表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷上のシヴァ  作者: 天上杏
Bonus Track 第六章 Butterfly 霧崎汐音
144/184

第11話 未来

「榛名学院?」

 思いもかけない単語に首を傾げる。

「榛名学院って、高崎の? 可憐、榛名に行くの? 何でそんな遠くに?」


 すぐ近くに公立の中学があるのに、どうしてわざわざ。

 あそこは私立だから受験をしなきゃいけないはず。それに電車で通うなんて面倒くさい。


「……汐音は、行かないの?」

 初めて疑問を抱いたというような訊き方だった。

 本当に、わたしが一緒に榛名学院へ行くと信じてたのだ。

 見開かれた可憐の目を見て、睫毛まで薄茶色だと思った。


「普通に三中に行くよ」


 今度こそ、はっきりと可憐の顔が歪んだ。

 空気が一気に張り詰める。

 沈黙が場を支配した。


 ……群馬で、と震える声で可憐が切り出す。

「スケート、本気でやりたい子はみんな榛名行くんだよ。群馬だけじゃない。神宮とか新横とか……仙台とか北海道からだって、榛名の専用リンクに憧れて引っ越して来る子たくさんいるんだよ」

 

 目がほんの少し潤んでいるように見えた。

 でも、そんなのわたしには関係ない。

 奥歯を噛み締める。

 焦りはいつの間にか苛立ちへと変わっていた。


「洵は、どうするの?」

 ふとわたしは遠くの洵に言葉を投げた。

 洵は目を見開いた。


 おれ? 


 わたしは頷いてみせる。

 少しの間、洵は俯いていた。けど、すぐに顔を上げ、


「おれも、榛名行こうと思ってる。まだ父さん達には話してないけど」

 凜と洵は答えた。迷いの無い顔をしていた。


 何それ。

 何なのこれ。

 一体どうなってるの。

 頭のぐるぐるが止まらない。


 高木さんが一つ咳払いをした。

「榛名は、スケートの名門ですもんね。入江瑞紀さんの母校だし」

「はい。私、小さい頃からずっと入江さんに憧れているんです」

 ぱっと明るさを取り戻した声で可憐が言う。


 ……誰それ。てか、そんなの初めて聞いた。


 わたしはスニーカーの爪先を凝視している。可憐のトウピックが視界の隅にちらつく。


 神経質だと言われる。

 けど、エッジは蝶の羽根だ。長く地に触れるとだめになる。

 視線を奥へとスライドさせる。

 ……先生も、洵も。

 カバーを付けてるとか関係ない。

 みんなスケート靴で地上を歩きすぎだ。


「じゃあ、可憐ちゃんの将来の夢は、やっぱりオリンピック?」

「そうですね。できれば、入江さんと同じ色の……金メダル、獲りたいです。でもその前に、まずは全日本ノービスで優勝して、全日本ジュニアにも絶対出ます」

「汐音ちゃんは?」


 ずっとわたしは下を向いていた。重力のなすがままに背中を丸めていた。


「将来の夢。どんなスケーターになりたい?」


 将来。

 なんて、考えたことがない。

 ましてや夢なんて。


 わたしは未来を信じているけど、わたしの未来は信じない。

 大人になったわたし。働いているわたし。

 結婚して、子供を産んで、三十歳、四十歳、それから先もずっと。

 それって、ただの線だ。

 今ここから線を真っ直ぐ伸ばして、一つの点を指定する。

 それをみんな未来って呼ぶのか。

 そこへの思いを夢っていうのか。

 それって一体何を考えていることになるの。

 

 だって、今しかない。今がずっと続くだけだ。

 ただ氷の上で。今から今へとずっと。

 でも、そんなこと絶対伝わらない。

 誰にも分からない。

 噛み締めた唇が痺れていた。


 痺れを切らした高木さんは、くるりと身体の向きを替えた。

「君は?」

「……おれですか?」

「そう、君」


 洵は少しの間考え込んだ。


「え、これ使われるんですか?」

「ううん、ただの個人的興味」


 再び洵は考え込む。一度、喉を整える音がした。

 わたしは唾を飲んだ。


「夢、って言っていいのか分からないんですが」

「いいよいいよ」

「ずっと、スケートを滑っていたいです」

「ずっと?」

「はい。なるべく長く」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