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第1話【劇場が併設されたホテル】

「シア先輩、起きてください。もうすぐ着きますよ」



 相棒の目覚めを促す声に、ユーシアは瞳を開く。


 窓の向こうを流れる景色はいつのまにか切り替わり、広い湖が見えた。湖沿いには南国の植物が植えられ、米国の地方都市でもどこか別の国に来たのではないかと錯覚する。

 ちなみに、あの広い湖は人工的に作られたものであり、さらに周辺の植物も人工物らしい。一体どうやって作ったのか謎だが、世界には【DOF】などという不思議なおクスリがあるので気にならない。


 慣れた手つきでハンドルを切るリヴは、前を向いたまま「おはようございます」と起床時の挨拶を述べる。



「僕の運転はよく眠れるようで」

「お前さんの運転、雑じゃない時は本当に快適なんだよね」

「雑に運転しましょうか?」

「辞めて」



 リヴの提案を即座に却下し、ユーシアは大きな欠伸をする。



「メロウホテルってどれ?」

「あれですね。右側の奥にある、建物の下が膨らんでいるやたらデブなホテルです」

「建物も敵に見えるの?」



【DOF】の過剰摂取により世界中の人間が敵に見えるリヴだが、ついに建物まで敵と認識するようになってしまったのだろうか。そんな進化は正直いらない。


 相棒が示す方角へ視線をやれば、確かに彼の言う通りな建物が見えてきた。

 建物の下部分が膨らみ、ホテルに該当する上部分は高く伸びている。少々独特な形状のホテルだ。


 ユーシアは「ああ、本当だ」と頷くと、



「確かにお前さんの言う通りだね。デブな建物だ」

「おデブですよね」

「――あの、すみません。それ言うの辞めてもらえませんか?」



 後部座席に乗るスノウリリィが、あからさまに嫌な顔をする。


 隣に座るネアはユーシアとリヴの発言を真似て「でーぶ、でーぶ」と繰り返しているが、常識人の前に一人の女性であるスノウリリィからすれば気になる発言のようだ。



「安心して、リリィちゃん。お前さんは太ってないよ」

「そうですよ。もう少し食べたらどうですか?」

「そ、そんなことを言われても信じませんからねッ!?」



 顔を真っ赤にして叫ぶスノウリリィだが、



「りりぃちゃん、きれーだよ? すたいるもいいよ」

「ね、ネアさん恥ずかしいことを言わないでください!!」



 ネアが「あとね!!」と言葉を続けそうになったので、スノウリリィが慌てて口を塞いでいた。


 女性陣は今日も元気な様子である。



 ☆



 さて、メロウホテルのチェックイン時であるが。



「あ、僕が行ってきます」

「え、大丈夫? 受付の人を殺しちゃダメだよ?」

「僕を何だと思ってるんですか」

「世界で誰より殺人鬼」



 自分から進んで受付を済ませると言い出したリヴに、ユーシアは若干心配になる。何だと思っていると言われても、頼もしい相棒の他に『世界の誰よりも殺人鬼らしい』としか思えない。

 そんな本音を告げれば、リヴの手刀が脇腹に突き刺さった。「うぐッ」と呻きが口から漏れる。


 膝から崩れ落ちるユーシアを無視して、リヴは受付へ向かってしまった。本当に大丈夫なのだろうか。



「ユーシアさん、リヴさんも子供じゃないんですから……」

「リリィちゃんごめん、今は話しかけないで。思いの外、リヴ君の手刀によるダメージが酷すぎる……」



 結構グッサリと手刀が脇腹に突き刺さったので、本気で内臓を抉られたような感覚になる。


 痛みに悶えるユーシアは、ようやく手刀のダメージから回復して立ち上がった。

 受付の方面を見やれば、ちょうどリヴがチェックインを済ませているところだった。普通の格好をした宿泊客に混ざって、黒い雨合羽レインコートの格好をしたリヴは非常に浮いて見える。


 雨合羽という奇抜な格好に目を剥いて驚く受付嬢と、リヴは普通に受け答えをする。あの青年、他人を殺さずに会話が出来るのか。



「予約しましたレゾナントールですけど」

「は、はい。承っております。こちらが鍵です」

「ありがとうございます」



 受付嬢からカードキーを受け取って、リヴはユーシアたちの元へ戻ってくる。


 戻ってきた彼は「どうですか」と自慢げに胸を張って、受け取ってきたカードキーをユーシアへ渡した。



「リヴ君、俺の名前で予約したの?」

「そうですけど」

「何で?」

「シア先輩の苗字って格好いいじゃないですか」



 あっけらかんと言い放つリヴ。


 格好いいという理由で自分の名前が使われると思わなかったユーシアは、思わず天井を仰いでしまった。この相棒、たまにこんなことがあるので反応に困る。


 いや、待てよ。

 ここに来る前の会話を思い出してほしいのだが、彼は予約する際に脅しの疑いをかけられていなかっただろうか?



