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第7話【星に命乞いを】

 バー『スターゲイザー』は、ラグーンビルと呼ばれる商業ビルの一番上にある会員制のバーだ。


 会員証を持っていないユーシアは他人から強奪することも考えたが、自分の得意なことを生かした戦い方を選択する。

 あのラグーンビルとメロウホテルはそれほど距離がないので、狙撃銃で十分に狙える。ホテルよりもラグーンビルの方が少しだけ高く、ホテルの屋上からバーを狙撃した方がいいだろう。


 エレベーターに乗り込んで、屋上階を選ぶ。

 屋上は『天空回廊』と名付けられた綺麗な屋内型の庭が広がっていて、ちょっとしたカフェでコーヒーを飲みながら季節関係なく咲き誇る花を眺めることが出来るようだ。時間帯もあってか、客はそれほどいない。


 カフェの店員が退屈そうに欠伸をしている横を素通りし、ユーシアはガラスに覆われた綺麗な箱庭を出る。



「うんうん、この辺りかな」



 びゅおお、と冷たい風がユーシアのくすんだ金髪を乱す。


 宝石箱をひっくり返したかのような素晴らしい夜景を眺めながら、背負っていたライフルケースを足元に置く。

 箱の中で横たわる純白の対物狙撃銃をそっと拾い上げ、腹這いになって武器を構えた。三脚で銃身を支え、照準器スコープを覗き込む。


 十字線レティクルの向こうでは、楽しそうに酒杯を酌み交わす男女が映り込む。


 狙撃銃で狙われているにも関わらず、彼らは呑気なものだ。

 獲物がいないのであれば客の一人や二人ぐらい強制的に夢の世界へ旅立たせてもいいのだが、今回は別の人物が獲物だ。



「いた」



 ユーシアは小さく呟く。


 照準器の倍率を変えて店内を見渡せば、奥側にあるカウンターで二人の男女が並んで座っていた。


 片方は、昼間にリヴがボコボコにした鼻の高い男だ。名前はウルスラ・ロッシと言ったか。興味がないのでウスノロとでも覚えておこう。

 もう片方は、綺麗な女性だ。艶やかな黒髪に白いケープを羽織り、黒いイブニングドレスが似合うお淑やかな女性である。憎たらしい男を相手に優雅な笑みを見せるが、顔立ちがどこか知っている人物に似ている気がする。


 多分、あの女性がリヴだ。女装した姿はあまり見たことはないが、本気を出すとあそこまで綺麗に着飾ることが出来るのか。



「綺麗だなぁ、リヴ君。――いや俺はそういう趣味持ってないけどさ」



 男の目線から見ても、リヴの本気の女装は綺麗だと思う。


 そんな彼に言い寄る男は、やはり昼間のピノキオ野郎で間違いないだろう。

 鼻の部分にガーゼが当てられているので、バネみたいにボキボキに折られた鼻を治療してもらったのだろう。情けない面になっているのに、美人を相手に一生懸命格好をつけている。


 リヴは男に言い寄られて必死に笑顔を取り繕っているが、いつ拳を振り抜いてもおかしくない。



「待っててね、リヴ君」



 引き金に指をかけ、リヴとウルスラの間にある酒瓶を狙う。



「――今、お前さんを動きやすくしてあげるから」



 これはリヴが自ら選んで、ウルスラの命を取ると決めたのだ。


 だから、ユーシアはあくまで後方支援に徹するのだ。

 彼を動きやすくしてやる為に、狙撃手として出来ることをする。



「あとウスノロ、うちの相棒に近づかないで。気持ち悪い」



 聞こえていないのをいいことに、ユーシアはウルスラに対して暴言を吐き捨てて引き金を引く。


 タァン、と絞られた銃声が夜の街に響く。

 射出された弾丸がバーの窓ガラスを粉砕し、リヴとウルスラの間を通り抜けて酒瓶を粉々にする。棚をビチャビチャに濡らす酒が飛び散り、客も顔を引き攣らせて机の下に潜り込む。


