」



 リヴは「分かりました」と頷くと、



「では、僕が夕飯の調達に出かけます。シア先輩は見張りを」

「うん。念の為に変装はして行ってね」

「この部屋のもので十分に足りそうですね。用意します」



 そう言い残して、リヴは近くの部屋に姿を消した。


 しばらく彼はクローゼット内をゴソゴソと漁り、衣装を取り出しては「これは似合わない」「これはダメですね」「大きすぎます」などとぶつくさと呟いている。

 ようやく着替えが終わって部屋から出た相棒の姿を見たユーシアは、思わず吹き出してしまっていた。



「いかがですか?」



 その場でくるんと一回転すれば、彼の身につけたスカートが揺れる。

 ほっそりとした足は黒いタイツに覆われて、家主のものだろう茶色いショートブーツを完璧に履きこなしていた。化粧はしていないが、顔立ちが少女めいているので、十分に似合っている。


 リヴの今の格好は、女装だった。

 花柄の可愛らしいワンピースに、肩を隠すように淡い桃色のジャケットを羽織っている。鞄は白い手提げで、赤いリボンがアクセントを加える。


 全体的に線が細く、身長もあまり高くないリヴは、この部屋の主人の衣服が入らなかったのだろう。仕方なしに女性服を身につけることで、性別を偽る作戦に出たようだ。



「リヴ君さ、本当によく女装が似合うよね」

「褒めてます?」

「褒めてるよ」

「では素直に褒め言葉として受け取っておきます」



 リヴは鞄の中身に入りっ放しになっていた財布の中身を確認し、



「では行ってきます。留守番をお願いしますね」

「はいはい。何かあれば電話してね」

「了解です」



 パタパタと部屋を出て行くリヴを見送り、ユーシアは小さく息を吐く。それからライフルケースの中から、純白の対物狙撃銃を取り出した。

 愛銃を構えてベランダに歩み寄り、やや汚れた手すりに白い銃身を置いて外を観察する。


 照準器スコープを覗き込み、それらしい人物がいないか確認して、ユーシアは呟いた。



「来れるものなら来てみなよ、放火魔」



 どうせなら、派手に殺してやる。

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