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第8話【次なる安寧の宿へ】

 深夜の大火災、死者多数。逃げ遅れたか?

 死者の大半は誰か判別できないほど損害が酷く、警察は解剖を進めると同時に犯人の捜査に乗り出す――。



「犯人のことに関して何も書かれてないね」

「そうですね」



 ムーンリバーホテルの売店にあった今朝の新聞に目を走らせ、ユーシアとリヴは他人に見えないように笑った。


 新聞の一面を大々的に飾ったのは、クラブ『レッド』を襲った火災だ。無能な警察組織は犯人の捜査に乗り出したようだが、果たして真犯人であるユーシアとリヴに辿り着くまで何日かかるだろうか。もしかしたら、一生分からないかもしれない。


 ユーシアとリヴだって、伊達に悪党をしている訳ではないのだ。証拠を残すなどあり得ない。



「まあ、どうせ深夜の火災も当てずっぽうで僕たちのせいにされてますよ」

「SNSが盛り上がるね」



 新聞を畳んで棚に戻すと、遠くから「おにーちゃーん」というネアの声が聞こえてきた。


 巨大な熊のぬいぐるみを抱きしめたネアが、満面の笑みで近づいてくる。その後ろから、荷物を持ったスノウリリィが「走ったら危ないですよ」と注意しながら追いかけてくる。



「おまたせっ」

「すみません。最後にお掃除をしていたら時間がかかってしまいました」

「大丈夫だよ。むしろ、面倒な仕事を押しつけてごめんね」



 ネアの頭を撫でながら、ユーシアは言う。


 女子は支度に時間がかかるからゆっくり降りてきてほしい、とは言ったものの、本来の目的は時間をずらすことで指名手配されている状態のユーシアとリヴとは何の関係もないことを強調させる為だ。

 ネアの「おにーちゃん」呼びで危うく瓦解しそうになったが、周囲に彼女の発言を気にかける人物はいなかった。誰も彼も、ユーシアとリヴのことを知らない観光客だろうか。


 スノウリリィは「お掃除は得意なので、問題ないですよ」と応じ、



「今日は他のホテルに向かうんですよね? どちらに滞在するのです?」

「それは車の中で話すよ」



 各々の荷物を抱えて、ユーシアたちは地下駐車場へ向かう。


 エレベーターへ乗り込み、地下一階へ。

 分厚い扉がゆっくりと開いた向こう側には、ずらりと様々な車が並んでいた。不気味なほどに人気はなく、静かな地下駐車場に四人分の足音が響く。



「シア先輩」

「ん、なぁにリヴ君」

「気づいてますよね?」

「当然。バレバレだしね」



 主語のないリヴの質問に対し、ユーシアは当たり前のように肯定した。


 静かだからこそ、分かりやすい。

 周囲が騒がしければ簡単に潜めたのに、彼らは選択を誤った。それが敗因である。


 背負っていたライフルケースを足元に落とすと同時に、ユーシアは荷物をスノウリリィに投げつける。「きゃッ」と短い悲鳴を上げたスノウリリィと、不思議そうに首を傾げて立ち止まるネアを庇うようにユーシアは立ち塞がる。

 前衛として飛び出したのは、両手に果物ナイフを装備したリヴである。走る直前に【DOF】の注入は完了しているのか、その足元にシリンダーが空っぽになった注射器が転がった。


