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氷上のシヴァ  作者: 天上杏
Bonus Track 第六章 Butterfly 霧崎汐音
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第26話 I am not me.

「やめて、汐音。お願い、そんなこと言わないで」


 取りすがる可憐に構わず、わたしは美優先生とにらみ合っていた。


 器具の問題ではない。

 何一つ選んでなんかいないのだ。

 身体も、仕組みも、場所も。生まれてきたことさえも。

 だったら、わたしはわたし自身に退場を告げる。


 汐音、この世界を、


 ――どうするつもりだよ。


「あなたねえ」

 先生の声は震え、顔は鬼のようになっていた。


「冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ。一ミリでも、自分の持って生まれたものに考えを回しなさい。……あなたには義務がある。選ばれし者としての、義務と使命が」


 わたしは先生を見下ろしていた。

 そんなものはわたしの持ち物ではない。

 何一つ、氷上には持ち込めないのだ。

 背負っていたら、わたしは飛べない。

 ……そう告げて、さっさとここから立ち去りたいのに、口にしていたのは全く別の言葉だった。


「それって、洵にはあるんですか」

「……何言ってるの。あなたと洵くんは違うでしょう」

「違いません。《《わたしは洵です》》」


 確かに自分の声だった。

 なのに、誰かに言わされたと思った。

 まるで言葉の魂が降りてきたかのように。


「あなた、一体何を言っているの?」

 眉を顰め、先生が呟く。


 錯乱している。みんなの言う通りだ。

 わたし、アタマがおかしい。


 しばし呆然とし、そのままふらりと指導室を出た。



 扉を後ろ手に閉めるなり、視界の端に見慣れたスケート靴が現れた。

 わたしと同じ白い靴、同じブレード。

 エッジガードだけが違う。青いプラスチック。


「……聞いてたの」

「ああ、うん」

 気まずそうに洵は言った。

 どこからだろう、と一瞬思ったけど、そんなことは問題ではなかった。

 最後を聞かれていたのだから。


「……盗み聞きなんて最悪」

 聞こえたんだよ、と洵は頭をかく。


「本気で言ってんの? スケートやめるとか」

「本気で言ってるよ。明日のバッジテストも受けない。七級なんて要らない」


 何も要らない。

 たった一つが手に入らないのなら、何も。


 洵は一度目線を爪先に落とし、深くため息をついた。


「……おれ、男だから分からないけど」

 顔を上げ、真っ直ぐにわたしの目を見る。


「おれがお前だったら、同じこと思うと思う。言うかどうかまでは、分からないけど。だから、好きなようにすればいいよ。……けど、おれはやめないからな」


 真っ黒な瞳。

 何も読み取れなかった。

 感情も、言葉も、何も。

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