85 怪物少女と赤子姫の誕生
地上に戻る階段を上り、途中の空間で一休みしていると、おんぶしている姫が背中越しに話しかけてきた。
「お主は気にするタイプだと思うから、あえて言うがの」
「いや、まぁ、そりゃあ、それなりに責任を感じてはいるよ」
何しろ、壊れる寸前の彼女が戻る事のできる体を消滅させてしまったのだから。話しかけてくる姫の声は所々掠れていて、聞き取りにくかった。
「今回の件は気にするな。そもそも、我があの状態の本体に戻る事が出来たかは、かなり怪しい」
その言葉を聞くまでも無く、俺は、姫が吸血姫の魂が乗り移って動いている人形である、という前提そのものが既に怪しいと思っていた。
彼女の体温の無い冷たさを感じていると、レム姉さんの『生き物ではない』という言葉が思い出される。
俺にはそこいら辺の知識がロクに無いので予想にすぎないのだが、彼女は姫の物真似が上手な、自分が姫自身では無いと疑う事すらできない、良く出来すぎた人工知能のような存在なのではないだろうか?
何にしても、それを確認する手段は、もう無い。
「我はもう、十分に生きた……」
それきり押し黙る姫。声を掛けずらい雰囲気なので黙っていると、背中から伝わってくる振動と、かすかにすすり泣く声が聞こえた。
「姫! 諦めない……で! 姫が死んだら、屋敷がぺしゃんこに潰れ……るよ!!」
「機関車が! 貴重な機関車たち……が!」
慌てふためくイカ人間達。だが、姫からの反応は無かった。いつの間にか震えも止まり、すすり泣く声も聞こえない。
これは……。 もしかして、遂に……。
「ねえフィレ、6号の足を舐めているのを邪魔して悪い……けど、姫の身体、どうにかできない……の?」
足舐めを止めてアオリの顔を見つめるフィレが、ピーン! と何かを思いついた顔になって口を開く。
「ろ、6号様が、命令して下さるなら……何だって出来ますけどぉ……」
ぐぇっ…!? という顔になった6号に頼み込んで女王様モードになってもらい、パッと思いついたとびきりの誘い文句を伝えさせ、フィレのやる気を奮い立たせてみた。
「そ、そんな、嘘っ、嘘嘘嘘嘘~っ!? わ、腋っ!? わっ、ふわわっ!?」
やる気が奮い立ったどころの話では無かった。顔面を真っ赤に紅潮させ、体毛を奮い立たせた豚人間が、全身から各種様々な体液を垂れ流し、天にも昇りそうな至福の表情を浮かべている。
「腋…… わぎっ!? えへ、えへへっ…… えへへへへへへへへ!!! うへへへへへへへへへへへへへへぇ~~~!!!!!!」
描写をする事すら躊躇われる、誰がどう見ても異常者の姿だ。
全員がドン引きし、当の6号に至ってはダッシュで逃げようとしているのを何とか引き止めつつ見守ると、荷物袋から様々な道具や材料を引っ張り出して、もの凄い速度で何かを作り始めた。
「嘘、嘘、6号様の腋の下をっ~~? 嘘嘘嘘っ、ほ、ほんと? ほんとに? 腋の下ですようわああああーっ!!!! わきいいいいいいいい~~~~っ!!??」
「フィレ、片方だけじゃない。両腋だ……よ!!」
突然のアオリの言葉に、一瞬固まるフィレ。瞳がグルン!と上を向き、口から涎が滝のように流れ出て、全身を体液塗れにしてブルブル震わせながら、それでも異常天才の知性が成せる業なのだろうか? 言葉で再確認してくる。
「両腋イイッ!! ……と、いうのは、6号様の左右の腋の下のフオオ~ッ!! ……の事にィ、間違いなンヘェ~ッ!!! ……のです、よねぇ~~~? イヒッ……!! イヒヒイイィ~ッ!!」
これは良くない。完全に何かを超越したダメな人の顔になり、何を言っているのか微妙にわからない言葉を発している。そんな危ういフィレの手元には、いつのまにか見覚えのある装置と、奇妙な袋の付いた見た事の無い装置が完成していた。
フェチズムの異常に強い表情を消し去ってキリッ!とした顔に戻り、俺の背中の動かない姫の近くに寄って、見えない位置で何かをした直後、四つん這いでチャーミーの近くに走り寄り、口元から何かをつまみ取るフィレ。これまで見た事の無かった装置にそれらを突っこみ、続けて何やら良く解らない粉や水を投入し始めた。
「吸血女の抜けたてホヤホヤの毛と、体を作る為の材料でぇす。まぁ間に合わせなので、分量は少ないのですが。この魔法装置を通す事でぇ…… はい! できました!」
ボコンと膨らんだ装置に付いた袋が割れて、中から出てきたのは…… 赤ちゃんだった。
恐らくは生きているのだが、全く動かない赤ちゃんの口に何かを突っこみ、反対側から息を吹き込むフィレ。見る見るうちに赤ちゃんの瞳に光が灯り、体を動かしはじめる。
「あっ!? あれって、トンタマで作ってた記憶継承の笛か!?」
「死亡寸前なので笛を使用できるのかどうか微妙でしたが、魔術的には同一の個体であると認識されたようですし、ギリギリではありましたが、移植作業は完璧に完了でぇす!」
装置から身を乗り出し、何を言ってるんじゃ? という顔をする赤ちゃん。年齢は1歳児くらいだろうか……?
「ちょっと待て、移植って一体何の話じゃ……? あ、あれ? あれええっ!?」
俺が背中から降ろした、もう動いていない姫を見て、よちよちと歩み寄ってぺたぺた触り、驚きの声を上げる赤子姫。
「な、なんで? 我はここに居るのに……? それに……なんか、皆、大きさが変だぞ!? めちゃくちゃでっかい!」
「ウヒヒヒヒ~~ッ!!! こ、これでっ、6号様の腋をっ!? 顔を左右交互にうずめて、思う存分、好きなように舌を這わせっ……!? 香りを堪能させて頂き……!? もの凄くデリシャスに違いないでぇす! あ、あ、想像するだけでぇ……! 足腰がっ……え、えへ、えへ、えへ、えへ、えへ」
突然、地面にへたり込んで、地面に水たまりを作りながら全身を痙攣させているフィレの顔を見ると、嘘だろう……? と言わざるを得ないような、描写のしようが無い途方もない表情をしていた。
簡単に言うと、真性変態顔である。
「へっ…… 変態だ~~~っ!」
この顔は、アヘ顔…… と、言っていいのだろうか?
俺が知っているのは、何らかの作品中で描写されたような架空のアヘ顔くらいだが、目の前で恐らくはガチで漏らしながらリアルタイムで行われているアヘ顔は、それら全てを超越した、まさに真性の変態顔だった。
「やべえな。この豚人間、思っていた以上に完全な変態だぜ?」
「まさか、ここまでド変態だったとは、驚きでち……!」
「ものすごい変態だ……ね。流石にここまでいくと、引いてしま……う!」
「ぶおおおん!? 何故でしょう、変態なのに、羨ましいでぇす!?」
「はぁ、色々と悩んでいたのが馬鹿らしくなってきました……!」
気が付けば、周囲の何処にも6号の姿が見当たらない。その事に気が付いたフィレは、周囲の匂いをクンクン嗅ぎ、何やら野性味を感じる叫び声を上げながら、外に続く階段目指して走り抜けていった。姫が助かったらしい事なんて、もうどうでもいい!というくらいの勢いである。
「逃亡者と追跡者になったか。まぁ、二人の位置は装備でわかるし、俺達も外に向かうか……」




