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第3話【きらきらのとりこ】

 きらきら、きらきら。


 せかいはとても、かがやいている。



『私は地上に行きたい。そして砂浜を歩きたいの』



 ゆらゆら、ゆらゆら。


 せかいはとても、うつくしい。



『そうだわ。海の魔女様にお願いしてみましょう!!』



 そのせかいは、とてもきれい。


 すこしたかいところで、うたっておどるおんなのひとが、ねあをみるの。



『ならば人魚姫、お前に足を与える代償として美しい声を頂こうか』



 わるいまじょさんとけーやくして、にんぎょさんはあしをてにいれた。


 でも、そのかわりに、にんぎょさんはしゃべれなくなっちゃった。


 あのきれいなこえ、もうきけないのかなぁ?



 ――王子様、王子様。どうか気づいてほしいのです。



 にんぎょさんのこえが、きこえてくる。


 とてもきれいなそのこえが、ねあをよんでるきがするの。


 ねえ、にんぎょさん。もっときかせて。


 ねあ、そのこえがききたいの。



 ☆



 舞台の幕が上がると、そこには海が広がっていた。


 青を基調とした舞台セット、そして波や水の動きを表現する為の垂れ幕。

 海のように仕立てられた舞台上では、美しい尾鰭おびれを持つ人魚姫が岩場に腰掛けていた。


 緩やかに波打つ濃紺の髪に、穏やかな光を湛える青い瞳。顔立ちは素直に『美しい』以外の言葉が見当たらないほど整い、スポットライトを受ける白磁の肌が目を惹く。

 扇情的な衣装を纏っているにも関わらず、絵画の如き美麗さがある。卑猥に見えないのが不思議なぐらいだ。



『――ああ、退屈だわ。海の中は今日も平和だもの』



 人魚姫は退屈そうに唇を尖らせて、それから唐突に歌い始める。



 美しい海の世界 私にとっては退屈な世界

 見慣れた光景 刺激がないの


 ああ 地上は一体何があるのかしら?

 きっと私の知らないものが たくさんあるに違いない


 誰か私を地上に連れて行って 退屈な世界から救い出して

 だけどそれは 叶うことはない



 壮大な音楽と共に歌う人魚姫の、なんと美しいことか。


 観客は誰もが息を飲み、人魚姫の美声に酔いしれる。

 特に女性陣はうっとりと舞台上で歌声を披露する人魚姫に視線を釘付けにされ、澄み渡った歌声に耳を傾けていた。


 退屈な世界から連れ出してほしいという願いを歌う人魚姫を眺めるユーシアは、素直に「綺麗だねぇ」と感想を述べる。



「それ以外の言葉が見当たらないよ」

「『いきなり歌い出すんじゃねえよ魚類風情が』という僕の感想はどうですか?」

「相変わらずだね」



 唐突に歌い始めるミュージカルにまだ慣れないのか、リヴは手の甲に爪を立てながらむず痒さに耐えているようだった。


 ユーシアはやれやれと肩を竦めると、



「気分が悪くなったら言ってね。誰かを殺す前に」

「大丈夫です。素数を数えて誤魔化します」

「そんなに?」



 素数を数えなければ耐えられないとは、これ如何に。

 そこまでしなければならないのであれば、客室で大人しく待っていてくれてもよかったのに。とはいえ、彼もネアの為に耐えているのだろうが。


 全てが幼女基準になってしまっている相棒に苦笑しつつ、ユーシアは観劇に戻る。


 いつのまにか次の場面が展開されていて、周りが岩場に囲まれた洞窟に人魚姫は佇んでいた。

 デコボコした岩場には様々な小物が置かれ、それらは壊れていたり、錆び付いていたり状態は悪いものばかりだ。おそらく海に不法投棄されたものをイメージした小道具だろうが、どれもこれも世界観に合っている。


 錆びた手鏡を取り、人魚姫は寂しげに鏡面を見つめる。冷たい鏡を撫でて、それから再び歌い始めた。



 ねえ 地上ってどんなところ?

