78 怪物少女と歓迎の宴
驚くほど長い距離を進んだ先に、広大な空間が広がっていた。この空間は、明らかに鉄道の駅を模している。どういう仕組みなのかは知らないが、澄んだ青空までもが広がっていた。
「なんだこれ!? どうして家の中に、青空があるんだ!?」
「幻影ではないですね……精巧にできた偽物なのでしょうが、これはすごいです……」
本物の駅と比べてはいけないレベルで小さいホームだが、一応は駅として機能することが出来そうな各種設備が整えられてあり、周辺には人の暮らす町のようなものがあるように見える。
こんな大規模な空間拡張が出来てしまうなんて、この世界は何でもアリなのか……? まぁ、これも薬物で見せられている妄想に違いないのだけど。
ホームには『歓迎☆女神様御一行』の文字や、レム姉さんだと思われる簡単なイラストが描かれたノボリや風船や旗を手に持ち、機関車の重そうなコスプレに身を包んだ、ボトルマスターの変態鉄おじさん達がズラリと並んでいる。
「本当にいらっしゃったぁっ!」
「本物の女神様だぞ!」
「尊いぃ……!! 尊いぃぃっ……!!」
鳴り響くクラッカーの音と舞い散る紙吹雪に包まれて、満更でもない顔のレム姉さん。
「えっ、えっ、どういう事なの~!? 私、も、も、もしかして信仰されちゃってる~~~!?」
変態鉄おじさん達の手で首に大きな花輪を掛けられて挙動不審になってオロオロしながらも、お顔を真っ赤にして喜びの顔を隠せないレム姉さんだが、変態鉄おじさん達からであっても信仰される事はそんなにも嬉しい事なのだろうか?
「しょっぱいおやつばかり食ってる塩ビッチだと思ってたけどよ、そういやこいつ、女神なんだよなぁ」
「はぁっ!? ファフニルちゃんも食べてみれば解るわよ! ホラッ!」
ファフニルの言葉の通り、最近のレム姉さんはやたらと塩に拘っていて、カバンにはマイ塩を仕込んでいるし、塩大福や塩煎餅を好んで食べていて、塩分過多なのでは? と、心配はしていた。
今の言葉にプリプリと怒り始めてファフニルの口に携帯用の塩大福を詰め込んでいるレム姉さんだが、女神でも塩分の摂りすぎで高血圧、怒りで脳の血管が切れて病院送り……とかになるとしたら一大事だ。用心しなければ。
そうこうしていると変態鉄おじさん達の間から複数名の男性に囲まれた割ときれいな格好をした女性が現れた。割と、と付けたのは良く見ると結構適当な格好だったからである。靴とか運動靴だし。
「はぁ、はぁ、セーフ! 間に合った……よ? あああっ、神よ! お怒りをお鎮めになって下さ……い!」
「「「お怒りをお鎮めくださ……い!」」」
そう言うと、レム姉さんの前で膝をつき、深々と頭を下げ、地面に頭を擦り付けて祈りを捧げ始める女性と周囲の男性達。
その動きを模倣する変態鉄おじさんも若干名現れたが、みな自由に動いているっぽい所を見ると、洗脳されている集団とか宗教団体とかそういう訳では無さそうだ。弁当を食っている変態鉄おじさんもいるし。
「ちょっ、ちょっと? 私、あなた達に怒ってないし、あなた達は私を信仰し歓迎してくれているのでしょう? そんな恥ずかしい恰好はやめて、とりあえずお話しましょう?」
地面に頭をこすり付けられて驚いたレム姉さんが、女性を起こして声をかける。
「ああっ、もったいないお言葉……です! ありがとうござい……ます!」
「ぶおんっ? すぅ…… あのう、あなた達って…… すぅ…… すぅぅ…… イカ人間さんでぇすぅぅ……?」
くんくんと匂いを嗅ぎながら近づいて、おいしそうな食べ物を見つめる目で話しかけるチャーミーに、一瞬で怯えた顔になって後退る女性。うん、まぁ、気持ちは良くわかる。
「は、はい! 私はイカ人間、名前はホタル。この屋敷の管理責任者として姫と契約し雇われているボトルモンスター……です」
「我々もイカ人間で、主様と共にこの屋敷の管理維持を目的として雇われたボトルモンスター……です」
ホタルと名乗る女性の周辺に居た男性数名が声を上げた。全員、アオリと似たような喋り方をするなと思っていたのだが、イカ人間特有の方言みたいなやつなのだろう。
「ぶおおお~ん!? いいですねぇ……!! えへへ、ごちそうがいっぱいでぇす……!!」
瞳にハートマークを浮かべ、全身から様々な液体を垂れ流しつつ喜びの声を上げるチャーミーから一斉に後退るイカ人間達。うん、まぁ、気持ちは良く解る。
「俺達はこの屋敷の幽霊退治に雇われたんだけどよ? さっきから見かける変態おじさん共や、お前らの言う屋敷の管理維持なんていう言葉からして、幽霊なんかじゃなくて……何か訳ありだな?」
この屋敷の異変の原因が、どうやら幽霊ではない。と気が付いた為なのか、元気になったファフニルが、どうよ! 俺、気が付いちゃったんだぜ!? というドヤ顔である。
「は、はい! 実は神にお願い事があって、時々祈りを捧げていたの……です! でも、なんというか、来ていただいても困った感じなんです……が」
駅に併設されていた喫茶店に移動する。普通にミドルスコールで営業していそうな喫茶店だ。この屋敷の中の空間は一体どうなっているのか……。
「えっ? 外界では幽霊屋敷と呼ばれて……いるの?」
「この屋敷は、姫が様々な技を駆使して改造した巨大なドールハウスみたいなものなの……ですが」
「そんで、その姫ってのは何処に居るんだ?」
「さあ……? 時々ふらっとやってくるんですが……?」
「そういえば、そろそろ来ても良い頃合いです……ね?」
その時、喫茶店のドアが開いて、キラキラと輝く髪飾りを身に付け、鮮やかな花柄の和服のようなものを着込んだ少女が、こちらを見て満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。
「おう、おぬしら、こんな所におったのか。探したぞ?」
「姫! 丁度良かった、先程こちらの皆様が来訪されまして……」
近づいてくる少女。彼女がイカ人間達の言う「姫」なのか……。
何がという訳ではないのだが、何かがおかしい。この妙な違和感は一体何なのだろうか?
「ミライくん」
俺の服を引っ張って、いつになく真剣な表情のレム姉さんが小声で話しかけてきた。
「あの子、人間に見えるけど、人間じゃないわ。いや、そもそも生物じゃない……?」




