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もんもんモンスター  作者: 猪八豚
大怪物屋敷
79/150

79 怪物少女と怪物姫

 姫は、吸血鬼一族の中でも身分が高い姫として産まれ、とくに何の悩みもなくこの屋敷でスクスクと成長したらしい。ある日の夜、散歩がてらに満月の夜空を飛んでいたら、ふと目に飛び込んできた鉄道の事……線路の上を大きな音をたてながら力強く走り抜ける機関車の事を知ってしまうまでは。


『おぬしら!見たことがあるか!?煙を噴き上げて、どこまでも突き進むんじゃぞ!?』

『すごいんじゃ!鋼鉄で作られた硬くて大きな機関車の素早く力強い走り……あれはもう芸術の域じゃあ!!』

『うひょおおおっ♡ きかんしゃっ♡ きかんしゃっ♡♡ き・か・ん・しゃあああっ♡♡♡』


 周囲の下僕や親兄弟親類縁者な吸血鬼達に、自身の抱く機関車への熱い思いについて同意を全く得られなかった姫は、それでもめげずに吸血鬼屋敷の一部を改造し、鉄道部屋を仕立て上げた。しかし、各地から必死に集めた機関車模型の前で、魔道カメラを手にしながら考え込んでしまう。


『太陽光で死んでしまう我の脆弱な体では、満足のいく鉄道好きになる事が出来ないではないか……』


 そう、鉄道好きたるもの、どのような状況下でも機関車の下に駆け付けなくてはならないのだ。太陽が沈んでからでは撮影が難しくなる事も多い。


 姫は必死に考え、毎日下僕によって出される搾りたての血を飲むのをやめてみた。吸血鬼をやめようと考えたのだ。太陽光さえ克服できれば、立派な鉄道マニアとしてやっていける!


-----



「血を飲まなくても食事してれば大抵は平気ですけど、大丈夫だったんですか?」


 6号の問いかけに、おっ?という顔になり、頷いた姫。


「うむ、何の問題もなかった。しかし、おぬしも吸血鬼ならわかっておろう?」

「別に吸血鬼であることは変わらなかった……のでしょうか」

「その通りじゃ。同種同族は話が早いの~?」


 6号の膝の裏をぺろぺろと舐めていたフィレがバッと顔を上げ、さすが6号様でぇす!という興奮した顔で尾を振りながら、腰のあたりを舐め始めている。



-----


 そこで姫は次の対策を練り、下僕や手下や財力の力に物を言わせて、ものすごいレベルの機械人形を作り上げた。言ってしまえば滅茶苦茶に豪華なゴーレムである。


 研究を重ねて作り出した魂の移動魔術を使って姫自身の魂を人形に移し、まるで生きているかのように操縦することに成功。本物の自分は棺に横たえて安置し、昼間でも外に出かけ、思う存分に充実した鉄ライフを送りまくっていたらしい……。


『ふおおおっ♡♡♡ 機関車ぁぁっ♡♡♡ 存在の全てが素晴らしいいいい~っ♡♡♡』


 しかし、その人形の製造にかかった費用は、途方もない財産を抱えていた吸血鬼屋敷の財政を傾かせるレベルであった。様々な個所に配っていた賄賂が途絶え、やりすぎだった程の警戒態勢が薄くなり、富や名声を目当てに吸血鬼退治を試みる者が出始めてしまった。


 吸血鬼一族が腕利き冒険者達の手にかかろうとしていたその瞬間、姫は鉄達の集まる集会でオタサーの姫として満面の笑みを浮かべ、鉄おじさんたちの応援踊りが繰り広げられる中、機関車模型を握りしめながらマニアックな機関車ソングを熱唱していた。


 そのまま列車撮影の旅に出て、なんだかんだで数か月ぶりに屋敷に戻ると、親兄弟親類縁者全員に加えて姫自身の存在が消えていた……。


-----



「これが五十年くらい前じゃったかな?」


 この屋敷の権利や土地の所有者が己であるという証拠の書類を目の前に、悠然と語る姫を近くでじっくり見ると、判別は付きにくいのだが確かに機械人形であることが判った。


 ものすごい技術で作り出された逸品ではあるのだろうが、残念な事に五十年の時を経たせいなのか、その動作が少しぎこちなかったり、あまり自然ではない事がある。作り出された当時だったならば、人間と見分けがつかなかったのではないだろうか?


「今更かもしれませんが、お悔やみ申し上げます」

「まぁ、ヤバいモンスターは退治されるものじゃ。実際わが一族は無茶苦茶ヤバかったらしいからの。まぁ、そこは問題ないんじゃが……」


 姫は、動作が若干渋い自らの体を見つめながら、ため息をついた。


「見ての通りじゃ。最近は左手がまともに動かん。今すぐどうこうというわけではないが、このままでは遠くない未来に、この体に限界が来てしまうじゃろ。もしそうなったら、この屋敷……我の貴重な機関車コレクションは、どうなってしまう?」

「私達が引き続き管理する……よ?」


 イカ人間達が申し出るが、首を振って否定する姫。


「この屋敷の無茶な空間拡張は、我が力で成り立っておる。機関車達がまるで壊れていないのも同じじゃ。我が亡き後は一気に空間が閉じてしまうからな、内側は高圧で、とんでもない事になる。すぐに避難せねばならんし、機関車を外に出したら、あっという間に経年劣化して崩壊するぞ?」

「そ、そん……な!」

「くっ、姫をどうにかすれば、貴重な機関車群は我々の物になるのではなかったの……か!?」

「とにかく今は、姫をどう延命するかを考えなくて……は?」


 イカ人間達が騒ぎ出した。姫をどうにかすれば、ってどうする気だったんだろうか?


「お姫様が生き物ではない事は女神としてとても気になるのだけど、それはそうとあの爺さん、実際には土地や建物の権利を持っていないんじゃないの!?」

「レム姉、女神の力で知ってる人間を遠くから眺められるんじゃねえの? あの爺さんがこれまで何をしてたのか、さっくり見てみようぜ?」

「あっ、そういえばそうよね!? 私スゴいんだった! んんん~っ!!【女神アイ】ッ!!!!」


 目を閉じ額に指を当て、くるくるとこねくり回してからカッ!と目を開けるレム姉さん。人差し指と親指で作った輪っかを通して、何かを観ている。


「あっ……? あ~~~……… やっぱりか…… あれっ? ……え~??」


 一体何を観ているのだろうか。レム姉さんの顔がすっぱいものを食べたような苦渋に満ち、言葉少なになる。


「ぶおおお~ん? 一体、何がどうなっているんでぇす?」

「全裸になった爺さんが、椅子に座った少女の前で何やら連呼しながら、汗にまみれて腰を振って股間の棒をぶるんぶるん回していたんだけど……」

「ふ……ははっ、何だあの爺、やっぱり変態ボトルマスターだったんじゃねえか!」


 言葉は乱暴だが、顔つきが喜びに満ちているファフニル。そんなファフニルを制止し、レム姉さんが発言を続けた。


「問題は座っていた少女のほう。多分、あのお姫様の本体なのよね」

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