 温かな日差し 弾んだ人の声


 白い砂浜で 私は歩きたいの

 二本の足で 自由に駆け回りたいの


 でも出来ないわ 私の足は魚のヒレだもの

 それでも憧れるわ 水面の向こう側



 伸びやかな歌声に、観客は魅了される。

 地上に対して憧れを募らせる人魚姫の歌が、劇場内を隅々まで響き渡る。


 憧憬、欲求――人の持つ様々な感情が歌声に込められていた。やはり綺麗な歌声だ。



『――人魚姫、地上は危険ですよ』

『分かっているわよ。でも、憧れるだけならいいでしょう?』



 従者の魚に対してツンとした態度で言い放つ人魚姫。


 そこで場面がさらに変わり、豪華客船がやってくるという噂を聞きつけて人魚姫は海上へ向かう。

 岩場に腰掛けて水面を進む大きな船に羨望の眼差しで見つめる人魚姫は、甲板に佇む青年に対して一目惚れをしてしまう。


 ところが、豪華客船に嵐が襲いかかった。

 荒波に揉まれる豪華客船から投げ出された青年を助けた人魚姫は、泳いで砂浜に彼を運ぶ。



『お願い、目を覚まして』



 白い砂浜に青年を横たわらせ、人魚姫は涙を流しながら起こそうとする。それから人魚姫は身を屈め、青年に人工呼吸を施した。



「あ、殺したい」

「リヴ君」

「分かってますって」



 ボソリと殺意を漲らせるリヴを叱責し、ユーシアは「辞めなよ」と言う。



「今はまだ他人の目があるんだから」

「シア先輩のそういうところ、僕は好きです」

「ありがとう。観ないなら寝てて」

「そうします」



 真剣な表情で頷いた途端、リヴはカクンと即座に眠ってしまった。こんな状況で眠れるとはさすがと言うべきだろうか。


 世界の誰より殺人鬼な相棒が眠り、ユーシアは人魚姫の舞台に視線を戻した。


 青年に対して恋心を抱く人魚姫は、彼に近づく為に海の魔女のもとを訪れる。そして足を貰う為の契約を交わす。

 尾鰭を足に変える代償として、人魚姫は美しい声を差し出すことにした。これで喋ることが出来なくなってしまう。


 邪悪な姿をした人魚が、美しい人魚姫に契約書を見せる。魚の骨から作られたペンを彼女に渡して、甘言で無知な姫君を惑わせる。



『声がなくても、お前なら王子様と通じ合える。大丈夫さ』

『魔女様、私は……』

『さあ、契約を。契約を!!』



 今ならハラスメントで訴えられそうだが、ここはおとぎ話の世界だ。海の魔女が人魚姫に契約を迫る姿を、誰も咎めない。


 おどろおどろしい音楽が流れ、人魚姫は魚の骨のペンを取る。海の魔女が掲げる契約書に自らの名前を書いてしまい、契約は成立する。

 スポットライトがチカチカと明滅し、舞台が暗転してしまう。暗闇の中で誰かが蠢く気配を感じるが、ユーシアは何も言わなかった。



『起きて、起きてください。大丈夫ですか?』



 青年の優しい声がして、舞台の照明が灯る。


 二本の足を得た人魚姫はいつのまにか砂浜に放置されていて、一目惚れをした青年が目の前にいて驚く。

 だが、彼女は足を代償に声を失ってしまい、驚いても声を上げることが出来ない。自分の喉を押さえて狼狽える人魚姫だが、何故か彼女の心の声は再生される。



『喋れない……これが魔女様の言う代償なのね』



 青年には聞こえていないが、観客には人魚姫がどう思っているのか分かる仕組みになっているようだ。嬉しい配慮である。


 人魚姫は王子である青年の城で保護されることとなり、王子様と結ばれる為にあれこれと頑張る。

 だが、青年は嵐の時に助けてくれた美しい人魚に恋をしていた。なるほど、すれ違いである。


 声が出ないながらも懸命に王子様を振り向かせようとする人魚姫だが、ある時、隣国の姫君が王子の城を訪問する。



『王子様、あの嵐の時に貴方を助けたのは私です』

『なんと、貴女だったのですね』



 王子様は簡単に騙されてしまい、美しい人魚姫を差し置いて隣国の姫君と結婚の約束をしてしまう。


 嘆く人魚姫が海へ向かうと、彼女を心配した他の人魚がナイフを差し出した。なんと、それで王子様を刺せと言うのだ。



『王子様と結ばれなければ、貴女は泡になってしまう。でもそのナイフで王子様を刺せば、貴女は泡にならずに済むわ!!』



 人魚姫は王子様を刺し殺そうとするが、愛する王子を殺すことが出来ずに海へ身を投げて泡になってしまう。


 そこで舞台は終わり。

 悲しくも美しい、恋の物語である。


 壮大な音楽が流れて幕引きとし、最後にキャストが舞台上に並んで挨拶して終わる。

 主演を務めたテレサ・マーレイは、万雷の喝采をその身に浴びることとなった。彼女も堂々とした振る舞いで、観客に綺麗なお辞儀をする。



『本日の公演はこれで終了です!! 皆様、お足元にお気をつけてお帰りください!!』



 最後にあのちょび髭の紳士が観客全体に呼びかけて、舞台が降りる。


 ユーシアは丸まった状態で器用に眠るリヴの頭を軽く叩き、



「ほら、リヴ君。終わったよ」

「あ、終わりました? 人魚姫はどうなりました?」

「王子様と結ばれずに死んだよ」

「ザマァ」



 リヴは人魚姫の悲恋を鼻で笑い、軽やかに立ち上がる。大きく伸びをして背骨をゴキゴキと鳴らして「よく寝ました」などと言う。



「リヴさんはよく寝れましたね。とてもいい劇でしたのに」

「リリィ、涙の跡がありますよ。泣いていたんですか? 自分のことじゃないのに」

「か、感動して泣くことぐらいあるじゃないですか!!」



 潤んだ瞳をゴシゴシと拭いながら、スノウリリィが茶化してくるリヴに怒る。


 ユーシアは「まあまあ、二人とも」と騒がしいリヴとスノウリリィを窘め、



「ほら、ネアちゃんも客室に帰ろう?」

「…………」

「ネアちゃん?」



 普通なら「すごかった!!」「すごいの!!」と語彙力皆無の感想を伝えてくるネアだが、今日は驚くほど静かだ。


 ぼんやりと舞台を見つめるネアは、黙ったまま椅子から立ち上がる。それから覚束ない足取りで劇場の出口に向かってしまった。

 恐ろしいほど静かなネアに異変を感じながらも、ユーシアは慌てて彼女を追いかける。



「ネアちゃん、一人は危ないよ」

「…………」



 ぼんやりとしたネアは、それでも喋ろうとしなかった。

 まるで、声を奪われた人魚姫のように。

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