第50話 超越的
リンクにナイフで切り込むように、直線で滑ってくる。
後ろ向き。足元は極めてフラットに近いアウトサイド。
ものすごいスピードで、壁にぶつかる、そう思った瞬間、くいっとヘアピンのように軌道を変え前を向いた。
カウンターターン。
自ら生み出した気流を背後に置き去りにし、速度だけ引き継いだままシームレスに踏み切った。
重力から解き放たれ、身体が浮き上がる。
しゅるしゅると螺旋を描くように回転する。
別次元への脱出。
着氷の音はしなかった。
そしてふわりと両手を広げる。バランスを取るためのチェックではない。羽根を広げ、新たな風を受けるため。
速度は生きている。そのままスリーターン。
新たな弧に乗り換え、次の飛翔に備える。
「……でらやば」
隣で見ていた寒河江くんが呟いた。去年の全日本ノービスB優勝者だ。
「え、てか今カウンターから行った? 信じられない」
力学的に、ということを洸一くんは言っている。
軌道と逆回りに回転し、弧を乗り換えて飛ぶから、助走の速度をジャンプの回転力に変換できないという話。
でも、わたしには分かる。なぜあのムーブが必要なのか。
裏切りだ。
ひらりと蝶のように身をかわし、別の気圏へ逃げること。
跳躍ではなく飛翔。
その動作だけが足元の氷層を更新し、今を標本化する。
――わたしのトリプルアクセル。
ぎり、と奥歯を噛み締めた。
地上の全てを打ち消し、高く鋭い氷壁の向こうへと飛び去る。
その先は天上。
――まるで氷上が住処のような滑り。神様が遣わせた氷の天使。
闇に破り捨てたいつかのラブレターが今、胸に舞い戻った。
絶対に取り返す。
それはわたしのものだ。