「リヴ君、リヴ君。ちょっと聞きたいんだけど」

「何でしょうか、シア先輩」

「俺の名前を使ったってことは、もしかして俺の名前で脅したって訳じゃないよね?」

「あはは」



 スノウリリィに預けていた自分のリュックサックを背負いながら、リヴは誤魔化すように笑う。



「ちょっとリヴ君待って。本気で待って。俺の名前を使って脅してないよね!?」

「あははははは」

「笑って誤魔化さないで!? 本気で答えてほしいんだけど!?」



 自分の名前が本気で邪悪な使われ方をしたのではないかと不安になるユーシアは、リヴの肩を掴んで前後に揺さぶる。そんなことをしていないと信じたいが、肝心の相棒は「あははははは」と笑うだけだ。


 すると、どこからか大量の足音が聞こえてくる。

 何事かと顔を上げれば、大勢の客が一つの扉からロビーへ出てきたのだ。一気に増えた客に、ユーシアは「うわッ」と驚く。



「何かあったのかな」

「おそらく、観劇が終わったのでは? ここのホテルはゲームルバーク最大級と呼ばれる劇場が併設されているようですし」



 リヴが特に興味なさげに答える。

 彼の視線は、柱に掲げられたホテルのポスターに向けられていた。どうやら、そのポスターに記載された文章を読み上げただけのようだ。


 ポスターには、広い劇場の写真が使われていた。

 赤い緞帳が降りた舞台にずらりと並んだ椅子、白い文字で『夢のようなひとときを……』という誘い文句が添えられる。劇場の規模は最大級のようで、ポスターの隅には『ゲームルバーク最大!!』とある。


 ポスターを見上げたユーシアは、



「わあ、凄いね。俺も昔はミュージカルとか観に行ったよ」

「それって何歳ぐらいの話です?」

「リヴ君と同い年ぐらいかな」



 懐かしいなぁ、と呟くユーシアに、リヴが小さな声で一言。



「おっさん臭……」

「リヴ君、何か言った?」

「いえ、何も」



 にこやかな笑みで相棒へ振り返ったユーシアは、自分の荷物を抱えてエレベーターへ向かう。客室へ行くにはエレベーターを使った方が早いようだ。

 客室の番号は一五階の三号室、ホテルは全部で三〇階建てなのでちょうど真ん中に位置する部屋である。景色もそこそこ楽しめそうだ。


 エレベーターを待つ間、ユーシアたちの話題は劇場の演目についてだった。



「シア先輩はどんなミュージカルを観たんです?」

「何度か上演されているものは一通り。ミュージカルだけじゃなくて、映画とかも観てたよ」

「羨ましいです。僕は観る余裕もなかったですね」

「お前さんの場合は組織を離脱してから目覚めたんでしょ。余裕とか言ってる場合じゃないじゃん」

「映画館とか苦手なんですよね。他人がいるから落ち着きませんし、ミュージカルも喋ってる最中に歌い出すので『え、何で?』と疑問を持ちます」

「心情を歌いたくなるんだよ、ミュージカルは」



 どこにでもある話題に花を咲かせていると、ちょうどエレベーターが到着する。


 分厚い扉がゆっくりと開くと、綺麗な女性のポスターが飾られていた。

 どうやらホテルに併設された劇場で行われる舞台のポスターのようで、人魚姿の女性が海の中で歌っている内容だった。


 タイトルは、人魚姫。



「シア先輩」

「何かな、リヴ君」

「もしかしてなんですけど、これってアレですかね?」

「考えすぎでしょ。それに観に行かないから大丈夫」



 一五階のボタンを押しながら、ユーシアは「あはは、まさかぁ」と笑い飛ばす。


 赤頭巾はギャングで怪しいクラブを経営していて、さらにむさ苦しい赤頭巾という腹筋崩壊兵器を大量生産した男の娘なのに、人魚姫がこんなに美しい舞台女優とは思えない。

 そもそも【OD】がまともに演技が出来る訳ないのだ。奴らは常識とサヨナラグッバイしているのだから。


 すると、ポスターの綺麗な女性に見惚れていたネアが、



「えー、ねあみてみたい。にんぎょさん」

「でもミュージカルみたいなんだよね。リヴ君が苦手だって言うし」

「観に行きましょう、シア先輩」

「嘘でしょ、リヴ君」



 即座に自分の意見を翻したとても紳士な青年は、キリッとした表情で言う。



「ミュージカルぐらい問題ありません。なんなら歌えますよ、僕」

「歌わなくていいよ。分かった分かった、ネアちゃんが言うなら行ってみようか」



 ネアは「わーい」と満面の笑みで喜びを露わにし、そんな嬉しそうな少女を見るリヴの視線も優しいものだった。

 精神のみ退行しているとはいえ、中身は幼女と呼んで差し支えない。なんだかんだ、ユーシアもネアには甘いのだった。

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