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氷上のシヴァ  作者: 天上杏
Bonus Track 第六章 Butterfly 霧崎汐音
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第10話 凝固

 整氷のアナウンスでリンクを降りる。

 どろっと身体が重くなった。

 だるさが下半身から、眠気が上半身から、互いを浸食している。

 重力の根が忍び寄る。小刻みに跳んで振り払っても、四方八方から這い上がろうとする。今日は一段としつこい。エッジを逃がさなきゃ。

 水滴を拭いて手早く紐を解く。運動靴に履き替える。


 整氷時間を利用して、インタビューが始まった。

 編集者の高木さんはノービスやジュニアをメインに取材している。

 わたしと可憐は気鋭の群馬ノービスコンビという扱いのようだ。


 昨季のクープ・ド・プランタンでの優勝。それから、この間のスプリングカップ。今季の課題についても一通り話す。

 トリプルアクセルは好きです。前を向いて飛べるから。

 課題は、ダブルとの飛び分け。回りすぎてしまうので。


 話している間も撮られている。

 自然に任せていればいいのかと思いきや、目線もっと上。

 うーん。いや姿勢かな。

 フィギュアスケーターでしょ。

 ちゃんと背筋伸ばして。

 ……いちいち注文を付けられる。

 思わずため息を漏らすと、


「ていうか、それ何?」

 カメラマンが、こっちの方がうんざりだと言いたげにため息をついた。


「……何がですか?」

「身体。揺らさないで。今話してるし、撮ってるでしょ」


 殺意で、全身の毛が逆立つのが分かった。


「笑顔だよ、笑顔」

 すぐに可憐に脇を小突かれる。


 ……すみません、なんて言うわけがない。

 この侵入者が。重力に喰われろ。


 けど、ツタは食指も動かさない。わたしの足元を這いずり回るだけ。


 呪いは通じない。いつだってそうだ。

 皆が鈍感なんじゃない。わたしが敏感すぎるだけ。

 諦め、静かに冷気を肺の奥まで吸い込んだ。


「おっ、やればできるじゃん。何で最初からやらないのー」


 そのまま、もうワンカット。

 ただわたしは固まっている。背後の氷に呼吸を沈め、凍っている。


 自動販売機の脇のベンチで一人、洵が遠巻きにわたしを見ていた。

 無表情のまま片時も視線を逸らさずに。

 見ないでほしい。代わってほしい。

 ザンボの低音が響き渡っている。


 インタビューが一段落したところで、

「二人はどういう関係なの?」

 意味深な微笑みで高木さんに訊かれ、思わず可憐と顔を見合わせた。

 どう答えたらいいか。迷っていると、

「ライバル?」

 と更に訊くので、


「ちがいます」

 考えるより先に言葉が出ていた。


 ぴきり、と可憐の顔が強張った気がした。

 少しの間、沈黙が続いた。


「……私は、刺激を受けています。大事な親友です」

 努めてにこやかに可憐は言った。

 わたしはそれを小さくなぞる。

 そう、親友。


「グランピアのトット教室でスケート始めた時から、ずっと一緒なんだよね?」

 はい、と頷く。可憐が続ける。


「だから、ここが来年から通年じゃなくなるのは残念です」

「えっ」

 思わずわたしは素っ頓狂な声をあげた。

 全員の視線が集まる。可憐の表情が一気に険しくなった。


「えっ、じゃないよ。前から言われてるでしょ」

「知らない。何で? どうして?」


「……何度も言ってるし、掲示にも貼ってあるけど」

 向かいにいる美優先生が腕組みをしたまま、重そうに口を開く。

「経営不振なの。春夏は特にお客さんが少なくて。何年もずっと引き延ばしてきたけど、もう限界なの。どうにか当面の間、秋冬の営業は続けてもらえることになったけど」


 淡々とした口調が余計に気に障る。

 並べ立てられたって、知らないものは知らない。


「……じゃあ、これから春と夏、どこで滑ればいいの」

 呆然と呟くと、可憐はぱちくりと二度瞬きをした。


「私達来年から中学生だもん。榛名学院に行けばいいじゃん」

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