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氷上のシヴァ  作者: 天上杏
第二章 Communicator 星洸一
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第13話 空白

 エッジカバーを外すなり、リンクに飛び出そうとする芝浦の腕を取る。


「待って。君は別メニュー。あと、リンクに上がる時は一礼。降りる時もだよ。それがここのルールなんだ」

 そう言って俺は先行してリンクに上がり、礼をして見せた。


「なんか、いいですね、そういうの。俺、多分ここが気に入ります」

 芝浦は穏やかに微笑み、続いて礼をした。


 不思議だ。冷気を帯びているのに、芯には温かさを感じる声。

 芝浦の中には、二つの相反するモノが同居している。


 まずは足慣らしでストローク練習。

 ひょうたん。スネーク。クロス。

 芝浦は野辺山の時のように、指示を淡々と実行していく。

 俺は芝浦の滑りを観察する。近くで、遠くで。

 ……違和感がある。


 芝浦の滑りは変わった。五年前とは明らかに違う。

 何が違うんだろう。俺は目を凝らす。

 相変わらずスピードが際立つ。こうしてスケーターの群れに紛れると尚更だ。

 ただし、速さの質が変わった。

 昔はジェット噴射が付いているような、迷いの無い速さだった。

 今は、磁力に引き寄せられ、ぬるぬると氷を縫うように見える。


 足元に目を向け、鳥肌が立った。

 芝浦の足と氷の間には、何も存在しないように見えた。

 エッジも、そして靴さえも。

 氷と一体化した足元で、無数の金色の粒子が戯れるかのように踊っていた。

 幻想的に輝く、オーロラの忘れ形見。

 慌てて瞬きをする。

 光は消えた。エッジも、ちゃんとある。


 ……またか。

 視界を縁取る黒い枠に苛つく。眼鏡に目が慣れていないせいだ。

 額縁が中心で捉える、あの本人に早いところ弁償してもらわないと。

 溜息をついて、軽く目を閉じた。

 その瞬間、ギアを一つ上げた芝浦のスケーティングの音が、耳に飛び込んできた。


 足元で発生する莫大なエネルギーが、行き場を求めている。

 ここではない。ここじゃ足りない。

 早く、本当の場所へ連れて行ってくれ。


 しかし、それはたちどころにエッジから追放され、宙に浮く。

 滑りの質感が抜け落ち、薄れていく。

 どこへでも行けるのに、どこにも行けない。

 浮遊感と閉塞感の同居した、ざらつく音。


「移民の歌」は自分の空白だ、と芝浦は言った。

 だが本当は、芝浦の空白はもっとずっと大きいんじゃないか。

 それは、単に一度舞台を降りたという事実ではなく、五年という空白の歳月でもなく、もっと本質的な何か。

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