91 怪物少女と女神屋敷
目覚めると、見覚えのない部屋の知らない布団の上だった。布団からはまるでお菓子のような甘い匂いが漂ってきて、不快ではないのだが、どこか不気味な感じがする。
体を起こすと、和室のようなそうでもないような、とにかく妙な作りの部屋が瞳に映る。具体的には物を構成している素材感や、色合いが奇っ怪だ。
何故、こんなにも全てが元気な色合いで、全開バリバリとしか形容し難い感じなのか?
天井には何故、青空が描かれているの?
「な、なんだここ……? 一体、何なんだ?」
久しぶりな畳の匂いに心奪われるも、それを構成するイ草とは思えないポップな黄色さや、これイ草じゃなくてプラスチックか金属なんじゃないの?と思わせる輝きを放つキラキラなツヤを呆然と眺めていると、障子紙ではなく何らかのふわふわした素材で作られている、やけに真っ白なふわふわ障子がズガッ!と開いた。
ふわふわ障子の向こうからは、相変わらず殆ど丸裸のような恰好ではあるのだが、今回はエプロンを着用している為に割と普通に見えないこともない、でもまぁどう見たって普通人じゃないヌガー様が、満面の笑顔を浮かべながら、ぴょうっ!と飛び込んできた。
「ミライくん起きた~? 一番乗りだね! 気分はど~う~?」
「どうって言われても、なんかいつの間にか、ヤバそうな所に連れてこられたな? って感じだけど……」
ヤバそうな所、という表現は控えめなものだ。ふと、背後に圧を感じて振り返ると、そこにズラリと並べられていたのは、例のキラッキラの動物少年少女がおにぎりを食べているアレの等身大人形群だったのだから。
ヌガー様が入ってきた障子の向こうには、壁にものすごい高密度の花柄が描かれた部屋があり、その中で俺の仲間が全員で寝ていた。失踪していた筈の6号とフィレまでいる。
「早速だけどミライくん。明日からはもう、神王決定バトル。私にはもう全く余裕がないの! 強引すぎるかもしれないとは思ったけど、強硬手段を取らせてもらったわ……ここは、神界の私のおうちよ。どう? いい感じでしょう!?」
ヌガー様が『いい感じ』と主張する部屋を改めて拝見するが、いい感じの所が目に止まらない。すべての場所が過剰に装飾され、生活に不要な物が大量に並べられている。念の為フォローしておくと、ここはゴミ屋敷ではない。むしろ良く掃除されていると思う。だが、なんだろう、この雰囲気。この、サブカル女児が好みそうな空間が、ヌガー様の自宅なのか……。
「前にも言った通り、俺じゃ無理だ。他を当たってくれないと困る」
「あとはもう、ミライくんしか当てが無いのよ……とりあえず朝食しましょ?」
とりあえず仲間たちを起こすために声をかけると、眠そうに目を開けた怪物少女達の瞳に、例の異常な密度の花柄や、部屋の様々なドギツい調度品が飛び込んできたらしい。全員が困惑の声を上げた。
ところで、6号は寝ていてもフィレの顔面を腋に挟んでいた訳で……。
「6号、久しぶり……でもないか。腋の件は本当に申し訳なかったと思っているんだが」
「あっ、それがですね、聞いてくださいよマスター! まさに大発見です!!!」
6号が飛び起きて、最近はすっかり見なくなっていた明るい顔で嬉しそうに話しかけてきた。
「腋って、ずっと舐められていると、すごく、すご~く! 気持ちいい事に気がついたんでぇす~~♡♡♡」
満面の笑顔で語る6号の目には、全く光が宿っていない……。
「あ、ああ…… うん、6号が良いなら、まぁ…… それでいいんじゃないだろうか?」
「すっごく良いんでぇす~~!!」
「ぶおおお~っ! 6号様っ♡ 6号様の右腋~っ♡♡♡」
フィレの顔が右脇に埋まり、ぺろぺろと舐めているらしい。
「ほらっ、ほらっ、こうやってぺろぺろ舐められているじゃないですか、するとですね……」
「ゾクゾク来るのかな?」
「そう! ゾクゾクが、来るんですっ!!」
「ぶおおお~っ! 6号様っ♡ 6号様の左腋~っ♡♡♡」
これからも、ずっと無限に続くであろう舐め攻撃に、遂に目覚めてはいけない何かに目覚めてしまったらしい6号を、俺は恐怖心を隠して、ただ見つめている事しか出来なかった……。
「あああっ、来る、来る来る来る~~っ♡ うっほおおお~~っ♡♡♡」
案内された俺達の前に現れた食堂は、無数の虹柄で彩られていて、先程の部屋に比べるとそれほど心にダメージを受ける感じはしないが、それでも相当に異常なセンスで作られている。
ヌガー様の食事って要するに神の食事な訳だけど、ヌガー様だけに一体どんなヤバいものが登場するのだろうと思ってハラハラしていたのだが、用意されていた料理は予想外の品だった。
「なぜこれが……? 何で、ここに……?」
「たまには変わったものをって思って、ミライくんの故郷の世界の料理で、一番人気があるもの~!っていう感じで適当に取り寄せてみたんだけど……あまり好きじゃないものだった?」
俺の顔を覗き込むヌガー様に、笑顔で答える。
「いや、割と良く食ってた物だし、久々だなって思って。いただきます……!」
メインの包装紙を開けて、がぶりと噛み付くと、あの独特の風味と味わいが口内に広がっていく。ポテトも飲み物も、忘れられないあの店の味。もうずっと変わらないあの味が、俺の体に染み込んでいく……。
この手の食品はこちらの世界にも存在しているのだが、こんなに極端で不健康そうな味の存在は、今の所確認できていない。
こんなものが無くても、他に美味しいものが沢山あるのだが。それでも俺は、この味が……。いや、好きではないな。好きではないのだが……。
「うーん、マスターの故郷って妙ちくりんな味つけの物、食ってるのな?」
「マズくはないでち。むしろ癖になりそうな? ヘンな食べ物でちね」
「ポテトは塩味だ……よ。塩の味が……する!」
「ぶおおお~っ? 食べたことが無い謎の味でぇす! 経験になりまぁす!!」
「中に入ってるキュウリみたいな野菜、苦手かもです……」
「腋を刺激されながら食べる料理は何でも最高に早変わりで~す♡ おほおお~っ♡♡」
「6号様っ♡ 6号様の両腋~っ♡」
「……同族末裔の恥ずかしい姿を見ながら食べる料理は、格別じゃなあ?」
「ヌガー様、これって……本当に一番人気なんです?」
皆が勝手に騒いでいるが、俺はいつの間にか、食べることに夢中になってしまっていた。ただひたすら、黙々と食べ、その存在を感じていた。
懐かしいが二度と戻れないあの世界のありふれたジャンクフードに、何故ここまで惹かれるのか分からないが……。
各種耐性のお陰なのか、涙を流すような事はなかったのだが、とにかく手が止まらない。
気がつけば、皆が心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んでいた。
「なあマスター、それ……そんなに美味いか?」
怪訝そうなファフニルの問いに、俺は曖昧に頷きながら、咀嚼を止められずにいた。




