83 怪物少女と四つ目の空間
無限に続くフィレの足舐めを6号が悟りを開いた顔で受け入れていたので、フィレの肩を叩いて話を聞いてみた。振り向いたフィレの顔面は、唾液でカピカピである。
「急用でしょうか? 私、6号様の御腿をなめつくすので忙しいんですけど……」
彼女にとっての聖なる行為を邪魔された事に腹を立てているのか、顔つきが厳しいフィレ。どうやら、チャーミーの身に起こった謎の現象を全く見ていなかったらしい。状況を説明すると、ほほう!という顔になった。
「ああ、なるほど、思い出しました。それは『桃魔豚』の奇怪な仕様ですね。何かの切っ掛けで普通の豚に体を変化させて、身を守る?とかいう用途不明な仕様で、不具合なんじゃないかな……って思うんでぇす!」
「元に戻るのか?」
「さあ……? どうなんでしょう……? 私は、6号様の御腿をなめに戻りまぁす!」
おそらくチャーミーだと思われる子豚に、荷物の中にあったトンタマ旅行の副産物である首輪とリードを付けて、俺の装備に結わえ付ける。
「ぶおっ!? ぶおおおっ♡♡♡ ぶおおおおおおおお~~~ん♡♡♡」
首輪をハメた瞬間から何故か凄い勢いで大喜びの豚。そういえば、チャーミーは以前に、腕輪をはめてやっただけで大喜びして、顔を紅潮させ興奮し、全身各所から各種体液を流し、全身をくねらせ淫猥なポーズを取っていた事があった。子豚になっても変わらないんだなあ……。
幼児化したままのファフニルとアオリを抱っこして、おいしいりんごジュースを飲ませる俺。
「うきゃ~っ♡ おいし~っ♡」
「うま……♡ うま……♡」
この二人は、おそらくもう正気に戻っている。何しろ、二人で目で会話し俺の乳首の辺りを弄っているのだから。その行為そのものは正気とは思えないが、念のために用意してあるレモンと梅干のミックスジュースを飲ませるほど憎らしくはない。
こんな俺達をじっと見つめていたルアが、やけに嬉しそうな顔で語り出した。
「ご存じの通り、あたちは、マスターの両乳首に軽~くピカピカ電撃を流してみたい! という願望を捨てきれていないんでちゅけど、なるほど!幼児化すれば願望を叶えられる可能性が……?」
「幼児化しても、そんな歪んだ欲望を抱えていられるの?」
微笑むルアだが、目が全く笑っていない。こいつ……本気だ!
「ところでマスター、一旦出直さないでちか? 流石にこのシュールな状況はマズい気がしまちゅ」
「やっぱり、そう思うよなあ?まぁ、この二人はもう正気に戻ってると思うんだけど」
何しろ、先程から俺の乳首の支配権を賭けて、幼児っぽく争っているのだ。
「まぁ、二人に関してはあたちも正気に戻ってると思ってるんでちゅけど……チャーミーの状態は心配でちね」
「依頼の内容が怪しく、ギルドに申告するべきタイミングでもあっただろうから、なんとかして一旦外に出るか。姫の本体は無事みたいだし、また後で取りにくれば……」
しかし、俺達が来た道は封鎖されたままだ。無理矢理破壊して戻るか、レム姉さんに頼んで、女神の力とかいう謎の手品で地上に戻してもらうか……?
「……急ですまんが、何気にあまり時間は残されてないみたいじゃの」
妙に機械じみた声に驚いて姫の姿を見ると、動きが鈍かった左手だけでなく、これまでは動いていた箇所の自由も徐々に効かなくなってきたらしく、非常にメカメカしい動きになっている。
「た……大変だ! 姫が死んだら、屋敷が崩壊する……のでは!?」
「大変……!」「大変……だ!!」
イカ人間達が大騒ぎを始めたが、この人たちは鉄道の事以外に役に立たない。今、騒いでいるのだって鉄道コレクションが失われてしまう事を危惧しているだけだろう。
「大丈夫だと思うわよ? チャーミーが変化した子豚は、私が見た感じ健康そのもの。今すぐにでもトンカツにしちゃいたいくらい、ぷりっぷりのおいしそうな豚よ!」
レム姉さんがまた良く解らない女神アイとやらを使ってチャーミーを観察して舌なめずりしている。まぁ、この人が大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。
「ぶおおっ!? ぶおっ!!ぶおおおおおおお~んっ♡♡♡」
トンカツという単語を聞いて怯えたかと思いきや、ますます嬉しそうな声を上げて全身を紅潮させて跳ねまわるチャーミー。ピンクの子豚なのだが、行動がどう見てもチャーミーそのものである。
「今は姫の身体を取り戻す事を最優先するか。ファフニル、アオリ、まだ幼児のふりをしていても良いが、ここからは俺も本気でいくから、お前たちも気合を入れて幼児していてくれ」
「は~い!」
「判った……よ!」
偽幼児の女児二名を抱っこし、姫を背負い、豚を連れて歩く事くらいはこの装備ならば容易い。俺達は階段を駆け下りて、4つ目の空間に足を踏み入れた。
これまでの3つの空間と大差ない広間だったが、割と大きな生活空間が作られていて、中央には割と豪華な椅子に座った少女がおり、その前には爺さんが居た。
当然の事ながら、全裸だ。完全に全裸。何も身に付けていない。モンスターボトルだけは手に持っているが、上を向いた陰部や乳首などを隠すものは何もない。
「……来たか。担当の女神に頼んで、お前のボトルモンスターに関わりの強いボトルモンスターと契約したのだが、足止めにはならなかったか」
「いや、十分嫌がらせになったよ。あと、爺さんの見た目もかなり足止めになってる。聞きたいことは色々あるんだが、今は取り急ぎ、その少女の身体を返してくれないか?」
俺の言葉を聞いて、何故かポカーンとした顔になる爺さん。
「……おぬし、何を言っとるんだ? 返すって……?」
「小僧、我は吸血鬼の姫じゃ。我の清らかな肉体は、我自身の至宝じゃぞ?」
突然、椅子から立ち上がって俺達を睨みつける少女。その姿は、俺が背負っている姫によく似ていた。ただしあちらは生気に溢れていて、誰がどう見ても健康優良だ。あれが姫の本体か……。
「えっ……!? どういう事だ……?」
おかしな事に気が付いてしまい、驚いた。俺が姫の意識を宿した義体を背負っているのに、本物の姫の身体が自由に動いているのだ。背中の少女が、震えた声を上げる。
「……ど、ど、どういう事じゃ? 我が、勝手に動いとるぞ……?」




