80 怪物少女と一つ目の空間
話が怪しくなってきたので、変態ボトルマスターのなれの果てだと判明した爺さんにひとまず事情を聞いてみようという事になり、エーテル操作盤とやらを弄って外に出た。話に聞いていた通り、とても簡単である。
屋敷から姫やイカ人間を連れ出して、爺さんの会社があると言われていた場所に辿り着くと、そこには話に聞いていたような立派なビルは建っておらず、周囲にも特に何もなく、今にも倒壊しそうな木造の極貧小屋が一軒建っているだけ。
「ぶおおお~ん……? 豚舎でしょうか? でも、豚舎にしては貧弱すぎて、すぐに壊れそうでぇす」
「さっき私が覗いた場所はこの位置で間違いないんだけど……地下室でもあるのかしらね?」
「なあ、これ近づいても大丈夫なやつか? ちょっと風が吹いたら簡単に倒れるんじゃねえの?」
ファフニルの言葉通り、小屋は何かの切欠で突如完全崩壊しそうな程に傷んでいてボロボロだ。
現在進行形で建っている事が不思議な程であり、ここまでくると、もはや何らかの奇跡、もしくは危ない趣味の類なのではないだろうか?
「誰だぁ~んっ!? 素人が立ち寄る場所じゃねえぞぉ~んっ!!!」
突如、玄関が開いて、まるでスモークのように大量の塵を噴出した。粉を発しているのはその中心に立っている男のようだ。
「ひいっ!? 殆どすっ裸のおじさんが、粉を吹きながら出てきました!?」
キリコの言う通り、おじさんは殆どすっ裸だった。全身をキラキラ光る謎の粉塵で塗り固め、口、鼻、腋などから謎の粉塵を吹き出しながら、何故かお臍だけを絆創膏でガードした、割とよく見かける変態ボトルマスターの恰好……。
もしかしたら、あの爺さんがこの手の恰好を一般化したのかもしれない。なにしろ、あれほど高齢なボトルマスターに出会ったのは初めての事なのだから。
変態のおじさんは、俺たちの背後にいる姫の姿を見て目を見開き、ブルブルと震えて両腋から粉塵を振りまきながら、口を開いた。
「うおお~んっ!? ひ、ひ、姫ぇ!? 嘘だ!姫の御体は、地下深く……」
あっ? 変態おじさんのあの姿って、もしかして妖精を模しているコスプレなのかな?なんかキラキラの粉を出すところとか有名なアレっぽいし……とか思った次の瞬間、俺の目の前が真っ白に染まった。
おそらくは小屋から巻き起こった強烈な謎の爆発は周囲のすべてを破壊すべく全方向に向かって膨らんだが、俺の装備が緊急事態を察知し、スペシャル・マシン・シールドを自動展開。俺の周囲の仲間や姫様一行を守ってくれた。しかし、変態おじさんや極貧小屋は情け容赦なく吹き飛ばされていく……。
爆発に巻き込まれたおじさんのモンスターボトルは粉々に砕け散ったのだろう。爆炎やキノコ雲と同時に何やらキラキラと煌めき蠢く謎の見慣れた光の渦が見えた。
「こ、これは、もしかして粉塵爆発とかいうやつか!?」
「うえぇ……! 焦げ臭いでち……!」
小屋とおじさんが消え、モンスターボトルの破壊に伴っておじさんが変化したとびっきりの女子中学生が不安げな表情で周囲を見渡しているその場所には、地下へ潜るための石造りの階段が現れていた。
「本当に地下がある! なんか今日の私、ツイてる気がしてきたわよ!?」
「ふえぇんっ!? ここは何処!? 私は誰なんですか!?」
泣きそうな顔の女子中学生に、いつものようにまとまった額のお金と中学校の場所を書いた紙を渡してリリースした後に、俺たちは謎の下り階段へと足を踏み入れる。
入口の近くは破壊されていたが、少し降りると照明もあって特に何の問題もなく降りていけた。暫く降りると、突然、ぽっかりと開けた場所に到着した。
中に入ってみると、突然、俺達の背後で入ってきた穴が消え失せる。恐らくは罠だ!
いつの間にか、近くには腕を組んだ一人の女性が立っていた。見た目から察するに、ファフニルと同じドラゴンのモンスターだ。全身に大きな古傷が多数刻まれており、恐らくは相当に鍛え上げられた竜戦士だと思われる。
「まさか……? 嘘だろ? ヨルなのか……?」
「へぇ、ファルが来るとはね……ハハッ、結局はあんたも俺様達と同じくボトルモンスターになったのかよ?」
どうやらファフニルの知人らしいが、友好的な雰囲気ではない。
突然、ヨルと呼ばれた女性の目つきが、異常に荒んだものへと変わっていった。
「……はっ? 何だ? 何でファルがそんな物を……? ハハッ、アハハ……」
ファフニルの荷物袋に括りつけられた冠を一目見て、表情を歪め、自嘲気味の笑いを浮かべるヨル。それと同時に、彼女の身体から何やら不気味な音が聞こえた。俺の見間違えでなければ、彼女の体を包み込む筋肉が怒張し、膨れ上がっている。
「……どこまでも馬鹿にしやがって。どうせ、俺様達の事を小馬鹿にしてたんだろ!? アハハッ、そんな物まで持ち出して、負け犬の俺様と戦う気満々って事かよ、お姫さん!」
「そんな事ない! 完全に誤解だ! マスターがこの冠を手にしたのは全くの偶然だし、もしもヨルの一族で生き残った誰かに出会った時には、返そうと考えて無くさぬよう大事にしていたんだ!」
何故か、いつものような無用に高い戦意が見られないファフニル。いつもの強気な口調も崩れて、色々と様子がおかしい。こんなファフニル、初めて見たかもしれない。
対峙するヨルの足元の地面から、周辺が凍り付き始める。
「……何にしてもだ、あんたらを通す気も、ここから帰す気もない! 俺様はマスターに命令されているからな。『入ってきた奴全員を容赦なく叩き潰せ』……と!」
10秒くらい経った後だろうか。ファフニル以外のモンスター女児達に容赦なく叩き潰されたヨルが、ファフニルの制止も間に合わずに一瞬でチャーミーのお腹に消えていったのは。
「負けたり死んだりしたボトルモンスターの殆どは、管理女神の元に戻って契約からのやり直しです。先程の方も、今頃皆さんが居たような施設に戻っている事でしょう。また会えるでしょうし、あまり気にすることはありませんよ?」
レム姉さんの言葉を聞いても取り乱したままのファフニルを抱っこして慰め、一体何者だったのだろうか? と思いながら、新たに現れた階段を降りていく俺達の目前には、新たな空間が開かれていた。




