第7話【地獄を見た赤頭巾】
注意するべき存在は赤頭巾の【OD】だけで、その後ろに控える金魚の糞どもは捨て置いてもいい雑魚だ。
その雑魚も全員揃ってメルヘンな赤頭巾を装備していれば、視界の暴力に過ぎない。早々に片付けてしまうのがいいだろう。
弾丸を薬室に送り込んだユーシアは、照準器を覗き込んでむさ苦しい赤頭巾の集団に狙いを定める。
相手は姿の見えないユーシアを探しているようだが、近くの廃ビルに潜んでいると誰が気づくだろうか。気づいたところで、即座に眠りの世界へ旅立ってしまうが。
「せいぜい夢の中ではマシな格好をしてよね」
一人、また一人と順調に仕留めながら、ユーシアは相棒へ視線をやる。
地上で戦う彼は、持ち込んでいたチェーンソーを振り回して赤頭巾の【OD】をひたすら殴っていた。
高速回転するチェーンソーの刃でさえ、あの赤い頭巾は防いでしまう。それが楽しくて仕方がないのか、リヴは実に楽しそうな表情で赤頭巾の【OD】をチェーンソーで殴り続けていた。
「リヴ君ってば、テンション爆上がりじゃん」
殴っても殴っても死なない相手に、苛立ちを覚えるどころか楽しんでいるとは恐れ入る。
甲高い悲鳴を上げて頭巾という絶対の防御を手放さない赤頭巾の【OD】は、チェーンソーで袋叩きにしてくる真っ黒てるてる坊主を罵った。
「ちょ、おまッ、ふざけんなよ!! いくら傷つかないからって、チェーンソーで殴り続けるとか正気か!?」
「あっは!! 死なないですねぇ、アンタ!! その赤頭巾の耐久性を確かめてみましょうかァ!?」
「他人の話を聞け!!」
赤頭巾の【OD】は常識的なことを叫ぶが、非常識の代表格といっても過言ではないリヴに何を言っても無駄である。
相手が純粋無垢な幼女だったら、リヴもチェーンソーで袋叩きなどという奇行には走らなかった。
ただ、あの赤頭巾の【OD】にはついちゃってるのだ。余計なブツが。
女装した少年――いわゆる男の娘らしいのだが、どこかでリヴの地雷を踏み抜いたのだろう。もうご愁傷様としか言えない。助かりたいなら、まずは余計なブツを切り取って完璧な幼女になってきてほしい。
「それにしても、赤頭巾の【OD】かぁ」
ユーシアは、かつて軍隊にいた時の出来事を思い出す。
今となっては考えられないが、ユーシアは【OD】を処罰する側だったのだ。人外めいた異能力を発揮する【OD】を相手に、純白の対物狙撃銃で挑んでいたのだ。
その時に、赤頭巾の【OD】がいたような記憶がある。同僚は「厄介な異能力だ」と吐き捨てるように言っていた。
実際に倒した記憶が朧げなのは、ユーシアがあっさりと赤頭巾の【OD】を倒してしまったからだろう。
「確か、赤い頭巾で守られている部分はどんな攻撃でも弾き返すんだよねぇ」
リヴに殴られ続ける赤頭巾の【OD】は、変わらず頭部のみを守る赤い頭巾に命を預けている。
しかし、それだけだ。
赤い頭巾は頭部のみを守っているだけであって、眼球や眉間は晒された状態になっている。
それが、彼の致命的な弱点だ。
死にたくないのであれば、赤い頭巾で全身でも覆ったらよかったのだ。その前に酸欠で息絶えそうだが。
「ほらほら、どうしました!? 丸まってるだけでいいんですか、亀じゃないんですから首でも出したらどうです!?」
「それって死ねって意味だよな!? 嫌だよふざけんな!!」
「命乞いでもしてみてくださいよ!! まあ聞きませんけど!!」
「聞かねえのかよ!! だったら無駄じゃねえか!!」
真っ黒てるてる坊主と赤頭巾の【OD】が、楽しげに会話をしている。
いや、実際には楽しげに会話どころか、ギャリギャリギャリギャリと高速回転するチェーンソーで赤頭巾の【OD】をボコボコにしているのだが、リヴが楽しそうで何よりだ。
絵面だけで言えば、即座に警察へ連行されて死刑に処されそうだが。
むさ苦しい赤頭巾の集団を処理し終えたユーシアは、純白の対物狙撃銃を赤頭巾の【OD】へ向ける。
「随分と楽しそうだよね」
狙いは蹲る赤頭巾の足元――そこに、ユーシアにしか見えない幻想の少女が不思議そうに首を傾げている。
まるで、意味のない場所へ弾丸を撃ち込む必要があるのか、と問いかけているようだ。
廃ビルに隠れるユーシアを見上げた幼い少女は、短い指先を硬いコンクリートへ向ける。「ここに撃つの?」とばかりに、撃つ場所まで聞いてくる。
「エリーゼ、いい子だからそこにいろよ」
狙いは外さない。
照準器を覗き込んだユーシアは、絶妙なタイミングで対物狙撃銃の引き金を絞る。
タァン、と抑えられた銃声がゲームルバークの裏通りに響いた。
赤頭巾の【OD】が何事か、と顔を上げてもすでに遅い。弾丸は狙い通りに、足元のコンクリートを穿つ。
「ぎゃッ」
