84 怪物少女と始祖吸血姫
目の前では、生きた吸血姫が可憐に踏ん反り返っている。そして、俺の背中では、吸血姫の中身だった筈の鉄道姫が、とても信じられない物を見た顔で震えていた。そんな鉄道姫に気が付いた吸血姫が、優雅な歩みで近づいてくる。
「……お主、ゴーレムか? 我に似せて作られた機械人形とは、妙なのを連れてきたな」
「う、嘘じゃろ? 我がここにいるのに、何故、動いてるんじゃ!?」
いつのまにか『女神アイ』のポーズを取っているレム姉さんが、ポツリと呟く。
「ふんふん、なるほど、魂の移動魔術って言ってたのが、実際には……なんだこれ?」
そう言うと、親指と人差し指で作っている輪っかを微調整し、何やら覗き込んでいたのだが、突然苦虫を噛み潰したような表情に変わる。一体何事なのだろうか……と思ったのだが、目の前に居るのだから聞いてみればいいのだ。
「もしかして、苦虫を噛み潰してしまったの?」
「苦虫って何なんですか!? 私、虫なんて食べませんよ!?」
レム姉さんが即座に否定する。そういわれてみれば、苦虫って何なんだろう……?
「……鉄道好きの部分を寄せ集めた鉄道姫人形を作り上げ、鉄道好きどころか様々な記憶、最後には命まで失った吸血姫の残骸は棺の中で眠ったままだったみたいなのですが、それを復活させたボトルマスターが、あのお爺さんですね」
再び、苦虫を噛み潰したような顔に戻りながら語るレム姉さん。その言葉に吸血姫と爺さんが反応した。
「我は吸血姫。多分、何も忘れてなんかおらんぞ……。吸血モンスターの姫にして、偉大なる始祖の力を受け継ぐのが、我という偉大な存在じゃ!」
「わしはこの偉大なるお方を復活させる際に血を吸わせた結果として、全自動で隷属化した下僕だ」
爺さんの言葉に驚いた6号が、フィレに足を舐められながら身を捩る。
「隷属化の力が、全自動で発動!? そんなに能力が強いだなんて……!?」
「お主は同族か? ……いや、同族と言うには、薄すぎるか……残念だの」
ふと、その鮮烈な赤目の視線を子豚チャーミーに向け、ぺろりと舌なめずりをする吸血姫。片腕をぐるんと回した後、チャーミーを指さした。
「まぁ細かい事は良いわ。そろそろ食事の時間じゃ。丁度、美味そうな食材があるではないか? 手土産とは嬉しいのう!」
「ぶおおお~ん?」
次の瞬間。吸血姫の可憐な姿が消え失せ、チャーミーの横に出現していた。
彼女のその細い腕はチャーミーに向かって伸び、その手先が、腹に突き刺さっている……。
「ぶっ、ぶっ、ぶおおおお、おおおお~~~~んっ!?」
美味そうな食材。酷い言葉だが、何気に俺もチャーミーに対して同じような事を考えてしまってはいた。先程まで似たような事を仲間たちが発言していたような気もする。
何しろ、豚肉は美味いし栄養満点だ。とんかつ、角煮、生姜焼き……! 様々な料理の味を思い出すだけで、うっかり屈してしまいそうになる。
だが、実際に食べようだなんて思ってはいない。今は何故か子豚でも、この子は俺の仲間、モンスター女児のチャーミーなのだ。
恐るべき薬物の力で何らかの幻覚を見せられているにしても、この子は俺達の大切な家族に間違いないのだから。
しかし、目の前の可憐な吸血姫は、そんなチャーミーの命を無残に奪い、喰らい尽くす気のようだ。そんな事を、許すわけにはいかない!
「ほほう、この子豚は随分しっかり身が締まっておるな! さぞ、美味かろ…… あれ?」
「おっ、おおお……ん!!!」
吸血姫は、美味しい物見つけた!という喜びの表情を徐々に崩していく。
チャーミーにめり込んだ手が抜けず、重くて持ち上がりもしないようだ。苦しんで死ぬはずの子豚は、苦しむどころか頬を紅潮させ、喜びの声を上げている。
「手が…… 手が抜けん! なんじゃこの子豚!? お…… 重いっ!? 何なんじゃこいつ!?」
「ぶおおおおおおおおお~~~ん!!!」
全身を震わせて各種体液を垂れ流しながら、喜びの声を上げるチャーミー。
あっ、この先って、もしかしていつも通りの展開になるんじゃないの!? と思うよりも早く、子豚のチャーミーは4本の手足を高速にジタバタ動かし始め、止める間もなく吸血姫と爺さんに噛みついて、抵抗する時間すら与えずに一気飲みしてしまった。そんな事を許すわけにはいかない! と考えてから10秒も経っていない。
「えっ? えええっ!? ちょっ……何でもかんでも食べちゃ駄目でしょ!? 今の二人はボトルモンスターみたいに簡単には復活できないのよ!?」
「ぶおおお~ん?」
しかし、ただの子豚と化したチャーミーには言葉や理屈は通じないのだ……。こう言ってしまうとまるで豚人間形態のチャーミーには言葉や理屈が通じるように感じてしまうのだが。
チャーミーの腹には傷一つなく、ぷるんとしていて美味しそうな食材そのものである。とんかつ、角煮、生姜焼き……!つい、様々な料理の味を思い出してしまう。
いや、しかし、これは、どうすれば良いんだ……? 混乱しながら子豚を眺めていると、再び体から煙が噴き出し始め、全身を覆い隠し始める。
濃密な煙が晴れると、そこに居たのは女児モンスターのチャーミーだった。
「あれぇ……? ここは何処……? 雌豚は、何故こんな所で、妙にお腹いっぱいなんでぇす?」
妙にスッキリした顔で、とびっきりの女子中学生になったボトルマスターのような事を喋り出すチャーミー。子豚状態で栄養を摂ると、元に戻るのだろうか……? わけがわからない。考えても無駄かもしれない。
「うん、まぁ、終わった…… な。出口も開いたみたいだし、とりあえず地上に戻って対策を考えるか」




