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氷上のシヴァ  作者: 天上杏
第二章 Communicator 星洸一
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第22話 無かったみたいに

「前にさ」


 ハープの泉を通り過ぎたところで、思い切って俺は口を開いた。


「晴彦、俺の眼鏡は全然似合ってない、嫌いだって言ったよね。……それはやっぱり、俺がスケートから逃げてると思うから?」


 チェーンの音が緩み、止まった。

 振り向くと、晴彦は何かを堪えるような目で俺を見ていた。


「……違う。全然違う」

 強く言い放った後、少しの間言葉を探すように目を伏せた。


「俺が、思い出すから嫌なんだ。あの事故のことを。あの時、同じ場所にいたのに、足がすくんで何も出来なかった自分を、思い出すから」

 俯いたまま、掠れた声で晴彦は言った。

 そしてゆっくりと自転車を押し、また歩き出した。


 返す言葉がすぐに見つからない。

 市役所を通り過ぎる。

 縄跳びが空中で止まったような銅板のオブジェ。これが何を表しているのか十八年間ついぞ一度も調べたことがない。


「あの時は晴彦、次のグループで出番を控えてただろ。何も気に病むことなんか無いよ」


「浪恵先生がさ、リンクの上から手で制したんだよな、来るなって。……でも、俺は今でもあの時飛び出して行けばよかったって、後悔してる」


 夕闇の中、灯りの点った公園を、俺達は通り過ぎる。

 晴彦はふと首を軽く振って、独り言のように呟いた。


「だから、心が弱ってる時とかにお前の眼鏡見ると思うわけ。……あー、時間、戻らねぇかなって」


 胸がズキンと痛んだ。

 時間、戻らねぇかな。

 胸の中でエコーが掛かる。

 そんなこと、一度も思ったことがないはずなのに、言葉になって目の前に現れたそれは、一年半削りに削り、積もりに積もった俺の全部だった。


「俺もお前も寒河江も、みんな、あんな事故なんか無かったみたいに滑れたらいいのにって。すげー勝手な考えだけど。そんなのは無理って、分かってるよ。寒河江みたいに今この場所からできることをやってくしかないなんて、知った上で、それでも思うんだよ。……俺は、お前のスケートが好きだったからさ」


 歩きながら、横目で俺に微笑んでみせる。

 その目は、俺が膜に閉じ込めた全部を、代わりに吸い込んだように潤んでいた。

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