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氷上のシヴァ  作者: 天上杏
第五章 Skater 霧崎洵
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第8話 理由は俺の手の中

「遅くなってごめーん」


 真人《まなと》の素っ頓狂な声で、俺は現実に引き戻された。


 おう、と言ってトーマは立ち上がった。

 その背の高さに、思わず見上げて驚く。

 全身黒ずくめの立ち姿を前に、壁という単語が脳を過《よ》ぎり、俺は反射的に頭を振った。


「ねえねえ刀麻君、北海道の人ってみんなフィギュアとスピード両方やるの?」

「やんない。てかさ、LINE交換しようぜ。ここ来るのにちょっと迷って不安だった。なんか変な門あるし」


 いいよー、と暢気《のんき》に真人がスマホを取り出したのも束の間、なぜか俺のスマホが震えた。


「……何勝手に俺までグループに入れてんだよ。消せ」

「いいじゃん。だって僕、男子部員嬉しいんだもん」


 一年スケートボーイズ。

 浮ついたグループ名に舌打ちをする。


 ……そもそも、こいつは本当に入部するつもりなのか。

 女子に比べれば男子の選考基準は甘いとはいえ、榛名のスケート部は古豪《こごう》の狭き門だ。

 トーマがあの鉄面皮《てつめんぴ》揃いのお眼鏡に適《かな》うかどうかも分からないというのに、真人は先走りすぎだ。


 すぐにグループを抜けようとしたが、画面上のトーマのアイコンが目にとまり、思わず食い入るように見た。


「……これ、君の知り合い?」

「ああ、それイイ写真だろ。中学のスケート部の奴ら」


 船木《ふなき》英治《えいじ》。

 全中のスピード部門のMVPじゃないか。

 種目は覚えていないが、合同表彰式で派手な見た目をしていたから記憶に残っている。


「彼と、いつも滑ってたってこと?」

「エイジ? そうだよ。去年まで俺が持ってた道内レコード、そいつに塗り替えられた。たった二ヶ月でさ、信じられる? 一秒だぜ。500mで一秒はでかすぎる」


「……どうして、スピードをやらないんだ?」

 え、とトーマは饒舌《じょうぜつ》な話しぶりを止めた。

 空気がしんと沈む。


「君、相当な実力者だよね。スピードスケートは個人競技だし、伊香保まで足を伸ばせば専用リンクだってある。それとも、まさか……」


 フィギュアの腕は、それ以上だと言うのか。

 そう続けようとした俺に、


「……もう一度、生まれなくちゃいけないからな」

 リンクを横目で見ながら、芯のある声で呟いた。

 それは独り言のように小さな声だったのに、ぞっとするほど鮮明に俺の脳に響いた。


「なんてね。まあ、俺には俺の理由があるってこと」

 そう言ってトーマは屈託なく笑った。


 ……本当に、こいつといると調子が狂う。

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