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氷上のシヴァ  作者: 天上杏
Bonus Track 第六章 Butterfly 霧崎汐音
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第39話 You know What you are?

「霧崎汐音さん、前橋FSC」


 コールされ、氷上に出る。

 水色のシフォンのドレスが風にはためく。

 家に置いてきたはずなのに、なぜか更衣室にケースごと掛けられていた。


「しおん、がんっば!」

「がんばー!」


 四方から声援が飛ぶ。一番大きく耳に届くのは、可憐の声。

 洵は皆から一人離れ、ショートサイドのフェンス越しに無表情で立っている。

 ……全部、いつも通りだ。

 靴の履き心地もブレードの感触も、不気味なほどに。

 恐れは無い。ここは、わたしのテリトリー。

 太ももを強く叩き、最後の重力を振り払う。

 サブリンクで足慣らしをする暇も無かったから、ぶっつけ本番だ。

 それで構わない。

 わたしのスケートは一回性。繰り返さない。

 この姿勢は、バタフライ・エフェクトというプログラムに反している。

 わたしにはタイムスリップというものが分からない。たとえ過去に戻ったとしても、戻った時点から今が始まるだけなのに。

 積み重ねも振り返りもありえない。

 美優先生がわたしにこのプログラムを振り付けたことを、少しは後悔すればいいと思う。

 今、ここ、わたし。

 何度だって、初めて生きる。


 目を閉じる。一瞬で夜になる。

 音は待たない。音はついてくる。

 どこまでも広がる星の海。

 上へと手を伸ばす。

 わたしの、本当に欲しいもの。

 無数の円が積み重なる足場を、今夜また一層、更新する。

 乗り換えても乗り換えても、決してたどり着けない場所。

 一番近いのに、一番遠い。その距離は無限。

 だからこれは永遠の旅だ。

 分かっていても、足を踏み出す。

 踏み出さずにはいられない。

 くるり、くるり、とまずはイーグルで円を二つ。

 体内の循環が始まる。

 ……流れは、まだ死んでない。


 トリプルルッツ、トリプルループのコンビネーション。

 着氷と同時に歓声と拍手が湧き上がる。

 けど、すごく遠い。

 地上と氷上を分かつものは距離ではない。

 足場でなければ、靴でもなく、それは誰とも繋がらないということだ。

 ここは天の最深部。

 孤独はここにだけ存在する。

 ――でも、わたしはここで会いたい。


 リンクサイドの一点を目で捉えた。

 ショートアクシス。

 黒いジャケットを羽織って、腕組みを崩さない洵。

 スリーターンから、トリプルフリップ。

 洵の一番得意なジャンプを、洵の目の前で降りる。

 食い入るように、洵はわたしの足元を見ていた。

 おれの靴が、わたしの靴へ。

 ……ちがうよ、洵。

 これは、あなたの靴。

 わたしは境界を乗り越えたいんじゃない。

 世界に溶けて消えたいの。

 洵の世界になりたい。

 なのに、他でもない洵がそれを拒む。

 拒んでなお、わたしを追い立てる。

 断絶の上へ。剥き出しのエッジの上へ。

 ……わたしも同じ気持ちだよ、洵。

 絶対に、許さないから。


 バタフライのエントランスからドーナツスピン。

 身体で円を模し、螺旋を生み出す。

 バトンキャメルで天を仰ぎ、


 神様。


 心がそう叫んでいた。

 今しかないんです。

 わたしは天空に垂れるシャンデリア。

 でも、もうすぐ濁ってしまう。

 光を受け取れなくなってしまう。

 だからその前に、身体ごと巻き上げて、押し流してほしい。

 水底ではなく、正真正銘の上。

 天上へと。


「ここには、誰もいないよ」


 一滴の雫が、わたしに落ちた。


 《《ぼくは君だ》》。

 

 あの時の声色。紛う無きあの少年の声。


 ……誰もいないというのなら、あんたは誰?


「その質問に、君は答えを持っている?」


 わたし? わたしは――

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