86 怪物少女と失われたもの
なんとなく予想はしていたのだが、結論から言うと、屋敷は跡形も無く吹き飛んでいた。生きた姫が居なくなり、空間操作の魔力が届かなくなった時間が少しだけあったらしい。フィレの作業は、本当にギリギリだったのだ。
結構な規模の爆発が起きたらしく、木々が焼けこげているのが目に入るが、周囲には建物などが何もなかった事が幸いし、屋敷が消え失せた以外の被害は無かったようだ。
内部空間の崩壊だけでなく、一気に時間が進んで朽ち果て、もはや完全なる廃墟となった屋敷の残骸を前に、膝をついて呆然とするイカ人間達。
「嘘だ……! う、うわあああ……あああっ!!」
「貴重な、貴重な貴重な二度と手に入らない車両達があぁっ!!」
彼らは趣味の職場を失って、涙を流しながら続々と海に帰っていった。
屋敷を保つ空間拡張の魔術が途絶えた場合、中に居た人達は全て外にはじき出すように設定していたらしい。鉄おじさん達は全員無事だったようで、皆それぞれ求める鉄道のある方向に散っていったそうだ。
「我の世話をする奴が、一人も居なくなってしもうたなあ……」
即席ベビーカーの上で喋りながら哺乳瓶をちゅぱちゅぱと口にする赤子姫。
「姫は屋敷が無くなった事、あまりショックじゃないんでちか?」
「意外にな。むしろスッキリしたかもしれん。正直なところ、蒐集品が溜まりすぎておったからの~」
理解できる気がする。集めていた玩具などを親に捨てられた時、ショックはショックなのだが、ああ、もう集めなくて良いんだ……という開放感があった事を思い出した。
「折角、体が新しくなったんじゃ。オマケなのか何なのか、太陽光やら何やらへの耐性がいっぱい付いとるみたいじゃし、感謝しながら色々と切り替えて生きていかなくちゃならん。今は、とにかく成長せねば……」
哺乳瓶の中身をちゅぱちゅぱ吸う作業に戻る赤子姫にすり寄って、媚びた声を出し始める者がいた。
「えへへ……! えへへ……! あのぉ…… 姫さまの機関車は、もう一つも残っていない……の?」
アオリである。笑顔を浮かべてはいるが、手足を細かくバタつかせていて、余裕のない感じなのが判る。
「実際の車両はもう無い筈じゃけど」
ベビーカーのポケットから何かを取り出し、手元に置く赤子姫。どうやら機関車のオモチャのようだが……。
「前の我がポッケに入れていたオモチャだが、これで良ければお主にやるぞ?」
「はぁ…… オモチャか…… あれっ!? こ、これ……! これ、とんでもなくめちゃくちゃ貴重な……!」
機関車玩具を持ち上げて、興奮した顔で細かく観察し始めるアオリ。この雰囲気ならば、とりあえずはホテル暮らしに戻っても大丈夫だろう。
「姫はこれからどうするんだ? 俺達の住んでるホテルに来るなら歓迎するが」
「暫く世話になりたい。見ての通りの赤ちゃんじゃから迷惑をかけるかもしれんが、魔力があるからの。それ程迷惑はかけんかもしれんし」
魔力。これまで様々な不思議能力を目にしてきた俺だが、目の前の赤子が行っている魔力の行使というのは、オムツ替えを自動で行ったり、ベビーカーを自力で動かしたり。商品化できるならば今すぐにでも売り始めた方が良いくらいの代物だ。そもそも赤ちゃんがペラペラ喋ってるという事自体がヤバい。とんでもない幻覚を見せられている気がする。
「そうだ。我もボトルモンスターにしてくれんか? 何しろ、今の我は全て失った文無しじゃから、ちょっとでも稼げた方が嬉しいんじゃ!」
「構わないよ。契約の言葉は 『ご奉仕するにゃん』 だ!」
モンスターボトルに指を突っこんで、契約の言葉を発した赤子姫の身体が光に包まれ、次の瞬間には皆と同じくらいの年齢の女児に変身していた。
「おおっ? この体なら、何不自由なく暮らせるぞ!?」
「そういえば、俺と契約すると子供になっちゃうんだっけ。まさか、赤ちゃんが女児に急成長するとは思ってなかったけど」
「これなら、あの逃げていった女子と、追いかけていった女子の分も働けるじゃろう。まぁ、暫くの間、よろしく頼む!」
そう。そういえば、逃げていった女子6号と、追いかけていった女子フィレは、あれから姿を見せていないのだ……。
ホテルに帰った俺達が部屋で見た物は、置き手紙だった。フィレが落ち着くまで、暫く旅に出ます!という6号の簡素な手紙と、6号の腋について便箋50枚くらいに眩暈がするくらいびっしりと詳細な考察を書きなぐり、最後のページで6号様を追いまぁす!と書かれた、ヤバさしか伝わってこないフィレからの手紙である。
「うん、まぁ……。 死に別れた訳でもねえし、また、そのうち戻ってくるだろうぜ……」
「ぶおおお~ん、便箋から、フィレちゃんの濃厚な匂いがしまぁす!」
夜、皆が寝静まった頃合いで、俺を引っ張り、耳元に語り掛けてくる奴が居た。
「ミライくん。 少し、外で話せませんか?」