尻餅をついた赤頭巾の【OD】は、次の瞬間、リヴに鼻っ面を蹴飛ばされて地面を転がる。
「ぃ、だッ」
「おや、チェーンソーじゃなくてよかったですね。今頃、肉片になっていましたよ」
仰向けに転がる赤頭巾の腹を踏みつけ、リヴがほっそりとした腕めがけてチェーンソーを振り上げる。
月光を反射して、鈍く輝くチェーンソー。
それは彼が有するどの武器よりも、禍々しさを相手へ植え付ける。
「それでは、愉快な悲鳴をどうぞ」
弾んだ声と共に、リヴはチェーンソーを振り下ろした。
高速回転するチェーンソーの刃が、赤頭巾の腕を切り離す。
みぢみぢ、ぶちぶち、と肉の繊維を切断する。ゴリゴリと骨を削る。チェーンソーはあっという間に、ほっそりとした腕を赤頭巾から奪い取った。
「あ、がああああッ、いああああああああああッ!?!!」
「おっと、腕までは赤い頭巾も守ってくれませんでしたか。残念ですね。悲しいですね」
激痛に悶え苦しむ赤頭巾を楽しそうに見下ろすリヴは、さらに体重をかけて赤頭巾の腹を踏み潰してやる。
「うぎゅ、ぎゅえッ」
「愉快な断末魔ですね。少々汚いかもしれませんが、まあ許しましょう。今はとても気分がいいですから」
そう言って、リヴが顔を上げた。
廃ビルに隠れるユーシアを見上げた彼は、恍惚とした表情を浮かべていた。むさ苦しい赤頭巾集団の親玉を殺すことが出来るので、心の底から嬉しいのだろうか。
雨合羽の下から覗く黒曜石の瞳が、狙撃を促してくる。「この愚かな赤頭巾を早く眠らせろ」と、相棒の言葉なき声が聞こえてくる。
「うん、分かったよ」
彼の言いたいことを理解したユーシアは、純白の狙撃銃を構えた。
仰向けに寝転がっているので、赤頭巾の顔がよく見える。
最初に鼻っ面を蹴飛ばされた影響で、可愛い顔が台無しだった。今は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れてしまっているが。
赤頭巾にとって、ここはまさに地獄だっただろう。
チェーンソーで殴られ、腕を落とされ、店はめちゃくちゃになった。可哀想とは思うが、同情する余地は一切ない。
何故なら、あの赤頭巾は敵だからだ。
「おやすみ、赤頭巾――永遠に」
引き金を引く。
タァン、と抑えられた銃声と同時に吐き出された弾丸が、赤頭巾を守るように立ち塞がる幻想の少女を射抜いた。
幻想の少女が一瞬にして掻き消え、弾丸に与えられた殺傷力を削ぎ落としてしまう。
これが、相手を殺せない理由だ。
どんな箇所に撃っても、あの幻想の少女に触れた途端に殺せなくなってしまう。撃たれた相手は傷一つなく、すやすやと眠りの世界へ旅立つこととなる。
赤い頭巾の下で彼は目を見開き、初めてユーシアの存在を認識する。
「――――ぁ」
全てに気づいた時、もう赤頭巾は夢の世界へ旅立っていた。
☆
「お疲れ様、リヴ君」
「シア先輩もお疲れ様です」
廃ビルから撤退したユーシアは、純白の対物狙撃銃を収納したライフルケースを背負い直して相棒の青年と合流する。
硬いコンクリートの上で規則的な寝息を立てる赤頭巾の【OD】を見下ろし、ユーシアはリヴに「どうだった?」と聞く。
「随分と楽しそうにしていたけど」
「楽しかったですよ。どんな攻撃も弾かれるので、どれだけチェーンソーで殴れば傷つくか試していたところです」
チェーンソーを雨合羽の中に収納しながら、リヴはいつものテンションで言う。
さて。
この赤頭巾は解体して殺すとしても、肝心のクラブ『レッド』の方はどうしようか。頭のおかしな客も巻き込んで爆破してしまったので、そろそろ生き残りはいないと思うが。
あの状態で救急車を呼べるような気力があれば、けたたましいサイレンの音が聞こえてもいいのだが、全くと言っていいほど聞こえない。全員死んだか。
「クラブ『レッド』はどうしようか」
「燃やしませんか? 中の奴らも火葬しちゃいましょう」
「帽子屋の【OD】が経営していた娼館みたいにしちゃう?」
「しちゃいましょうよ」
互いの顔を見合わせ、ユーシアとリヴは「よし」と頷く。
「ガソリン探してきますね」
「ライター持ってるから火は大丈夫だよ」
眠る赤頭巾の襟首を引っ掴み、リヴがクラブ『レッド』方面へと歩いていく。おそらく、あの赤頭巾も火葬してしまうつもりだろう。
どんな攻撃も防ぐ赤い頭巾でも、全身を炎に包まれたら果たしてどうなるだろうか。
蒸し焼きか、全身に大火傷を負うことになるのか。攻撃は頭巾で守られても、全身を襲う災害から守ってくれる異能力なのだろうか。
色々と試したい異能力を持つ【OD】は、残念ながら真相を語ることなく炎の中に消えていくこととなった。
クラブ『レッド』本店で火事があり、多数の死者が出たというニュースが流れたのは翌日のことだった。