82 怪物少女と三つ目の空間
三つ目の空間に入る直前で少し立ち止まり、椅子や机を出して小休止することになった。おやつにどうかなと思い、トンタマで仕入れたとびきり甘い饅頭を出すと、意外な事に姫が飛びついてパクつき始めた。
「こりゃあ甘い! すっごい甘いのう! こんなの食ってたら、脳が肥満になっちゃうんじゃないか?」
トンタマの豚人間達はもっと信じられないくらいに甘みがヤバい物を食っていたが、彼らの体ではどこまで肥満が広がってしまうのだろうか?
「姫、そんなに沢山甘いものを食べてると、虫歯になる……よ!」
「相変わらずうるさいのう、この歯は金属製じゃと何度言えば分かるんじゃ?」
キリコはあれからずっとひょっとこの仮面を外さないで無言だし、アオリは夢か幻を追いかけ続けて呆けた顔をしている。時折しゃぶっている機関車模型がいつのまにか別の機関車模型に変わっているし、なんとなくそろそろ意識を取り戻すような兆候も見られる……と思いたい。
ファフニルは幼児化したままだ。抱っこしているファフニルのお口にバナナを近づけると、笑顔で元気よくムシャ!ムシャ!と食べるので、まぁ心配は要らないと思うのだが、何気に、仲間の戦力が半減してしまっている。少し、慎重に進まねばならないかもしれない。
背後で入口が消え失せると、近くに敵対しているボトルモンスターが現れるのは分かっていたので、空間に入ると同時にファフニルに炎を吹いてもらう事にした。
「そういう訳で、入った瞬間に、炎をぴゅーっ! って吹いてくれない?」
「あ~い! パパ♡ パァパッ♡」
俺の事をパパと呼びながらも、ずっと俺の乳首のあたりを弄っている事から、それら全てが演技だと思われる偽幼児の女児モンスター、ファフニルが、嬉しそうな顔で返事をし、抱っこされながら猛烈な勢いで息を吸い込み始めた。
途端、俺の脳裏に装備からの警告が流れ始める。近距離に短時間の防御しか出来ない高温の物体が発生している為、早急に距離を取れというのだ。一体どこにそんな物が? と示された場所を見ると、俺が抱っこしているファフニルが居た。
俺の視野には、どういう仕組みなのかは知らないが、装備からの指示や様々な情報が表示される。ファフニルに対して矢印が表示され、その横の℃が付いた数字が、ものすごい勢いで上昇していくのが見えた。
「うわっ!? 熱っ!!! 熱うううっ~~!!??」
思わずファフニルを手放し、急いで自分の状態を確認する。装備のお陰で何とかギリギリで無事だが、彼女の体温は確認できただけで2,300℃を超えていた。
「やーっ!?抱っこ!! だあああっこおおお~っ!!!」
2,300℃の熱を内包しているアツアツなファフニルが、ものすごい速さで飛びついてくる。装備の力で何とか避けると、泣き顔になって、ほっぺたをぷぅっ!!と膨らませた2,300℃女児の温度が急激に下がっていった。
「2,300……いやファフニル、炎は吹かなくていいから、とりあえずこれでも食べて落ち着いて!」
俺が差し出したトンタマの激甘アイスを涙目のままちっちゃなお口に含み、あっという間に体温が元に戻ったファフニルを恐る恐る抱っこすると、再びニコニコ顔に戻った。
「何、今の体温!? あの温度で、どうしてファフニル自身は燃えないんだ!?」
仕方ないのでとりあえず普通に三つ目の空間に足を踏み入れると、背後で入口が消失し、目の前に太ったおじさんが現れた。トンタマで見慣れた感じの豚おじさんである。
おじさんを見て、ぶるぶると体を震わせたチャーミーが、叫ぶ。
「ぶおおおお~ん!? チャ、チャーミーの、ファーザーでぇす!!」
「久しいな、チャーミー! 我が、最愛のベイビーっ……!」
ぶわ~っ!! ぼたぼたぼたっ!! 二人の瞳から涙が溢れ出て、涙どころか全身のありとあらゆる所から様々な体液を流しながら、お互いの場所へ駆け寄ろうとしている。一体いつぶりなのかは知らないが、恐らくは親子感動の再会なのだろう。
危ない所だった! もしもあのままファフニルの炎で空間を焼き尽くしていたら、チャーミーの父親の丸焼きが出来上がってしまっていたかもしれない。焼き立てホカホカの豚の丸焼きである。
「ファーざぁぁああ~ん!!!」
「チャアミイイイ~ッ!!」
途端、俺の脳裏に装備からの警告が流れ始める。高密度の物体同士が急加速し、予測では衝突するというのだ。発生した衝撃波から身を守るため、足と地面を固定し、全方位にシールドを張れとの指示。一体どこにそんな物が?と示された場所を見ると、拳を振り上げて走り出す二人の豚人間が居た。
地面に足裏を固定し、スペシャル・マシン・シールドを展開した所で、ものすごい衝撃波が連続して俺たちを襲った。シールドに守られてはいるが、空間が何度も極彩色に彩られた火の海になったのが見えた。
豚人間二人の姿は爆風と火炎と巻き起こる煙で全く見えないのだが、何かがぶつかり合うとんでもない轟音が何度も何度も聞こえてくる。恐らく二人が激しく戦っているのだ!
