第26話 I am not me.
「やめて、汐音。お願い、そんなこと言わないで」
取りすがる可憐に構わず、わたしは美優先生とにらみ合っていた。
器具の問題ではない。
何一つ選んでなんかいないのだ。
身体も、仕組みも、場所も。生まれてきたことさえも。
だったら、わたしはわたし自身に退場を告げる。
汐音、この世界を、
――どうするつもりだよ。
「あなたねえ」
先生の声は震え、顔は鬼のようになっていた。
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ。一ミリでも、自分の持って生まれたものに考えを回しなさい。……あなたには義務がある。選ばれし者としての、義務と使命が」
わたしは先生を見下ろしていた。
そんなものはわたしの持ち物ではない。
何一つ、氷上には持ち込めないのだ。
背負っていたら、わたしは飛べない。
……そう告げて、さっさとここから立ち去りたいのに、口にしていたのは全く別の言葉だった。
「それって、洵にはあるんですか」
「……何言ってるの。あなたと洵くんは違うでしょう」
「違いません。《《わたしは洵です》》」
確かに自分の声だった。
なのに、誰かに言わされたと思った。
まるで言葉の魂が降りてきたかのように。
「あなた、一体何を言っているの?」
眉を顰め、先生が呟く。
錯乱している。みんなの言う通りだ。
わたし、アタマがおかしい。
しばし呆然とし、そのままふらりと指導室を出た。
扉を後ろ手に閉めるなり、視界の端に見慣れたスケート靴が現れた。
わたしと同じ白い靴、同じブレード。
エッジガードだけが違う。青いプラスチック。
「……聞いてたの」
「ああ、うん」
気まずそうに洵は言った。
どこからだろう、と一瞬思ったけど、そんなことは問題ではなかった。
最後を聞かれていたのだから。
「……盗み聞きなんて最悪」
聞こえたんだよ、と洵は頭をかく。
「本気で言ってんの? スケートやめるとか」
「本気で言ってるよ。明日のバッジテストも受けない。七級なんて要らない」
何も要らない。
たった一つが手に入らないのなら、何も。
洵は一度目線を爪先に落とし、深くため息をついた。
「……おれ、男だから分からないけど」
顔を上げ、真っ直ぐにわたしの目を見る。
「おれがお前だったら、同じこと思うと思う。言うかどうかまでは、分からないけど。だから、好きなようにすればいいよ。……けど、おれはやめないからな」
真っ黒な瞳。
何も読み取れなかった。
感情も、言葉も、何も。