 リヴが、一瞬だけこちらを向いた。

 照準器越しに視線を合わせ、ユーシアは言う。



「頑張って、リヴ君。後方支援は任せてね」



 嘘を信じ込ませるピノキオの異能力は、ユーシアでは部が悪すぎる。


 だから、ここは優秀な相棒に任せるのだ。

 きっと彼ならやってくれる。



 ☆



「な、何で……どこから撃ってくるであるウヒィ!?」



 ウルスラの足元に狙撃銃の弾丸が突き刺さり、情けない悲鳴を上げて逃げ回るピノキオ野郎。なんと滑稽なことか。


 不可視の弾丸を相手に不恰好なダンスを踊るウルスラを見て、リヴは声を押し殺して笑った。

 全く、この相棒は遊び心のあることをしてくれる。客も撃たれるたびに悲鳴を上げ、亀みたいに頭を机の下に押し込んでいるので、こちらに見向きもしない。


 今がチャンスとは、まさにこのことを示していた。



「ありがとうございます、シア先輩。存分に活用させていただきます」



 リヴは小声で相棒に対する感謝を述べ、バーカウンターを飛び越える。


 驚くウルスラを無視して割れた酒瓶の破片を拾い上げると、あらかじめ鞄の中に詰めてきた手袋を装着してから武器として握りしめる。

 尖った先端は、即席のナイフとしても活用できる。心配そうにバーカウンターを覗き込んできたウルスラの左目に向かって、勢いよく突き出した。


 ぐちゅり、と眼球が抉れて鮮血が噴き出る。

 ウルスラの激痛による悲鳴が、他の客の悲鳴を掻き消すかのように響く。



「いッ、な、にをするので、あるか!?」

「何をする? おやおや、随分なことが言えますね。自分が売ってきた喧嘩をもうお忘れですか?」



 リヴはあえて口調を元に戻し、左目から血の涙を流すウルスラを見やる。



「それとも、アンタは本気で僕のことを好きになったんですか? だとしたら気持ち悪いですね。とっとと死んでいただけると嬉しいのですが」

「き、貴様、その喋り方……!!」



 ウルスラもようやく思い出したようだ。


 震える指先は血に汚れ、はくはくと口を開閉させる。

 無様な男の口から自分の名前が飛び出すより先に、リヴはウルスラの側頭部へ回し蹴りを放った。硬いつま先が、彼の頭に突き刺さる。



「ぅぐッ」



 呻き声を上げ、ウルスラは床に倒れ込んだ。


 左目を押さえて呻く男の顔面を踏みつけ、リヴは「無様ですねぇ」と嘲笑う。

 本当に可哀想な男だ。自分好みの美人が言い寄ってきたと思ったら、それは指名手配されたゲームルバークで一番の悪党で、さらに狙撃手から狙われるし散々な最期だろう。同情する気には一切なれないが。



「どうしますか? 命乞いでもしてみます?」

「こ、この……!!」

「あー、ちなみに嘘は通用しませんよ。僕も同じような嘘吐きでしょう?」



 相手の懐に潜り込み、騙すことこそ諜報官だ。元とはいえ、リヴもしっかり嘘吐きの仲間入りである。


 リヴはこちらを睨みつけてくるウルスラへ微笑みかけると、



「ほら、どうしました。反撃ぐらいしたらどうですか?」

「わ、我輩は戦いが得意ではないので、ある」

「そうですか。では殺しますね。アンタと話すことなんて何もないです」

「ま、待つのである!!」



 ウルスラが、殺害に対して待ったをかけてきた。


 ただ殺すだけでは退屈なので、リヴは「何ですか?」と話だけは聞いてやることにする。

 どうせロクな話題ではないが、時間に余裕はあるので聞いてやろう。ユーシアの支援もあるので、問題はなさそうだ。



「わ、我輩を生かしておいた方が……貴様らの為になるだろう!!」

「例えば?」

「わ、我輩は商売が得意である。こう見えて歴とした調香師、そしてピノキオの【OD】の異能力を使ってガラクタでも売ってみせるのである。稼ぎ頭として、や、雇うことをお勧めするのである」



 なるほど、この期に及んで自分を売り込みにきたのか。



「女王陛下への忠誠心とかないんですか?」

「しょ、正直ないのである。我輩は貴様のような美人がいる方が」

「あ、気持ち悪いので無理です」



 リヴはウルスラの襟首を掴むと、そのままズルズルと引きずって窓ガラスが割れた場所にまで向かう。


 高層階にあるからか、冷たい風が容赦なく吹き込んできてリヴの髪をぐしゃぐしゃにした。

 美しい摩天楼の群れが眼下に広がり、真下は遥か彼方だ。人間を落とせば確実に死ぬことだろう。


 自分の最期を予期したウルスラは、リヴから逃れようと懸命に暴れる。哀れなピノキオの股間を力強く蹴飛ばしてやれば、脂汗を滲ませて「ふんぐぐぐ……」と呻いた。



「可哀想ですね。ええ、本当に心の底から哀れに思いますよ」

「な、なら、助けてぐれでも……」

「僕の相棒を狂わせたアンタを生かしておくとでも? 冗談はよしてくださいよ」



 ウルスラを窓の淵に立たせて、リヴは彼の耳元で囁く。



「でも安心してください。シア先輩は慈悲深い方ですので、きっとアンタを眠らせたまま殺してくれます」



 トン、とウルスラの背中を押して、煌めく夜景の世界へ突き落とす。


 絶望に染まるウルスラから視線を外さず、リヴは綺麗に微笑みながら手を振って送ってやった。

 落ちゆく彼の側頭部を、ユーシアが撃っただろう弾丸がぶっ叩く。くたりと全身から力を抜いたウルスラは、そのまま眠りながら地面へ落下していった。


 ウルスラの姿が見えなくなったところで、リヴは軽い調子で言う。



「さ、帰りますか」



 彼はクラッチバッグの中に潜ませた注射器を首筋に突き刺すと、幽霊のようにその姿をフッと消した。

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