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もんもんモンスター  作者: 猪八豚
大怪物屋敷
81/150

81 怪物少女と二つ目の空間

 俺達の目の前に広がるのは、先程の物と大差ない、そこそこに広い空間だった。


「ふむ、さっきの場所と似たような所に出たのう?」

「また、来た道が塞がった。と、言う事は……」


 案の定、すぐ近くには、いつの間にか天狗のお面を付けた女性が立っていた。


 その姿は、タンザナイトに洗脳されていた時のキリコに何となく似ていて、ふとした事で色々と危うい個所が丸見えになってしまいそうな所も同じだ。


 お面をずらし、下から明るい笑顔を覗かせて会釈してくる。その顔を見て、キリコが驚いて声を上げた。


「知った感じの方だと思いましたが、あなた程の忍びが、どうしてここに…!?」

「ボトルモンスターになったからです。お陰で、今はお金に困らない。キリコも同じでしょう?」


 話から察するに、どうやらキリコの里の者らしい。背格好などは異なるが、地味なのにあまり他で見ない髪の色合いや瞳の色などが同じで、言われてみれば確かに同じ種族という感じがする。


「あっ、知っとるぞ! あの特徴的な喋り、立ち姿、やけに淫猥な装備は、ニンジャ族の連中じゃ! 昔はうちの屋敷によく攻めに来てたんじゃがな~」


 姫が、知ってる知ってる!という顔を見せるので、物知りなことを褒めると、えへへ!と照れて少しデレた態度を取り始めた。姫、チョロいんじゃなかろうか? もう相当な歳のはずだけど……。


 あと、エルフ族やドワーフ族と同じような種族の名前としてニンジャ族と呼んでいるように感じたが、忍者っていうのは職業なのではないのだろうか? 疑問は尽きないが、まぁ後で確認すれば良いだろう。


「お金に困り犯した罪の為にボトルモンスターに堕ちたキリコのようにはなりたくなかった。しかし、結局、お金に困った私も、残った里の仲間たちも、最終的には全員がボトルモンスターになってしまったのです」

「そんな、まさか……? それじゃ、我らの里は、一体どうなってしまったのですか!?」


 先程までの笑みと何も変わらない表情が、キリコの問いかけを聞いた後に、若干だがおかしくなる。キリコの同族という事は、あの笑顔はおそらく最初から嘘なのだろうが、何か……隠しきれていない動揺を感じてしまった。


「ニンジャ族は、みんなあんな感じじゃよな~。本当は何を考えているのやら、良くわからん」


 デレたまま割と楽しそうに二人の様子を観察している姫や仲間達が、続けて語り始める。


「うちの屋敷を攻めに来てたニンジャ族達も、終始微笑んでたわい。負け戦が楽しいわけあるまい?」

「実は本人たちも、自分の考えている事の真意が良くわかって無いんじゃないでちかね?」

「えーっ? それって、自分自身をも騙すという事なの? スゴいなあニンジャ族!」

「ぶおおお~ん! ニンジャ族さん、おいしそうなにおいがしまぁす!」


 天狗の仮面を付け直した天狗女が、何故か、やけに嬉しそうな声を上げ始める。


「葉隠の里ですか。ウフフ、もう、あんなにも醜く狂った場所は、世界のどこにも存在しません。おかしいでしょう? 笑っちゃいますよね! その事を考えると、つい、延々と笑っちゃうんですよ……ウフフ!」

「……もしかして、里の事、嫌いだったんですか?」


 表情を崩さず質問するキリコに対して、不思議そうな顔をして首をかしげる天狗女。


「あんなにも根っこから腐りきっていた場所の事を好きな馬鹿が、この世に存在するとでも?」

「私は、今でもあの里の事が大好きですよ。皆と過ごしたあの里の思い出……」


 突然、何かが光る。気が付けば、キリコの両手の指には手裏剣のような物が何本も挟まれていた。刃先は何やら奇妙な色合いの油で光り輝いており、あれには恐らく毒が仕込まれているのではないだろうか?


「流石です。やはり、修練を怠っていませんね。普通の人なら触るだけで動けなくなるんですけどね、その毒」

「懐かしい武器ですね……。再会の挨拶だと受け取ります。それで、これから、どうするつもりなんですか……?」


 手裏剣を投げ捨てるキリコ。いつの間に、一体どこから出したのか、キリコも懐かしのひょっとこのお面で顔を隠していた。天狗女対ひょっとこ女児の戦いが始まってしまうのだろうか。


「どうするも何も、私はボトルモンスターです。現マスターの命令に従い、ここを誰一人として通すつもりはありません。……葉隠流暗殺術を開始します!」

「私は……戦いたくはありませんが、向かってくる相手には容赦できません。マスターを守るためには、たとえ相手が師範であっても。……葉隠流暗殺術を開始します!」


 空間に二人の声が響き渡り、怪しげで似たような構えを取り合った直後。


「ぶおおおおおおおお~んっ♡♡ さすがに満足でぇす♡♡♡」


 広間の中心で膨れた腹をさすって満足げに声を上げるチャーミーが居た。背後からこっそり四つん這いで近づいて、彼女にとってのおやつを足元から丸呑みするその捕食行為を、誰一人として止めることが出来なかったのだ。


 ただ、俺は見てしまった。チャーミーに飲み込まれるその瞬間、衝撃で天狗のお面が外れて地面に落ちたのだが、お面の下に隠されていた彼女の顔が、既にこれ以上ないくらいボロボロに泣き崩れていたのを。


 あの泣き顔は、演技だとは思えなかった。あんな悲痛な顔を作り出してしまったのは、一体何が原因だったのか……?


「キリコ、すまん。俺ではチャーミーの食欲を止める事が出来なかった。知り合いだったんだろう?」

「マスターが気にすることは何もありません。私も止めることが出来ませんでした。今頃、師範は牢獄に戻って、悔しがってる事でしょうね」


 意外と明るい声で返答してくるキリコだが、わずかに肩が震えている事に気が付いてしまった。ひっそりと鼻水をすする音。小さな嗚咽音。キリコも、隠れて泣いていたのだ。顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、ひょっとこのお面でそれを隠して……。


 こっそりハンカチを手渡し、透明になって周囲を見張ってきてくれと頼むと、キリコは無言で頷いて、シュン!と姿を消したが、わりと近くでズビズビ鼻をかむ音がした。


 師範と言っていたか。葉隠流とかいう謎技術を教えた人だったのだろうか? キリコや師範の人が何を思って泣いていたのか、原因が同じなのかは定かではないが、ファフニルに続いて二人連続で仲間の関係者が現れたことになる。これは果たして偶然だろうか……?


 ファフニルと言えば、抱っこして慰めていたファフニルは、もうすっかり赤ちゃんのような顔で俺の乳首のあたりを弄っている。流石にもういいだろうと地面に降ろすと、やだーっ!抱っこーっ!と言いながら飛びついてきた。ある意味で深刻な精神的ダメージを受けて逃避してる人になっている気がするが、まぁ、もう大丈夫だろう。


 なんとなく地面に転がる天狗のお面を拾い、俺達は新たに現れた階段を降りていく。先程と同じくらいの距離を降りると、再び俺達の前に新たな空間が現れた。

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