第25話 アニマの依代
思わず後ろを振り返った。
不安な眼の色のまま、可憐はちらりとわたしを見た。
「どうしたの」
「……見えてないの? 可憐」
「……何が?」
そう言って、怪訝そうに目を動かす。
可憐の瞳が何も捉えていないのは明らかだった。
わたしは死にかけの魚のように口をぱくぱくしていた。
「汐音ちゃん。あなただって、無関係じゃないのよ」
毅然と先生が言った。
その声に呼応するかのように、シオリの目に光が宿った。
開いた瞳孔は、真っ直ぐわたしを捉えている。
縋るような瞳だった。
わたしは気付いた。
目の前にいるのは、シオリであって、シオリじゃない。
——《《彼女》》は、今この瞬間も、氷の上に行こうとしている。
ぶかぶかのレオタードを、骨と皮だけの身体になっても脱ぐことができない。
白いスケート靴は傷でボロボロだった。幾重にも重なった染みは、血。そして吐瀉物。
震える足はもう真っ直ぐ立つことすら叶わない。
それでも、もう一度飛びたくて。
……先生。
《《彼女》》は全然、成仏なんかしてないよ。
納得なんかしていない。
なのに、あなたは一体何を言っているの?
『逃れられない』
『コントロールする』
『付き合っていく』
『仕組みを呪わずに』
その言葉の本当の意味を、あなたは分かっているの?
鉛を飲み込んだように臓腑が重い。
熱で溶けた金属が、肉体を内側から鋳っていく。
嫌いだ。
重いのも、熱いのも。
全部嘘だと思う。
だって、こんなのはわたしじゃない。
わたしの中で起きていること。
まだ起きてないけどこれから起きること。
全てを見透かすように、先生はわたしを見ていた。
対岸から見下ろす女の目。
少女の忘却者。
いいよ、とわたしは背後の《《彼女》》にうなずいた。
――わたしは絶対見捨てない。
煙のように、シオリが消える。
「そんなの身体に入れるくらいなら、スケートなんて、わたしはやめます」
きゅ、と蛇口をひねるような音がした。
体内を循環していた流れが止まった。