 リヴが駆け寄ったのは、地下駐車場を支えるコンクリートの柱の裏側である。

 飛び込むと同時に「ぎゃッ」と潰れた蛙ような声が聞こえ、すぐに静かさが戻ってくる。



「リヴ君、大丈夫?」

「問題ありません」



 柱の裏から引っ張り出したのは、黒いスーツ姿の男である。喉元がパックリと裂けていて、リヴの持つ果物ナイフの片方が血に染まっていた。


 引っ張り出された死体は一つだけのようだ。

 だが、気配はまだある。息遣いは、確かに聞こえてくるのだ。


 ユーシアはライフルケースを蹴飛ばして開け、純白にカラーリングされた対物狙撃銃を構える。



「おに……」

「静かに」



 ネアが何かを言おうとしたところを遮って、ユーシアは地下駐車場を睨みつける。


 息遣いは聞こえてくるものの、誰かが飛び出してくるような気配はない。

 今この場にはネアとスノウリリィがいるのだ。彼女たちを血生臭い裏の世界に巻き込む訳にはいかない。まして、指名手配された自分たちの問題には巻き込みたくない。


 喉元が裂けた死体を転がし、リヴはユーシアへ視線をやる。雨合羽レインコートのフードの下から見えた彼の瞳は「先に車へお願いします」と告げていた。



「先に車へ行くよ、ついてきて」

「うん」

「わ、分かりました」



 ネアは素直に頷き、スノウリリィもまたユーシアとリヴのただならぬ気配を感じ取って文句を言わずに応じる。


 周囲を警戒しながら、先日どこぞの野郎どもから奪い取った車へ向かう。少女とメイドを背後で庇いながら、ユーシアは「静かにしててね」と囁く。



「……にんきものさん、だねぇ」

「そうなんだよね。本当、人気者で困っちゃうよ」



 的外れなことを言うネアに、ユーシアは困ったように笑った。

 どうやら彼女は、ユーシアとリヴが人気者になったと勘違いしているようだ。出来れば、そのままずっと勘違いしていてくれると嬉しい。


 純白の対物狙撃銃を構え、周囲に視線を巡らせるユーシア。


 気配はあるが、やはり出てくることはなさそうだ。

 地下駐車場で襲撃を考えていたようだが、リヴの鮮やかな殺害に恐れをなしたのだろうか。


 しばらく待ってみて、敵が出てこないことを確認してからユーシアはリヴを呼ぶ。



「リヴ君」

「何ですか?」

「鍵をちょうだい」

「了解です」



 雨合羽の下から車の鍵を取り出したリヴは、ユーシアへ鍵を投げて寄越す。


 片手で鍵を受け取ったユーシアは、まず車の施錠を解いて後部座席の扉を開けた。



「早く入って」

「うん」



 やはり素直に頷いたネアは、熊のぬいぐるみを抱きしめて車に乗り込む。そのあとに続いて、スノウリリィが自分の荷物とユーシアの荷物を抱えたまま車に乗り込んだ。

 扉を閉める時、ネアは熊のぬいぐるみの腕を掴んで「いってらっしゃい」と言うように振っていた。


 素っ気ない態度を取ってしまったので、この敵どもを片付けたら甘いものでもご馳走してやろう。

 そんな決意を固め、ユーシアは対物狙撃銃の照準器を覗き込んだ。



「リヴ君、あとどれぐらい?」

「柱に三人ほど、車にも乗っている輩が二人ほどですかね」

「意外と少ないよね。舐めてるのかな?」

「ええ、随分と舐められたものですよ」



 ひ、と誰かが上擦った悲鳴を漏らしてしまった。


 怯えるぐらいなら、最初から襲撃など考えなければいいのに。

 金に目の眩んだ悪党は、馬鹿なのか阿呆なのか。本当に呆れたものである。


 リヴは次に敵が隠れる柱に歩み寄り、ユーシアは自分たちの乗る車の向かいに停まった車のフロントガラスへ銃口を向ける。



「では手っ取り早く、死んでもらいましょう」

「ここで見たものと聞いたものをお土産にして、あの世に旅立ってね」



 完全に怯えきってしまった敵にも容赦はなく、ユーシアとリヴは賞金に目の眩んだ悪党たちを屠る。


 雑魚の悪党は思った――金に釣られて敵に回らなければよかった、と。



 ☆



「次のホテルは『メロウホテル』ってところだよ」

「それって、つい最近完成したばかりのホテルですよね? ゲームルバーク最大の劇場が併設されているという、あの人気ホテル」



 地下駐車場でのお掃除を終えて、ユーシアとリヴは早速とばかりに出発した。ムーンリバーホテルの地下駐車場に監視カメラがないことは、前に利用した時に知っているのだ。


 思う存分に地下駐車場を汚して、さっさとオサラバしたユーシアたちは追手の心配をすることなくドライブを楽しむことにした。

 リヴによる滑らかな運転に身を委ね、ユーシアは「たまたま予約が取れたんだよね」と笑う。



「脅しとか使ったのでは……?」

「やだなぁ、リリィちゃん。電話の予約でどうやって脅すのさ」



 実際、ユーシアはあまりよく関与していない。


 次の宿泊先を選んだのはリヴで、電話で予約したのもリヴだ。彼は平然とした表情で車を運転しているが、運転中でなければ明後日の方向を見上げていることだろう。

 彼のことだから、スノウリリィの言う通り、電話でも脅して部屋を勝ち取ったのだろう。電話を受け取った従業員は非常に可哀想である。



「リヴ君、そこどうなの?」

「どうとは?」

「やっちゃった?」

「はて、何のことやら」



 ユーシアの質問に、リヴはすっとぼけた。これは絶対にやっている。


 まあ、安全な部屋で寝泊まりできるのならば文句はない。

 前の車よりもちょっとだけグレードが上がった椅子に背中を預けて、ユーシアは欠伸を漏らす。



「ちょっと寝るから、着いたら起こして」

「僕の隣で寝ないでください」

「イッタ!? リヴ君、俺の髭は毟るものじゃないよ!?」

「千切れる髭が悪いんですよ。針金にでもしたらどうですか?」

「髭を!?」



 運転をしながら無精髭を毟るという器用なことをするリヴに、ユーシアは苦情を叫ぶ。


 指名手配されているというのに、彼らのドライブは非常に賑やかで楽しそうなものだった。

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