「うきゃーっ! きゃっ、きゃっ!」
光り輝く爆炎に大喜びの幼児脳ファフニル。俺の方は恐怖耐性スキルが無ければ気が狂っていたかもしれない。衝撃波の嵐が収まった頃にはシールドのエネルギー残量は半分以下まで減り、足裏の固定具は衝撃で歪み、まともに動かなくなってしまった為に取り外した。
巻き起こった濃煙が収まったその場所は、一体何が起こったのか判らない程地面が陥没しており、中心にはボロボロになって地面に倒れたファーザーがいた。
「……気にする事は無い。ボトルモンスター同士が戦い、弱き俺が負けただけの事だ」
息も絶え絶えのファーザーが、近くのチャーミーに語りかける。一見すると無傷だが、心に深い傷を負っているであろう泣き顔のチャーミーだ。
「ファ、ファーザー! チャーミーはっ、チャーミーはああっ!!」
「チャーミー…… 桃魔豚最強の食欲で、見事に最強の豚となったな…… ぐ、ふっ!!」
「ああああ!! ファーザー!! 死んじゃ、嫌でぇす!!」
「父は嬉しい、子が、俺を、越え、て……くれ……た…… …… …」
「あああっ!! 駄目っ! ……駄目、駄目でぇす!!」
二人の会話に、気になる名詞が出てきた。
「桃魔豚。はじめて聞く名称だが、チャーミーの血筋とかなんだろうか?」
「ふむ、聞いた事がありまぁす。確か、独裁国家に武器として品種改良され繁殖させられていた豚人間一族の呼称が『桃魔豚』で、誰もがドン引きするレベルで異常な食欲を持っているのと引き換えに強大な戦闘力を発揮したとか…… あと、何だったかな…… 何か、兵器利用の為なのか、理解に困る奇怪な仕様を持っていたような…… あまり詳しくありませんが、こんな感じでぇす!」
フィレが6号の足の間から顔を覗かせて、唾液でカピカピの顔をキリッと引き締めながら教えてくれた。
「うああっ、チャーミーはぁ、親殺しの……! 汚く卑しい……! 全てが破綻したメス豚でぇす!!」
「チャーミー、そんなに嘆かなくても大丈夫よ。今頃ファーザーさんは、モンスターを管理している女神の所で無傷で復活…… あれっ?」
優しく慰めていた筈のレム姉さんが、慌てふためいている。
「何これ!? どうなってるの!?」
「何だ、この甘ったるい匂い……?」
周りの皆も、俺も、目の前で起こってしまっている明らかな異常事態を見守るしか無かった。
念のため否定しておくが、ファーザーの遺体が既にチャーミーの胃袋に収まっている事ではない。それも十分に異常で狂っているのだが、魔豚耐性が漏れなく付いている俺達は豚人間の奇行に慣れ親しみすぎているし、それくらいなら驚きはしない。
突然動きの止まったチャーミーの身体から、突然桃色の煙が噴き出して全身を包み込み、その煙が晴れると…… その場に居たのは、ぷりっぷりに肥え太った桃色の子豚だったのである。
「ぶおおお~ん!」
豚人間ではなく、完全に豚だ。毛がツインテールになっている所などはチャーミーっぽいが、混ざりっけなし、ポーク100%の豚である。
「ま、まさか…… この子豚…… チャーミー、なのか……!?」
「ぶおおお~ん!」




